結論:誰もが知る昔話を、「姫の側」から語り直した執念の一本(評価★★★★☆)

見るべきです。ただし、娯楽として気持ちよく走る映画ではありません。竹から生まれた姫が月へ帰る、という誰もが結末を知っている話を、高畑勲監督は137分かけて「姫は何を望み、何を奪われたのか」という一点に絞って語り直しました。物語の筋で驚かせる作品ではなく、知っている筋の意味を塗り替える作品です。そこに乗れる人には忘れがたい一本になり、乗れない人には長く静かな137分になります。

採点の平均は4.0で、総合は平均どおりの★4です。独創性と狙いの達成度は満点に近い一方、間口の広さを大きく削っています。

採点の内訳

  • 脚本:★★★★☆ 原典の筋を保ち、動機だけを組み替えた
  • 人物:★★★★☆ 姫の願いと翁の善意のすれ違いが一貫
  • 独創性:★★★★★ 竹取物語に「地球への憧れ」を足した
  • 狙いの達成度:★★★★★ 手描きの線で感情を見せる狙いが形に
  • 間口の広さ:★★☆☆☆ 長尺で山場も静か。娯楽向きではない

作品情報

  • 日本公開:2013年11月23日
  • 監督:高畑勲(原案も担当)
  • 脚本:高畑勲、坂口理子
  • 主な声の出演:朝倉あき、高良健吾、地井武男、宮本信子
  • 音楽:久石譲
  • 上映時間:137分
  • 原作:『竹取物語』
  • 製作:スタジオジブリ
  • 興行収入:24.7億円(日本語版Wikipediaの記載)
  • 主な受賞:毎日映画コンクールのアニメーション映画賞を受賞。第87回アカデミー賞の長編アニメ映画賞にノミネート

見る前に知っておきたいこと

  • 原作は『竹取物語』です。かぐや姫が竹から見つかり、求婚者に難題を出し、月へ帰るという大枠は原典と同じなので、予備知識は要りません。
  • 上映時間は137分と長めです。物語は、幼い頃の野山の暮らし、都での教育、求婚、月への帰還と、時間をかけて段階を踏みます。
  • 高畑勲監督が手がけた長編としては『ホーホケキョ となりの山田くん』に続く作品で、日本語版Wikipediaによると14年ぶりの監督作でした。
  • 声の出演のうち、翁役の地井武男さんにとって本作が最後の出演作になりました。
  • 製作費は日本語版Wikipediaで51.5億円とされています。英語版Wikipediaは、当時の日本映画として最も製作費のかかった作品だったと記しています。

最小限のあらすじ

竹林で光る竹の中から、小さな姫を見つけた翁と媼。姫は赤子になり、やがて野山を駆け回る少女に育ちます。翁は竹から授かった黄金や衣を天の意志と信じ、姫を高貴な姫君に育てるため、一家で都へ移ります。山の暮らしを恋しがる姫は、貴族の娘としての作法と、大勢の求婚者という新しい生活に向き合うことになります。

※ここから結末に触れます。

かぐや姫の物語のラストの意味は?構成と評価できる点を考察

なぜ「月へ帰る」結末が悲劇になるのか:動機の置き換え

この映画の最大の仕事は、筋を変えずに動機だけを入れ替えたことだと私は見ています。日本語版Wikipediaによると、高畑監督はストーリーは変えずに印象がまったく違う作品にしたいと語っていました(『週刊文春』2010年1月)。実際、求婚、難題、御門の来訪、月からの迎えという骨格は原典どおりに進みます。変わったのは、姫が「なぜそこにいるのか」です。

英語版Wikipediaのあらすじでは、姫は月の掟を破り、人として生きることを体験するために地球へ追放された存在だと明かされます。つまり姫は、地球に来てしまった被害者ではなく、地球を望んで来た者です。ここで月への帰還が意味を変えます。原典では運命として受け入れる別れが、本作では「望んだ暮らしを、望んだほど味わえないまま終わる」別れになるのです。

翁の善意と姫の幸せのすれ違い:人物の動機が一本通っている

人物の動かし方は、この映画でいちばん手堅い部分です。翁は竹から授かる黄金や衣を天の意志と考え、姫を高貴な人に育てて貴公子に迎えさせることが姫の幸せだと信じます。翁は悪人でも愚か者でもありません。姫を思う気持ちが本物であるぶん、野山で自由に遊んでいた姫の暮らしを壊していきます。

この「善意が相手を追い詰める」構図は、都へ移ってからの出来事すべてに通っています。裳着の宴で、酔った客が翁と姫を侮辱し、姫は屋敷を飛び出して故郷の山へ走ります。ところが山には、かつての暮らしが残っていません。善意の押しつけ、周囲の嘲り、帰れない故郷が一つの場面に重なるので、このシークエンスは物語の折り返し点として機能しています。

捨丸との再会と飛翔:願いが叶う瞬間を、終盤の悲しみに使う

終盤、月へ帰る運命を知った姫は故郷の山へ行き、幼なじみの捨丸と再会します。二人は愛を告げ、空中を舞いますが、月が現れて引き離され、捨丸にとってはそれが夢として残ります。

私はこの場面を、姫が地球で一度だけ得た「選べた幸福」と、その直後の喪失を同時に見せる設計だと読みます。捨丸には妻子のいる暮らしがあり、二人の再会は最初から続きようがありません。だからこそ、叶った瞬間が、そのまま終わりの予告になります。

最後に姫が涙を浮かべる意味:記憶を消されても残るもの

月の羽衣は、地球での記憶を消すものとして描かれます。姫は猶予を請い、翁と媼に別れを告げ、それでも羽衣を着せられて雲の上へ去ります。去り際に地球を振り返ると、記憶を失っているはずの姫が涙を浮かべます。

この涙の解釈は割れる余地があります。私は「記憶が消えても、人として生きた体験は消せない」という、映画からの返答だと読みます。月の世界は、感情を波立たせない静かな場所として描かれます。高畑監督が久石譲さんに求めた音楽の条件が、登場人物の気持ちを表現しない、状況に付けない、観客の気持ちを煽らない、という三点だったと日本語版Wikipediaにあることも、この読みを後押しします。感情を煽る音楽を外す姿勢と、感情を消す月の世界の描き方は、同じ方向を向いています。

批評の評価と、私の見方:なぜ海外で高く評価されたのか

国内外の評価は高いものでした。英語版Wikipediaによると、批評集積サイトRotten Tomatoesでは好意的な評が100%で、Metacriticは89点でした。ニューヨーク・タイムズは水彩の繊細さと線の感覚を評価しています。日本では、キネマ旬報ベスト・テンで第4位となり、高畑監督作品としては最高順位だったと日本語版Wikipediaにあります。毎日映画コンクールの選評は、手描きの線と水彩の美術の融合を称賛しました。

私はこの評価を妥当と見ます。ただし理由は絵の美しさだけではありません。絵の質を物語の主題に直結させたことが評価の中心です。意図的に残された鉛筆の線や色のにじみは、英語版Wikipediaによると、高畑監督が、観客に簡素な絵の背後の現実を想像してほしいと考えたことと結びついています。省略された絵が観客の想像で埋まる構造は、「見えない感情を観客に補わせる」という本作の語りと重なります。

かぐや姫の物語はつまらない?退屈と言われる理由と欠点を辛口評価

137分は長い:求婚の挿話が似た形の繰り返しになる

日本語版Wikipediaには、作品の尺が長く、娯楽映画としては課題があったという評価も紹介されています。私もここは擁護しません。求婚者の挿話は、五人の公達が難題を持ち帰るたびに、偽物が露見する、諦める、妻に見つかる、命を落とす、と似た形で進みます。原典の骨格を守った結果とはいえ、各人の失敗の様式が近いので、後半になるほど新しい情報が少なく感じられます。

この部分は、姫が人の欲望を冷めた目で見る過程を描く役割は果たしています。しかし、石上中納言の死で姫が自責に沈む場面に至るまでの運びに、もう少し緩急があれば、重さがより効いたはずです。

月の事情の説明が終盤に集中する:説明過多で動機の回収を急ぐ

姫が月から来た者であり、掟を破って地球に追放され、御門の来訪をきっかけに月へ助けを求めたという事情は、終盤にまとめて語られます。物語の核心である「姫が地球を望んだ」という動機が、後半の告白で一気に明かされる作りです。

先ほど述べたとおり、この動機の置き換えは映画の最大の発明です。ところが、それが姫の言葉による説明で伝えられる比重が大きく、序盤から丁寧に張った伏線として回収されているとは言いにくい面があります。野山で遊ぶ序盤の姫が見せる、自然への並外れた喜びは、後から意味が補われる形になり、初見では動機が腑に落ちるまでに時間差が出ます。

捨丸と御門の扱い:感情の山を作る人物に偏りがある

捨丸との再会は、姫の幸福と喪失を同時に見せる強い場面です。しかしその前後で、捨丸の人物像を積み上げる場面は多くありません。幼なじみとして序盤に登場し、花見の帰り道に盗みを疑われて暴力を受ける姿が描かれ、終盤に再会します。出番の間隔が空くので、再会の重さの一部は、観客が補う必要があります。

御門にも同じことが言えます。御門は姫に興味を持ち、宮中へ招こうとし、忍んで屋敷を訪れて姫を連れ去ろうとします。この行動が月への帰還の引き金になる、物語上重要な人物です。ただ、御門自身の内面はほとんど描かれず、出来事の装置に近い扱いです。姫を取り巻く男たちが、姫の孤立を強調するために置かれている点は構造として理解できますが、人物の厚みという点では物足りなさが残ります。

興行と間口:宣伝のうたい文句と、実際の見やすさのずれ

日本語版Wikipediaによると、興行収入は24.7億円で、鈴木敏夫さんは興行について「ちょっと厳しかった」と振り返っています。製作費が51.5億円とされる作品としては、大きな回収には至りませんでした。

この数字は、作品の質の低さではなく、作りの性格によるものだと私は見ます。誰もが知る昔話という入口の広さに対して、中身は137分の静かな内省劇です。「有名な昔話のアニメ」と思って見に行った観客が、娯楽的な山場の少なさに戸惑うのは自然です。間口の広さを★2としたのは、この入口と中身のずれのためです。

この映画を見るべき人・見なくていい人

  • 見るべき人:竹取物語を知っていて、同じ筋が別の意味に変わる体験をしたい人。手描きの線で感情を見せるアニメーションに関心がある人。
  • 見るべき人:高畑勲監督の過去作を見てきて、14年ぶりの監督作で何が変わり、何が変わらなかったかを確かめたい人。
  • 見なくていい人:短時間で刺激や笑いを求める人。静かな語りで137分を持たせる作品に、テンポの速い娯楽性を期待する人。
  • 劇薬になる人:子育てや家族の期待と、本人の望みがずれた経験がある人。翁と姫のすれ違いが、物語として他人事ではなくなります。

同じように、誰もが知る話を現代の観客に向けて組み直した国内アニメとして、『君の名は。』の記事も合わせてどうぞ。語りの速さや間口の広さでは正反対の作品で、比べると本作の個性がよく分かります。