結論:お祭りとしては満点、脚本としては借り物の力が大きい(評価★★★☆☆)

19億ドル規模の興行を記録した映画が、一本の脚本として自立しているかどうかは別の話です。私の結論は、見ていい映画だが、誰にでも勧められる映画ではない、です。過去の実写『スパイダーマン』シリーズを追ってきた人、そして前2作の『ホームカミング』『ファー・フロム・ホーム』を見ている人には、特別な一本になり得ます。逆に、前2作を見ていない人や、過去作の俳優を知らない人は、物語の一番大きな山場を、半分の熱量でしか受け取れません。

評価を★3にしたのは、5項目の平均が3になるためで、動かしてはいません。後半の「見せ場」の強さは認めますが、その見せ場を支える前半の脚本は、主人公の失敗が連鎖していく構造に頼った面が大きく、満点は付けられません。

採点の内訳

  • 脚本:★★★☆☆ 前半の発端が主人公の選択頼み
  • 人物:★★★☆☆ 主人公の喪失と決断は筋が通る
  • 独創性:★★★☆☆ 設定は新しいが語り口は手堅い
  • 狙いの達成度:★★★★☆ 過去作の重なりを一本にまとめた
  • 間口の広さ:★★☆☆☆ 前2作と過去作の知識が前提

作品情報

  • 日本公開:2022年1月7日(米国は2021年12月17日)
  • 監督:ジョン・ワッツ(脚本はクリス・マッケナ、エリック・ソマーズ)
  • 主な出演:トム・ホランド、ゼンデイヤ、ベネディクト・カンバーバッチ、ジェイコブ・バタロン、ウィレム・デフォー
  • 上映時間:148分
  • 原作:スタン・リー、スティーヴ・ディッコ
  • 興行収入:全世界で約19億ドル、日本で42億5000万円(Wikipedia の記載)
  • 受賞:第94回アカデミー賞 視覚効果賞ノミネート

見る前に知っておきたいこと

  • MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の27作目で、トム・ホランド主演の『スパイダーマン』としては3作目。直前の『ファー・フロム・ホーム』で主人公の正体が世間に知られる出来事が起き、この映画はその直後から始まる
  • 見る順番は公開順で問題ない。前2作を飛ばすと、冒頭の「なぜ主人公が追い詰められているのか」が分からない
  • 過去の実写版(トビー・マグワイア主演の3部作、アンドリュー・ガーフィールド主演の2部作)に登場した悪役や俳優が出てくる。見ていなくても筋は追えるが、作り手が一番届けたい部分は届きにくい
  • 2022年9月に、未公開場面を加えた「The More Fun Stuff Version」が公開されている(英語版 Wikipedia より)

最小限のあらすじ

前作で正体を暴かれ、殺人の濡れ衣まで着せられたピーター・パーカーは、周囲から白い目で見られ、友人のMJとネッドは大学入試で不利益を受けます。ピーターはドクター・ストレンジに頼み、世界中の人が「ピーターがスパイダーマンだと知っている」状態を忘れさせる呪文を唱えてもらおうとします。ところが、ピーターが途中で条件を足し続けたせいで呪文が不安定になり、思わぬ者たちが別の世界から呼び寄せられてしまいます。

※ここから結末に触れます。

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3人のスパイダーマンは、物語の中でどんな役割を担うのか

この映画の最大の売りは、マグワイア版とガーフィールド版の2人のピーターが合流する展開です。ただ、私が評価するのは「出てきた」ことそのものではなく、2人が物語上の役割を持たされている点です。あらすじを追うと、メイを失って復讐に傾いたピーターを、マグワイア版のピーターがゴブリンへの一撃の直前で止めます。ガーフィールド版のピーターは、ノーマンを治療する場面で関わります。つまり、ファンへの贈り物であると同時に、主人公の暴走を止める装置として配置されています。

ここに脚本の設計が見えます。主人公が最悪の選択をする場面には、同じ痛みを知る者が必要です。2人のピーターは、それぞれ大切な人を失った経験を語る存在として登場します。だから、新しいピーターが同じ地点に立ったとき、「同じ喪失を経験した2人が支える」という構図が成立します。出演者を並べるだけのお祭りに終わらせなかった点は、きちんと構造で説明できる長所です。

ラストの「全員の記憶から消える」選択は、なぜ筋が通るのか

終盤、ピーターは自分の存在を全員の記憶から消す呪文をストレンジに頼みます。2週間後、ピーターはMJとネッドを訪ねますが、自分から名乗り直さないことを選びます。ここは、冒頭の依頼と対になっています。冒頭では「知られた正体を忘れさせたい」という、自分を守るための頼みでした。結末では「自分を忘れさせる」という、周囲を守るための頼みに変わっています。同じ呪文という道具で、動機が逆向きになる。これが人物の変化の根拠です。

その後、ピーターは新しいスーツを作り、再びスパイダーマンとして街へ向かいます。孤独な状態から出発し直す終わり方は、シリーズの再出発として機能します。英語版 Wikipedia によれば、この後、ホランド主演の新たな3部作が始まり、2026年7月に『ブランド・ニュー・デイ』が公開されています。この結末が、新シリーズの入口として設計されていたと読むと、納得がいきます。

批評家の高評価と私の★3は、なぜずれるのか

Wikipedia によれば、Rotten Tomatoes では批評の93%が好意的で、Metacritic の平均は71点(「概ね好意的」)でした。観客の評価調査 CinemaScore では、実写の『スパイダーマン』として初めてA+を得ています。Variety のピーター・デブルージは、ガーフィールドとマグワイアの演技を挙げ、この映画が20年分のスパイダーマンの物語に区切りを与えたと評しました。

私が★3に留めるのは、その高評価の多くが「過去作の記憶」に支えられているからです。ここで言う記憶とは、観客自身が過去のシリーズに抱いてきた思い入れです。この映画はそれを呼び起こすことには成功していますが、思い入れのない観客に対して、同じ強さで届く脚本かどうかは別問題です。評価の高さは「映画の出来」と「観客が持ち込んだ思い入れ」の合算だと見ています。

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物語の発端が、主人公の「わがまま」に偏っていないか

物語の出発点は、ピーターがストレンジに呪文を頼み、その最中に条件を何度も追加して、呪文を壊してしまうことです。要するに、事件の原因の大半が主人公の判断にあります。人物が失敗から学ぶ構造としては筋が通っていますが、観客から見ると、「頼み方を最初からまとめて決めていれば起きなかった事態」に付き合わされる印象が残ります。ストレンジという、危険を知っているはずの人物が止めきれない点も、私には都合がよく見えます。

発端の組み立てに手数がかかる分、前半の推進力が落ちるというのが私の見方です。

中盤の「治療」の計画は、説明に時間を使いすぎていないか

ピーターは悪役たちを元の世界に帰すのではなく、治療して救おうとします。この方針自体は、主人公の優しさを描く良い設定です。ただ、あらすじを追うと、計画の説明と準備に多くの時間が割かれ、観客が先に結末を予想できる展開が続きます。IndieWire のケイト・アーブランドは、この映画を満足できて感動的だが、観客がすでに知っている計画に時間を使いすぎる点でムラがあると評しました。私も同じ箇所で、物語が足踏みしていると見ます。

ファンサービスが、主人公の成長を食っていないか

Little White Lies のハナ・ストロングは、同じ人物が何度も失敗しながら教訓を学ばず、個人的な成長もほとんど見せないことに苛立ちを覚えると書きました。私は全面的には同意しません。前述のとおり、記憶を消す結末には人物の変化があるからです。ただ、その変化を印象づける力の一部が、過去作の俳優の登場に預けられているのは事実です。2人のピーターが励ます場面で、新しいピーターが自分の言葉と行動だけで立ち直った、と言い切れるかどうか。ここが脚本の分かれ目で、私は「半分は借り物の力」と見ます。

脚本家のクリス・マッケナとエリック・ソマーズは、「ファンサービスの寄せ集め」にしたくなかったと語っています(英語版 Wikipedia)。意図は分かります。ただ、意図と出来上がったものの間には、まだ幅があります。

この映画を見るべき人・見なくていい人

  • 見るべき人:トビー・マグワイア版、アンドリュー・ガーフィールド版の『スパイダーマン』を見てきた人。ホランド主演の前2作を見ている人
  • 見るべき人:MCUの流れを追っていて、新シリーズ『ブランド・ニュー・デイ』の前に、主人公がなぜ孤独な状態から始まるのかを知りたい人
  • 見なくていい人:前2作を見る気がない人。この映画は単体で完結する物語ではなく、前作の出来事の後始末として始まる
  • 見なくていい人:過去作の俳優の登場そのものに興味がなく、脚本の緻密さだけを期待する人。構造の見事さより、感情の山場に重心がある作品です

同じヒーロー映画の脚本の組み立てを比べたいなら、映画『スーパーマン』感想の考察も参考になります。