結論:ファンへの贈り物としては合格、映画としての入口は閉じている(評価★★★☆☆)
『SSSS.GRIDMAN』と『SSSS.DYNAZENON』の両方を見た人なら、見ていい一本です。逆に、どちらか一方でも未見の人には勧めません。この映画は2作の「その後」を描くために作られており、単体で人物の関係や世界の仕組みを教えてくれる親切さは、最初から目指していないからです。
総合は5項目の平均どおり★3つにしました。祭りのような顔合わせと、多くの要素を一本にまとめようとする野心は評価できます。一方で、118分に詰め込んだ要素の多さが、脚本の整理と間口の広さを犠牲にしています。「ファンのための映画」としては合格点、「映画」としては人を選びすぎる、というのが私の判定です。
採点の内訳
- 脚本:★★★☆☆ 要素の多さに筋の整理が追いつかない
- 人物:★★★☆☆ 既存人物の再会が中心で新規の掘り下げは薄い
- 独創性:★★★★☆ 二つの世界の融合を物語の仕掛けにした
- 狙いの達成度:★★★★☆ 「祭り映画」という狙いは形になっている
- 間口の広さ:★☆☆☆☆ 前2作と原典の知識が前提になる
作品情報
- 日本公開:2023年3月24日(全国151館)
- 監督:雨宮哲(長編映画の監督はこれが初)
- 脚本:長谷川圭一(雨宮哲も共同で脚本に参加)
- 主な出演(声):広瀬裕也、宮本侑芽、斉藤壮馬、榎木淳弥、若山詩音、上田麗奈、緑川光
- 上映時間:118分
- アニメーション制作:TRIGGER、配給:東宝映像事業部
- 音楽:鷺巣詩郎
- 原作:電光超人グリッドマン(1993年)
- 興行:公開初週末の興行通信社ランキングで5位
見る前に知っておきたいこと
- 『SSSS.GRIDMAN』(2018年にテレビ放送)と『SSSS.DYNAZENON』(2021年)の両作の終了から約半年後を描く続編。必ずこの順で、両方を先に見ておくのが前提です
- 2作とも、特撮ドラマ『電光超人グリッドマン』をもとにしたTRIGGER制作のアニメ。原典を知らなくても映画の筋は追えますが、映画には原典の全39話にちなんだ小ネタが仕込まれていると、日本語版Wikipediaに書かれています
- 公開に先立って、2作それぞれの総集編映画が2023年1月と3月に公開されています(英語版Wikipediaによる)。2作を見直す時間がない人は、こちらが入口になります
- 2026年11月27日公開予定のアニメ映画『タコピーの原罪』のもとになったWebアニメ版では、ヒロインの久世しずかを上田麗奈が演じています(日本語版Wikipediaによる。映画版の配役は同ページで確認できませんでした)。本作で上田麗奈が演じるのは、怪獣を生み出していた新条アカネです
最小限のあらすじ
怪獣との戦いが終わった半年後。高校2年生になった裕太は、学園祭で六花に思いを伝えようと考えている。ところがそのころ、町に再び怪獣が現れ、別々の世界が重なり始めているらしいことが分かってくる。裕太はグリッドマンとともに、世界の崩壊を食い止めようとする。
※ここから結末に触れます。
グリッドマン ユニバースの結末の意味と評価できる点
「祭り映画」という狙いに、構造が噛み合っている
日本語版Wikipediaによると、企画の出発点は、プロデューサーの宇佐氏が『SSSS.DYNAZENON』の制作中だった2020年8月に出した案でした。ファンが楽しめる「お祭り映画」にしたい、という考えです。ここで評価したいのは、お祭りをただの顔見せで終わらせず、物語の仕掛けにしている点です。
映画では、怪獣が現れる原因として「別々の世界が重なり合っている」という説明が置かれます。その結果、ダイナゼノン側の4人(蓬、夢芽、暦、ちせ)がグリッドマンの世界へ迷い込みます。顔合わせの理由が、世界の崩壊という事件そのものと結びついているので、ファンサービスが筋の外に浮きません。お祭りを成立させる設定を、事件の原因に直結させた設計は、堅実な作りです。
終盤の「物語をひとつにまとめる」発想
最終局面で、裕太とグリッドマンは「ユニバース・ファイター」という姿になります。日本語版Wikipediaはこれを、多くの物語を一つにまとめるものと説明しています。題名の「ユニバース」が、単に世界が複数あるという意味にとどまらず、物語をまとめ上げる意志として回収される構造です。
ここは私がもっとも感心した点です。多世界ものは、世界が増えるほど「結局どの世界が本物なのか」という問いに引きずられがちです。この映画は、その問いを正面から解くのではなく、「複数の物語を重ねて抱える」という答えを、主人公の変身そのものに持たせました。説明ではなく、造形で語らせる選択です。
敵の置き方と、結末の読み方
敵のマッド・オリジンは、日本語版Wikipediaによると、人間が多くの世界で怪獣を生み出してきた結果として生じた存在です。アレクシス・ケリヴを取り込んで黒い第二形態になる、と説明されています。つまり、シリーズが積み上げてきた「怪獣を生み出す側の悪意」を、一体の敵にまとめたわけです。
結末についての記述は、日本語版と英語版のWikipediaで強調点が異なります。日本語版は、グリッドマンの強制停止によって世界がリセットされるところを強調しています。英語版は、戦いのあと、蓬たちが元の世界へ戻り、アカネがナイトに謝罪し、劇が学園祭で成功して裕太が六花に告白する流れを挙げています。私は、どちらも「世界の混乱の収束」と「日常への着地」を描いている点で共通すると読みます。戦闘の決着で終わらず、最後は学園祭という小さな舞台に戻ってくるので、題名の大きさに対して着地は小さく、そこが良い。この落差は、裕太という主人公の物語を最後まで手放さなかった証拠です。
また、映画は公開初週末の興行通信社ランキングで5位に入り、100館以上で上映された作品のなかでは、1館あたりの収入が最高だったと日本語版Wikipediaに書かれています。観客層が狭くても、見に来た人の熱量が高かったことは数字からも分かります。
グリッドマン ユニバースはつまらない?ひどいと言われる欠点
情報量に対して、筋の整理が追いついていない
あらすじを追うだけでも、この映画が抱える要素の多さが分かります。裕太の告白、学園祭の準備、怪獣の襲来、別世界の人々の迷い込み、世界の危機、新しいグリッドナイト、グリッドマンの停止、そして最終決戦。どれも魅力的な要素ですが、118分で一つひとつを丁寧に扱うには数が多すぎます。
これは三幕構成の観点で見ると分かりやすい問題です。第一幕で裕太の個人的な目標(告白)を置いておきながら、第二幕では世界の危機の説明が膨らみ、個人的な目標は後ろに回ります。そして第三幕で、再び告白に戻ってきます。構成そのものは通っていますが、中盤の主役が「裕太の恋」から「世界の仕組み」に入れ替わっているため、終盤の告白が、積み上げた感情の結果というより、約束の履行に見えやすい。ここが私の評価を★4に届かせなかった理由です。
制作過程の迷いが、そのまま物語に残っていないか
日本語版Wikipediaによると、雨宮監督は当初、宇佐プロデューサーのファンサービス案を自分の構想に合わないと感じていました。メカのデザインをグッドスマイルカンパニーの田中氏と作り、メカを軸に物語を組み立ててから、脚本を長谷川圭一氏に渡したとあります。初期の案では、映画オリジナルのヒロインを中心にし、次に裕太の告白を軸にしましたが、のちにその方向は取りやめ、最終的に「グリッドマン・ユニバース」の謎を中心にしたとのことです。
この経緯は、完成した映画の弱点を説明しているように、私には読めます。メカ、告白、謎解きという異なる出発点が、ひとつの物語に同居している。最終稿で謎解きを軸にしたのに、告白の筋が残っているため、二つの軸の重さが釣り合いきらない。これは制作の事情を断定するものではなく、公開された経緯と完成形を並べて見たときの、私の推測です。
間口の狭さは、作品の性格であり、同時に最大の欠点
登場人物の多くが、前2作の出来事を前提にして動きます。声優陣の一覧を見ても、2作それぞれの主要人物に加え、ダイナゼノンの面々、ナイトや2代目など、再登場の人物がずらりと並びます。この映画は、彼らが再会する場面を見たい人のために作られています。
これを「ファン向けだから仕方ない」と済ませるのは簡単です。しかし評価の物差しとして「間口の広さ」を設けた以上、私は低く付けざるを得ません。前2作の知識がない人が見ても、世界が重なるという設定の重みも、再会の意味も分かりません。この映画は、シリーズ全体を見終えた人が、さらに一歩進むための作品です。入口としては勧められません。
この映画を見るべき人・見なくていい人
- 見るべき人:『SSSS.GRIDMAN』と『SSSS.DYNAZENON』の両方を見終えていて、その後の彼らを見届けたい人
- 見るべき人:二つの作品の世界が交わる設定を、物語の仕掛けとして楽しみたい人
- 見なくていい人:どちらかのテレビシリーズを未見で、この映画から入ろうとしている人。先に2作(時間がなければ総集編)を見るのが先です
- 見なくていい人:1本の映画として整理された、独立した脚本の完成度を求める人





