結論:血の量より、夢が腐る過程を見せる異色の前日譚(評価★★★★☆)

ホラーに耐性があるなら、見るべきです。殺人鬼の誕生を描く映画は山ほどありますが、この作品は「殺す理由」よりも「なぜ夢を見る人間が、夢を見るほど壊れていくのか」に脚本の重心を置いています。逆に、スプラッターの連続や謎解きを期待する人、人が動物や家族を手にかける描写が苦手な人には、はっきり向きません。誰にとって劇薬かといえば、「何者かになりたい」という気持ちを笑われた経験がある人です。

星は5項目の平均(3.6)を四捨五入した4に合わせました。主演ミア・ゴスが脚本にも参加し、人物の造形が一本の線でつながっている点を高く買う一方、間口の狭さが点数を押し下げています。

採点の内訳

  • 脚本:★★★★☆ 「夢→拒絶→暴発」の三段が明快
  • 人物:★★★★☆ 主人公の歪みが序盤から一貫する
  • 独創性:★★★★☆ メロドラマ調で殺人鬼の前日譚を描く
  • 狙いの達成度:★★★★☆ 「悪夢のようなディズニー」を実現
  • 間口の広さ:★★☆☆☆ 残酷描写と好みの分かれる語り口

作品情報

  • 日本公開:2023年7月7日(アメリカ公開は2022年9月16日)
  • 監督:タイ・ウェスト(脚本はウェストとミア・ゴス)
  • 主な出演:ミア・ゴス、デヴィッド・コレンスウェット、タンディ・ライト、マシュー・サンダーランド、エマ・ジェンキンス=プーロ
  • 上映時間:102分
  • 興行収入:世界で約1010万ドル(英語版Wikipediaの記載)
  • 主な受賞:シッチェス映画祭で監督賞と主演女優賞(ミア・ゴス)、サターン賞のインディペンデント映画賞など

見る前に知っておきたいこと

  • 『X エックス』(2022年)の前日譚で、同作に登場する老女パールの若い頃を描く。公開順に見るなら『X エックス』→本作→『MaXXXine マキシーン』の順
  • 本作だけでも物語は成立するが、『X エックス』を見てからのほうが、パールという人物の意味が深く刺さる
  • 2026年11月13日に日本で公開される新作『クリスマス・キャロル 3人のゴーストたち』は、本作と同じタイ・ウェスト監督の作品。新作の前に監督の作風を知っておく入口の一本になる
  • 三部作の完結編『MaXXXine マキシーン』は当ブログの記事で扱っている:MaXXXine マキシーン 感想|結末の意味と三部作の評価
  • 動物や人が殺される場面が多い。時代は1918年のテキサス州の農場で、スペイン風邪の流行下という設定

最小限のあらすじ

1918年のテキサス州の農場。パールは、第一次世界大戦に出征した夫ハワードの帰りを待ちながら、体の動かない父の世話と農場の仕事に追われています。厳格な母ルースの下で、舞台に立つ夢だけを支えに暮らすパールは、町で映写技師と出会い、ダンスのオーディションの話を耳にします。彼女の目的は、この農場を出て「スターになる」ことです。

結末まで解説:『Pearl パール』のラストの意味と、評価できる点

※ここから結末に触れます。

パールの最後の笑顔は何を意味するのか

結末では、戦地から戻ったハワードが、食卓についた義父母の腐敗した遺体を目にします。パールは引きつった笑顔で夫を迎えます。ここが、この映画の構造上の着地点です。パールは夢を絶たれたあと、農場で夫を待つという「普通の妻」の役割に逃げ込もうとしますが、その役割を保つ手段が、すでに殺人でしか成立しなくなっている。笑顔は安らぎではなく、取り繕うことしかできない人間の限界を示しています。

私はこれを、夢の挫折ではなく「夢を諦める方法を知らない人間の末路」と読みます。オーディションで落とされた直後、パールは夫への思いを語ります。しかし、義妹ミッツィの合格を知った瞬間にそれを手放す。夢を捨てる決意は、他人の成功を目にするだけで崩れる程度のものでしかなかった。そこがこの人物の悲劇です。

脚本の構造:三幕のどこで引き金が引かれるか

三幕構成で見ると、第一幕は農場の閉塞と映写技師との出会い、オーディションの話の提示までです。第二幕の転換点は、夕食の席で母ルースがパールを「失敗者」と切り捨て、パールが母を暖炉へ突き飛ばす場面です。ここで母は火に包まれ、パールは熱湯をかけて地下室へ引きずり込みます。殺人の最初の一線を越えるのが、物語のほぼ中盤にあたる点に注目してください。

第三幕はオーディションの不合格、ミッツィとのやり取り、ハワードの帰還と流れます。ここで効いているのは、夢を断つ場面が「容姿や年齢で選ばれない」という、あまりにありふれた理由で処理されていることです。ドラマチックな大悪役がいないから、パールの暴発が現実の延長として見える。理由の小ささが、むしろ怖さの源になっています。

伏線の張り方:序盤の動物殺しが後半を支える

序盤、パールは農場で小動物を殺し、ワニに与えています。この描写は、後半の殺人を予告する伏線として働きます。ワニは映写技師の遺体も、ミッツィの遺体も食べる。つまり序盤に置かれた「処理の仕組み」が、殺人を重ねるたびに実際に使われる。伏線を張るだけでなく、物語の道具立てとして回収されているわけです。

作り手の狙い:「悪夢のようなディズニー」は成功したか

ウェスト監督は、本作を『オズの魔法使』や『メリー・ポピンズ』に着想を得た「いびつなディズニー映画」のようなものと説明し、ダグラス・サークのメロドラマ調やテクニカラーの色彩を意識したとされています(英語版Wikipediaによる)。『X エックス』のスプラッター路線とは異なる作風です。

この狙いは、脚本の側から見ても達成されています。夢見る娘の成長物語という「古い型」に、殺人という最悪の内容を載せることで、型が持つ甘さと中身の落差が作品の核になる。可憐な語り口と残酷な出来事が互いを際立たせる構図は、ジャンルをずらした面白さがあります。

世間の高評価と私の★4の差

批評面では、英語版Wikipediaによると、Rotten Tomatoesで93%(218件)の支持率、Metacriticで76点(39件)です。ガーディアン紙のピーター・ブラッドショーは五つ星をつけ、巧みで残酷で、演技も見事だと評価しました。ハリウッド・リポーター誌のデヴィッド・ルーニーは、パンデミック下の不安を想起させる作りだと指摘し、ミア・ゴスの演技を『シャイニング』のシェリー・デュヴァルに重ねています。

私の評価がこれらと大きくずれるわけではありません。ただ、五つ星に届かない理由は、後述する「人物が変化しない」という構造にあります。優れた人物造形ではあるものの、それは「壊れていく過程」ではなく「壊れているものが露わになる過程」として設計されているからです。

忖度なしの欠点:『Pearl パール』がひどい・つまらないと言われる理由

パールに「変化」がない:成長物語としての弱さ

物語の最初から、パールは父に隠れて虐待まがいの行動をとり、動物を殺しています。つまり、観客が見るのは「普通の娘が殺人者になる道のり」ではなく、「最初から危うい人物が、きっかけを得て暴発する」過程です。人物の一貫性は高い反面、変化の説得力という点では、ひねりがありません。殺人鬼の誕生物語を期待すると、「もう最初から壊れているではないか」と肩透かしを食らうのはここです。

引用が表面的に終わる:オズの魔法使との接点

英語版Wikipediaによると、スラント・マガジン誌のデレク・スミスは、『オズの魔法使』への言及に「その先の展開」が欠けていて、映画が自分の賢さを見せることに偏っているように見えると指摘しました。私もこの点は同意見です。着想を広告的に語るほど、引用が物語の骨格にまで食い込んでいるかどうかが問われますが、農場から出たい少女という大枠以外は、引用の効き目が見えにくい。作り手の意図が宣伝の説明で先に語られ、本編の中身は「型を借りた一本」にとどまる印象を受けます。

終盤の暴走が、一気に説明に傾く

ミッツィとの場面では、パールが自分の不倫、動物殺し、殺人をすべて打ち明け、ミッツィにオーディションの合格を認めさせます。ここで、観客がすでに把握している事柄を登場人物の口から再確認する作りになります。物語としては、パールの内面を言葉にして整理する役目を持つ場面ですが、すでに画面で示された内容を繰り返すため、説明過多に感じる人もいるはずです。

間口の狭さ:好みに合わない、では済まない構造

この映画の難点は、ホラーが苦手かどうかという好みの問題にとどまりません。殺人の対象が、体の動かない父、母、義妹と、家族に集中している点が重い。さらに、主人公に感情移入を促す作りでありながら、その行為は最後まで肯定されません。観客は「共感はできるが、擁護はできない」という居心地の悪い位置に置かれ続けます。娯楽として気軽に勧められないのは、この設計のせいです。

この映画を見るべき人・見なくていい人

  • 見るべき人:『X エックス』を見て、パールという人物の背景が気になった人。新作『クリスマス・キャロル 3人のゴーストたち』の前に、タイ・ウェスト監督の作風を知っておきたい人。ホラーを「怖さ」ではなく「人物の悲劇」として見たい人
  • 見なくていい人:血や殺害の場面が苦手な人。連続殺人鬼の謎解きや、爽快な展開を期待する人。動物が傷つく描写が受け付けない人

一言でいえば、これは「夢を見ること自体が、人を壊すことがある」という冷たい事実を、古い映画の甘い語り口で包んだ作品です。包み紙が美しいほど中身の毒が際立つ。その落差を面白がれる人にとって、102分は十分に価値があります。