結論:事件を詰め込んで、どれも深く掘れなかった同窓会(評価★★☆☆☆)
興行収入73.1億円、2010年の邦画3位。数字だけ見れば大成功の部類ですが、中身まで同じ評価にはなりません。シリーズを一通り追ってきて、青島たちの「その後」に付き合いたい人なら、見る意味はあります。逆に、この一本から入る人、あるいは1作目や2作目のような社会への切り込みと痛快さを期待する人には、勧めません。「事件の数」と「事件の厚み」が釣り合っておらず、劇薬どころか、薄めた同窓会という印象が残る作品です。
採点は後述の内訳で平均2.2。人物の積み上げ(シリーズの蓄積)に助けられる面を考慮しても、総合は★2が妥当と判断しました。
採点の内訳
- 脚本:★★☆☆☆ 事件が多すぎて主軸が定まらない
- 人物:★★★☆☆ 青島の揺らぎに筋はあるが活かし切れず
- 独創性:★★☆☆☆ シリーズの型の再演が目立つ
- 狙いの達成度:★★☆☆☆ 「生と死」の主題が事件に溶けない
- 間口の広さ:★★☆☆☆ 過去作を知らないと楽しみが半減
作品情報
- 日本公開:2010年7月3日(東宝配給)
- 監督:本広克行 脚本:君塚良一
- 主な出演:織田裕二、柳葉敏郎、深津絵里、ユースケ・サンタマリア、小泉今日子
- 上映時間:141分
- 興行収入:73.1億円(2010年の邦画で3位)
- 受賞・順位:第7回蛇いちご賞 作品賞(不名誉な賞にあたります)
見る前に知っておきたいこと
- テレビドラマ『踊る大捜査線』を原点とする劇場版の第3作です
- 前作までの出来事を前提にしています。とくに犯人格の日向真奈美は、劇場版1作目(1998年)で逮捕された人物として再登場するため、1作目は見ておくのが無難です
- 音楽は菅野祐悟が担当し、メインテーマなど一部は従来の松本晃彦の楽曲が使われています
- いかりや長介が演じた和久平八郎は、病死した設定です。いかりや長介は2004年に亡くなっており、過去作の音声が流用されます
- 年齢区分は確認できていません。暴力的な表現を含む旨の注意書きがあります
最小限のあらすじ
2010年3月、新湾岸署の開署式を控え、湾岸署は引っ越しの混乱の中にあった。そこへバスジャックや銀行強盗が続けて起こり、署からは拳銃3丁が盗まれる。
盗まれた拳銃で殺人が起き、犯人は青島がかつて逮捕した9人の解放を要求してくる。係長となった青島は、署の仲間とともに事件に立ち向かう。
※ここから結末に触れます。
犯人側の首謀者は、服役中の日向真奈美。彼女は医療刑務所で精神福祉士の須川圭一を洗脳し、事件を起こさせていた。真奈美の望みは旧湾岸署とともに爆死することで、青島は爆発した湾岸署から彼女を連れ出し、生きたまま逮捕する。
踊る大捜査線3の結末の意味と、評価できる点を考察
「生きて逮捕する」結末が、シリーズの原点に戻る意味
プロデューサーの亀山千広やスタッフ、キャストによれば、本作のテーマは「生と死」「もう一度生きる」とされています。この主題に照らすと、結末の設計は筋が通っています。死を望む犯人を、青島が爆発した旧湾岸署から連れ出し、死なせないまま逮捕する。事件の解決が、そのまま主題の答えになっているからです。
首謀者が、警察が逮捕に来ないことに業を煮やして自ら湾岸署へ出向いたものの、死を果たせなかった人物だという設定も、この結末に意味を与えます。死にきれなかった者が、もう一度死に場所を探す。そこに「死なせない」と割って入るのが、主人公の役目です。「犯人を捕まえる」ことが「生かす」ことと重なる構図は、本作の最もよくできた部分だと私は読みます。
青島の「気力の喪失」と復帰という縦糸
青島は健康診断で胸部に腫瘍の疑いを告げられ、気力を失います。後に誤診と分かるものの、神田署長らが暴走を懸念して本人には伝えない。この展開は、事件の主題を主人公の身体に引き寄せる仕掛けとして機能しています。「生と死」を、犯人の側だけでなく、捜査する側の問題にもするためです。
ここで、甥の和久伸次郎が持つ「和久ノート」が青島を立ち直らせる鍵になります。亡くなった和久平八郎の遺したものが、シリーズを支えてきた「現場の人間の信念」を次の世代に渡す。いかりや長介の不在を設定に織り込み、物語の中で引き受けた判断は、誠実な作りです。
「パクリ王」を自称する監督の遊び
監督の本広克行は自身を「パクリ王」と公言しており、黒澤明の『野良犬』を思わせる演出が意図的に仕掛けられているとされています。拳銃が盗まれ、その拳銃で事件が起きるという骨格は、確かにその系譜にあります。盗まれた銃が犯罪を呼ぶ構図は、警察ものとして古典的な型で、型の借用自体は欠点ではありません。問題は借りた後の使い方で、それは次の欠点の節で扱います。
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興行と評価の落ち込みが示す、期待とのズレ
初日2日間の興収は約9.7億円で週末1位でしたが、前作の初日2日間(12.44億円)には届きませんでした。2週目には3位に転落し、下落率69.2%はシリーズ最大。最終的な興収・動員とも、前作の半分以下にとどまりました。
評価面でも、「HIHOはくさいアワード」で第6位、TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』の「シネマハスラー」2010年全映画ランキングでは対象56作中ワースト5位、さらに蛇いちご賞の作品賞に選ばれています。初動は強いが口コミで伸びない、という落ち方で、宣伝が作った期待に中身が追いつかなかったことを数字が示しています。
8つの事件という設計が、脚本を散らかす
本作の舞台は2010年3月28日から30日のわずか数日で、その間に「8つの事件」が起きるとされます。劇中では、バスジャック、クラッキングを伴う銀行強盗(どちらも「何も盗られていない」のが共通点)、拳銃3丁の盗難、その拳銃による殺人、オンラインゲームを経由した犯人との交渉、9人の解放要求、署の封鎖と毒ガスの予告、そして真奈美の保釈と護送。
三幕構成でいえば、第一幕で多くの事件の種をまくのは構わないのですが、第二幕の中盤で、青島の病の誤診、室井の政治的判断と、物語の関心が分散します。犯人の目的が「解放要求」という分かりやすい形で示される一方、種まきされた事件が最終的にどう一本につながるのか、観客が追う負担は小さくありません。事件の数を増やすほど、1つ1つの事件が謎として働く時間は短くなります。
主題と事件の距離:「生と死」が後付けに見える
首謀者の真奈美が「死にたい」犯人だという真相は、結末で初めて主題と結ばれます。しかし、それまでの事件の大半、つまり銀行のクラッキング、拳銃の窃盗、バスジャックが、真奈美の殉教死という動機とどう直結するのかは、観客に十分に開かれません。洗脳された実行犯が動いた、という説明で動機を片づけているため、実行犯の側から主題が立ち上がらず、結末で主題が急に降りてくる印象になります。
ここは私の読みですが、「生と死」という大きな主題を、洗脳された実行犯と、誤診で気力を失う主人公という2つの別々の線で語ろうとして、どちらも決定打に欠けたのだと思います。誤診が後から判明する仕掛けも、主人公を落ち込ませて復帰させるための道具に見えやすく、緊張を生むはずの病が結果的に何も失わせない点で、物語の賭け金を下げています。
過去作の人物に頼る作りと、間口の狭さ
本作は、新湾岸署の開署と、真下正義の署長就任で締めくくられます。シリーズの人物たちの現在地を見せる意味では、ファンへの目配せとして機能します。ただ、真奈美は1作目の犯人で、青島が過去に逮捕した犯罪者9人の解放が要求の核にもなっているため、過去作を知らない観客には、犯人の執念や要求の重みが伝わりにくい構造です。シリーズ未見の人には勧められない、というのはこの点が理由です。
また、水野美紀と筧利夫が出演していないなど、過去作の人物の一部が不在であることも、「同窓会」の印象を弱める一因です。これは出演者の都合で、作品の瑕疵として責める筋合いではありませんが、シリーズの顔ぶれに親しんできた人ほど、物足りなさを覚える設計だとは言えます。
この映画を見るべき人・見なくていい人
- 見るべき人:劇場版の1・2作目を見て、青島、室井、和久たちの「その後」を追いたい人
- 見なくていい人:シリーズ未見で、警察もののエンタメとして一本だけ見たい人。事件の論理や伏線の回収を楽しみに見る人
- 条件つきで:「生と死」というテーマと、いかりや長介の不在をどう物語に織り込んだかに関心がある人。結末の設計だけは一見の価値があります


