結論:題材は魅力的、語り方が足を引っ張る「惜しい前日譚」(評価★★★☆☆)

放送で見るなら、「ライオン・キング」の世界が好きな人には見て損のない一本、物語の骨太さを求める人には期待しすぎないほうがいい一本です。ムファサとスカーがなぜああなったのかという、誰もが気になる問いに正面から答える企画は強い。ところが、それを運ぶ脚本が、語りの枠組みと詰め込みすぎの展開で自分の足を引っ張っています。2026年11月6日(金)21:00から日本テレビ「金曜ロードショー」で放送されるので、前作を見ていなくても入れる点は、見るかどうかを決める材料になります。星は5項目の平均(2.8)を四捨五入した3つで、加減はしていません。

採点の内訳

  • 脚本:★★☆☆☆ 枠物語が本筋を何度も遮る
  • 人物:★★★☆☆ 兄弟の関係は描くが悪役は類型的
  • 独創性:★★☆☆☆ 前日譚としての発想は定石どおり
  • 狙いの達成度:★★★☆☆ 王の起源は描いたが余韻は薄い
  • 間口の広さ:★★★★☆ 前作を見ていなくても追える

作品情報

  • 監督:バリー・ジェンキンス(脚本はジェフ・ナサンソン)
  • 声の出演(英語版):アーロン・ピエール(ムファサ)、ケルヴィン・ハリソン・Jr.(タカ/スカー)、マッツ・ミケルセン(キロス)、ドナルド・グローヴァー(シンバ)、ビヨンセ(ナラ)
  • 上映時間:118分
  • 音楽:歌はリン=マニュエル・ミランダ、劇伴はデイヴ・メッツガー
  • 興行収入:世界で約7億2,300万ドル(制作費は約2億ドル)
  • 地上波放送:2026年11月6日(金)21:00〜 日本テレビ「金曜ロードショー」

見る前に知っておきたいこと

  • 2019年の実写版(超実写版)の前日譚でもあり、同時にその後の時間も描く作品です。1994年のアニメ版を起点に、2019年版が作り直し、本作はその世界の続きという位置づけです
  • 前作を見ていなくても筋は追えます。一方、スカーという名前の由来を知っていると、物語の仕掛けがより読み取れます
  • 監督のバリー・ジェンキンスは、本作が「シンバズ・プライド」(続編の別作品)の翻案ではないが、一部の設定は参照していると語っています(Empire)
  • 音楽はリン=マニュエル・ミランダの歌が中心で、評価が割れた点は後の節で扱います
  • ラフィキがキアラに語る形で進み、ティモンとプンバァが合間に口を挟む構成です。放送で初めて見る人は、これを頭に入れておくと見やすくなります

最小限のあらすじ

洪水で両親と離れ離れになった幼いライオンのムファサは、別の群れの王子タカに拾われ、その家族に迎えられます。血のつながらない二人は兄弟として育ちますが、ある出来事をきっかけに、強大な敵キロスに追われる身となります。二人は仲間とともに、楽園と伝えられる地「ミレーレ」を目指して旅に出ます。この過去の物語を、ラフィキがシンバとナラの娘キアラに語って聞かせる、という形で進みます。

※ここから結末に触れます。

『ムファサ』ネタバレ考察|ラストの意味とスカー誕生の描き方

ラストで兄弟が分かれた意味

結末では、タカがキロスと手を組んで裏切り、キロスに目を切りつけられて、のちの「スカー(傷)」を負います。地震で敵の多くが倒れ、ムファサがキロスを倒した後、ムファサはミレーレの王になります。ムファサはタカの名を二度と呼ばないと誓い、タカは「スカー」を名乗るようになります。

ここで作り手が選んだのは、スカーを「生まれながらの悪人」ではなく、兄弟への嫉妬と引け目から裏切りに踏み出した人物として描くことでした。タカは、自分の家族がムファサに居場所を与えた側でありながら、ムファサがサラビと結ばれていくことに嫉妬し、キロスと手を組んでしまいます。兄弟としての情と嫉妬が、同じ人物の中でぶつかるわけです。私はこの構図を、前作の「悪役スカー」に説明を与える設計として評価します。名前を呼ばないと誓うという処置が、罰であると同時に、ムファサなりの線引きとして読めるのです。

「兄弟ではない」設定の効果と代償

本作は、ムファサとタカを血縁のない義兄弟にしています。The A.V. Club は、これを後付け設定(レトコン)だと指摘しています。私はこの改変を、狙いのある選択だと見ます。血のつながりがあれば「兄が弟を許す」で済む話が、拾った側と拾われた側という非対称な関係になり、嫉妬の根が一段深くなるからです。

代償もあります。前作で語られてきた兄弟の物語を知っている人ほど、設定の組み替えに引っかかります。こうした改変は、作品の外の文脈を背負う前日譚の宿命で、本作だけの失点とは言えませんが、納得させるための説明が足りているかは別の問題です。

作り手が見せたかったもの

ジェンキンス監督は、予告編が「魂がない」と批判された際、「ライオン・キングに魂がないものなどない」と反論しました。この発言から、作り手が数字や技術よりも、この世界の物語の核を守ろうとしていたことが読み取れます。ブルー・アイヴィー・カーターはキアラ役で、ビヨンセ(ナラ役)との共演です。監督は二人の組み合わせを「タイムカプセル」のようなものだと語っています。

世間の評価と私の見方のずれ

Rotten Tomatoes では批評家の支持率は56%(222件、平均5.8/10)、Metacritic は56点で、評価は割れています。批評家の総評は、ジェンキンスの演出とミランダの音楽にはよい点があるが、実写に見える CG の表現が物語に合っていない、というものでした。一方で観客の評価調査では CinemaScore が A−、PostTrak の好意的な反応は85%と、批評家より高い数字が出ています。

私の評価はどちらにも寄りません。シリーズのファンが満足しやすい作りであることは、この数字の差が示しています。ただ、満足の中身は人物や物語の新しさより、世界観への愛着に支えられている部分が大きいと私は読みます。だから星は3つで、手放しで勧める作品にはなりません。

『ムファサ』がつまらない・ひどいと言われる理由:脚本と構成の欠点

ティモンとプンバァの横やりが物語を止める

最大の欠点は、語りの枠組みです。ラフィキが語る過去の物語に、ティモンとプンバァが何度も口を挟みます。Variety のピーター・デブルージは、こうした笑いの中断を批判しています。私も同意見です。二人の掛け合いは前作の人気を呼んだ味ですが、物語が過去と現在を何度も往復する形は、本筋の流れを切り直す作りです。

本来、この枠は「語り継がれる物語」という本作の主題を支える仕掛けになれたはずです。ところが、笑いを足す役目に寄りすぎて、物語を継ぐ側の重みに結びついていません。ここは構成の設計ミスだと私は考えます。

詰め込みすぎの旅路と、薄まる悪役

物語は、洪水、兄弟の出会い、白いライオンとの因縁、キロスの襲撃、サラビやザズーとの出会い、暴走(スタンピード)、ミレーレの戦いと、事件を次々に重ねます。The Hollywood Reporter は、物語が後半にかけて細切れになり、要素を詰め込みすぎていると評しています。三幕構成で言えば、第二幕に新しい登場人物と事件を足し続けた結果、第三幕の裏切りの露見と決着が、積み上げの割に急に感じられる配置です。

悪役のキロスも、息子を殺された復讐という動機は示されるものの、物語の中心はタカの内面にあるため、敵としての圧が兄弟のドラマに従属しています。マッツ・ミケルセンという配役の強みを、脚本が十分に使い切っているとは言いにくいところです。

歌が記憶に残らない問題

ミランダが手がけた歌についても、評価は分かれました。Entertainment Weekly は「期待外れ」と評し、Rolling Stone は「ハクナ・マタタ」のように耳に残る曲がないと述べました。一方で The Times は歌を称賛しています。歌曲「Tell Me It’s You」は、アカデミー賞の歌曲賞の候補選考(ショートリスト)には残りましたが、ノミネートには至りませんでした。

ミュージカルとしての見せ場が物語を押し上げる力に欠けると、枠物語の横やりと詰め込みの弱さを、歌で挽回することができません。ここで弱点が重なります。

実写風 CG という方式の限界

Vulture のビルジ・エビリは、「大きく無駄にした機会」だと厳しく評しました。一方で、2019年版より映像が進歩したと評価する声もあり、マット・ゾラー・サイツはこれを技術的な一歩前進と呼んでいます。映像の出来そのものを私は見て語れませんが、実写に見える動物に、歌と感情表現を担わせる方式の難しさは、批評の中で繰り返し指摘された論点です。

この映画を見るべき人・見なくていい人

見るべき人

  • 「ライオン・キング」のスカーがなぜ生まれたのかを知りたい人。答えは、嫉妬と裏切りの末の名前の剥奪という形で、はっきり示されます
  • 前作を見ていなくても気軽に見られる、家族向けの冒険ものを探している人
  • 「ムーンライト」のバリー・ジェンキンスが、大作の前日譚でどう振る舞ったかを確かめたい人

見なくていい人

  • 脚本の緊密さや、悪役の厚みを重視する人。構成の散らかりが気になるはずです
  • 「ハクナ・マタタ」級の名曲を期待する人。歌への評価は割れています
  • 前日譚の設定変更(義兄弟の改変)に抵抗が強い人

金曜ロードショーで見る前の判断としては、「ムファサとスカーの物語の答え合わせ」を目的にすれば満足しやすく、「新しい映画体験」を求めると肩透かしになる、というのが私の結論です。