結論:設定は鮮やか、解決は急ぎすぎた「歌の物語」(評価★★★☆☆)

細田守監督の作品を見てきた人、仮想空間ものが好きな人は見てよい。ただし、後半の現実パートに「物語としての納得」を求める人には、評価が割れる一本です。母の死で歌えなくなった少女が、仮想世界〈U〉で歌姫になる。この導入と、〈U〉の中で竜と心を通わせていく前半の組み立ては、狙いが明確で説得力があります。崩れるのは、竜の正体が分かってからの後半です。深刻な問題が、少女一人の行動で一気に片づいて見える。その落差が、星を3つに留めた理由です。

採点の内訳

  • 脚本:★★★☆☆ 前半は堅実、後半の解決が急
  • 人物:★★★☆☆ すずの変化は筋が通るが脇役が薄い
  • 独創性:★★★☆☆ ネット版『美女と野獣』は新しい発想だが骨格は既存
  • 狙いの達成度:★★★☆☆ 歌と素顔の主題は形になったが問題提起は浅い
  • 間口の広さ:★★★★☆ オリジナル作品で予備知識がいらない

作品情報

  • 日本公開:2021年7月16日(7月15日にカンヌ国際映画祭のカンヌ・プルミエール部門でワールドプレミア上映)
  • 監督・脚本・原作:細田守(制作はスタジオ地図)
  • 声の出演:中村佳穂、佐藤健、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、役所広司ほか
  • 上映時間:121分
  • 興行収入:日本語版Wikipediaの記載で66.0億円
  • 主な受賞:第45回日本アカデミー賞で優秀アニメーション作品賞(優秀賞)、音楽チームが最優秀音楽賞。第74回ロカルノ国際映画祭でキッズアワード

見る前に知っておきたいこと

  • 原作はなく、細田守監督のオリジナル作品です。『美女と野獣』をモチーフにしていますが、前提知識はいりません
  • 細田監督は、出発点は「インターネットの世界で『美女と野獣』をやったらどうなるか」という発想だったと語っています
  • 歌が物語の中心にあります。監督は、もともとミュージカル映画をやりたかったと語っています。結果的にミュージカルにはなりませんでしたが、歌は物語の重要な要素として残っています
  • 家庭内の虐待が物語に関わります。重い題材なので、子どもと見る場合は心づもりが要ります
  • 同じ公開済みのアニメ作品を比べたい人は、『君の名は。』の記事も参考になります

最小限のあらすじ

高知の田舎に暮らす女子高生のすずは、幼い頃に母を水難事故で亡くし、歌えなくなっています。親友に誘われて入った仮想世界〈U〉で、すずは「ベル」というアバターになり、再び歌えるようになります。ベルが世界的な歌姫になった頃、暴れ者として追われる謎の「竜」が現れ、ベルは竜に惹かれていきます。すずの目的は、竜の正体と抱えている事情を知り、その心に届くことです。

※ここから結末に触れます。

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〈U〉の「二重性」という設計は筋が通っている

監督は、インターネットにも現実と虚構の二面性があり、『美女と野獣』もそうした二重性を持つ作品だと語っています。この見立ては、脚本の骨格としてよく働いています。すずは現実では歌えず、〈U〉では歌える。竜は〈U〉では強力な存在で、現実では虐待を受ける子どもです。どちらも「仮想の姿のほうが本当の自分に近い」という逆転が仕込まれています。呪いをかけられた野獣と、囚われの美女という古典の役割を、ネットの匿名性に置き換えた翻案としては、設計が理にかなっています。

「素顔をさらして歌う」が主題の頂点になる

すずは、竜の信頼を得るには自分の正体を明かすしかないと促され、自らアンベイルして生身で歌います。〈U〉ではジャスティンが他人の素顔を暴こうとしていました。つまり、暴かれる恐怖の象徴だった「アンベイル」を、すず自身が自分の意志で行う。他人に剥がされるのではなく、自分で脱ぐ。ここは、前半で置いた道具立てを使った反転で、本作で最も構造が美しい場面だと私は読みます。音楽の評価は賞にも表れていて、日本アカデミー賞では音楽チーム(岩崎太整、ルドヴィク・フォッセル、坂東祐大)が最優秀音楽賞を受けました。

欧米の批評家は高く評価した

英語版Wikipediaによると、Rotten Tomatoesの支持率は95%(130件)、Metacriticは31件で83点です。ニューヨーク・タイムズのマノーラ・ダージスは、視覚表現と世界観づくりを評価し「つねに心に触れる」と評しました。一方でウォール・ストリート・ジャーナルのジョー・モーゲンスターンは、筋が詰め込みすぎだとも指摘しています。この「心と絵は良いが、筋は過密」という見方は、私の評価ともほぼ重なります。

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『美女と野獣』との類似は、引用の域を超えている

日本語版Wikipediaには、竜のシルエット、城、ベルと竜が踊る場面の構図、「ベル」という名前などが似ているとして、「丸パクリではないか」と批判する声があると書かれています。映画評論家の前田有一は、同年公開の別作品が『美女と野獣』を引用にとどめたのに対し、本作は真正面からのオマージュで「やや安直すぎる」と述べたとのことです。私はここを盗用とまでは言いません。ただ、ネットの匿名性という新しい器を用意しながら、器に入れる物語の骨格を古典に預けすぎた。独創性を3点にとどめた理由はそこです。

虐待という重い問題が、少女の勇気で片づいて見える

最大の弱点はここです。竜の正体は、父から虐待を受ける恵(弟は知)だと分かります。恵は人間不信で、最初はすずを拒絶します。すずは自らアンベイルして歌い、映像から兄弟の住む町を割り出し、児童相談所に通告します。ところが、対応が間に合わないことを恐れたすずは、夜行バスで東京へ向かい、父親の前に立ちます。父親はすずの気迫に押されて逃げ出す。

通告した後の行動の動機は理解できます。しかし、物語が見せる解決は「制度が追いつかないから、個人が体を張って止める」という形です。英語版Wikipediaの記述では、当局が虐待に対応できるまで48時間待つ必要があるという状況が、すずが自ら向かう理由になっています。この制約自体は現実的な指摘です。けれども父親の退場が、子どもの気迫という一点に依存している。虐待という題材の重さに対して、解決の説得力が釣り合いません。

脇役と仮想空間のルールが薄い

〈U〉は50億人以上が集まる世界とされ、自警団ジャスティンは竜を追う存在として配置されています。ところが、ジャスティンの目的は「竜のアンベイル」と支配欲の描写に集約され、動機の厚みは乏しい。竜の城が暴かれて燃やされる展開も、後半の移動の口実として使われた印象が拭えません。英語版の批評にあった「筋の詰め込みすぎ」という指摘は、こうした部分に当てはまると私は見ます。

宣伝と中身のずれ

前半は仮想世界の歌姫という華やかさが中心です。ところが物語を動かす力点は、現実の兄弟の救出にあります。前半を歌と仮想世界の物語として楽しんだ観客ほど、後半の重心移動に戸惑う構造です。賛否が割れるのは、ここに理由があると私は考えます。

この映画を見るべき人・見なくていい人

  • 見るべき人:仮想世界を舞台にしたアニメが好きな人。歌の場面の力で物語を引っ張る作品を見たい人。細田守監督のオリジナル作品の流れを追っている人
  • 見なくていい人:虐待のような重い題材に、現実的な処理や丁寧な過程を求める人。『美女と野獣』の翻案として、物語の骨格にも新しさを期待する人

前半の発想と、アンベイルして歌う場面の構造は一見の価値があります。後半の解決の急ぎ方を許せるかどうかが、この映画への評価を決めます。