映画「矢野くんの普通の日々」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
思わず「こんな不運な高校生が現実にいるのか?」と疑ってしまうほど、ケガばかりしている少年・矢野剛の姿が目を引く作品である。クラス委員長である吉田清子の真面目でお節介な性格との対比が、物語をグイグイと盛り上げてくれる。公開前から「ド派手な恋愛映画とはひと味違う」と話題になっただけあって、笑えるシーンと胸キュン展開のバランスが絶妙だ。しかも主演の八木勇征がこれまた好演しており、まさに等身大の高校生を体現しているように感じる。気になる原作コミックとの違いについても見どころが多く、どこからツッコんでいいのか迷うほど盛りだくさん。
そんな本作は、一筋縄ではいかないピュアな気持ちや、誰かを好きになるドキドキ感がしっかり詰まっており、「自分もこんな青春送りたかった!」と思わせる魅力がある。世間でよく見る王道パターンを外す展開も多く、何気にくすっとさせられる場面も多数。ここから先はネタバレ全開で語るので、初見の人は覚悟のうえで読み進めてほしい。
映画「矢野くんの普通の日々」の個人的評価
評価:★★★☆☆
映画「矢野くんの普通の日々」の感想・レビュー(ネタバレあり)
ここからは徹底的に深堀りしていく。本作は原作コミックの人気に後押しされて映画化に至ったわけだが、まず注目すべきは主人公・矢野剛の“やけに多すぎる不運”である。彼はあらゆる場面で転び、ぶつかり、物を落とし、ちょっとしたアクシデントを連発する。実写で見ると痛々しい場面ばかりであるにもかかわらず、なぜかほのぼのした雰囲気が漂うのが妙におかしい。たとえば朝の登校シーンでは、門をくぐると同時に靴が吹っ飛ぶし、教室内ではノートを取ろうとして机から落下させたペンがなぜか黒板消しを巻き込み、粉だらけになるなど、ちょっとしたサーカス芸を見ているかのような気分になる。
そんな矢野を見守るのが、クラス委員長の吉田清子だ。彼女は「人をほっておけない性格」という言葉だけでは表せないほど、執念深く心配するタイプである。「矢野くん大丈夫?」が口癖で、何か起こるたびに駆け寄っては手当てをしようとするのだが、その優しさがだんだん恋心に変化していく過程が面白い。本作では恋に落ちる瞬間を「急にズドンと落ちる」というよりも、「じわじわと気がついたら好きになっていた」という描写で表現しているように感じられる。これは実写ならではの間の取り方が上手く効いており、吉田の表情や息遣いにリアリティが生まれている。観ている側としては「ああ、これ恋だわ」とニヤニヤすること請け合いだ。
一方で矢野自身も、「自分に近づくとろくなことがない」「そもそも自分の右目が不吉なんじゃないか」という思い込みを抱えている。中学時代に、彼の瞳を見てしまった友人が運悪くケガをしてしまったという事件があったらしく、それが彼を悲観的にさせている大きな要因だ。そこで矢野は、右目を隠すために常に眼帯をしている。この眼帯が本作の重要なモチーフになっており、「右目=災い」というオカルトじみた噂が矢野を追いかける。もちろん現代の高校生活でそんな迷信を真正面から信じる人は少ないだろうが、思春期特有の繊細さがからんでくると、意外に人の口は止まらない。学校というコミュニティの密閉感が、矢野の悩みをより深刻にしているようにも見える。
これに対して吉田はあくまで真っ直ぐに「そんなの関係ない」と主張するわけだが、その言葉とは裏腹に、実際に矢野の近くにいると少なからずトラブルが起こる。たとえば夏祭りの場面で、矢野がふとした拍子に人波に巻き込まれ、吉田は迷子になる。それだけならまだいいが、彼女には昔のつらい記憶があって、夏祭り=大切な人を失った日を思い出すトリガーでもある。そのトラウマがよみがえり、吉田はパニック寸前に陥ってしまう。矢野はそんな彼女を放っておけないと思いつつも、「やはり自分が一緒にいると不幸が大きくなるのでは」と一度は逃げ出しそうになる。恋愛映画によくある「好きゆえに距離を置く」という切ないシーンだが、本作の場合はそこに「不運」「呪い」といった要素が重なってくるため、一種のオカルトチックな緊張感が生まれているのが独特である。
林間学校のエピソードはさらにドラマチックだ。吉田が母親の形見にしているネックレスを失くしてしまうくだりでは、豪雨のなか一人で探し回る吉田の姿が映される。もちろん矢野はそんな彼女を心配してあとを追うが、自分の存在が事故を引き起こすかもしれないという不安は消えない。それでも放っておけない。ここでは「誰かを本気で好きになると、相手の不幸も含めて一緒に背負わなきゃいけない」というテーマが浮かび上がる。吉田もまた、矢野に迷惑をかけているという罪悪感を抱えながら、「それでもそばにいてほしい」と願っているのだ。結果的に、崖から転落するという大ハプニングが起こるものの、それが逆に2人の気持ちを確かめ合う決定打になるから面白い。お互いの弱さやトラウマをさらけ出し、そのうえで一緒に立ち上がる姿には、もはや初々しさを超えた絆の強さを感じる。
そしてクライマックスでは、矢野が長年封印してきた右目を吉田の前で見せるシーンが待っている。いわば自分のコンプレックスを露わにする瞬間であり、同時に「誰かと本気で繋がりたい」という矢野の意思表示でもある。このシーンが原作ではじっくり描かれていたが、映画版でも相当力を入れて撮られている。矢野の瞳の色の違いが画面いっぱいに映し出されたとき、そこにあるのは恐怖や不幸ではなく、ある種の美しさだと感じるはずだ。「呪いなんてない」という言葉を裏付ける、優しい空気が流れ、最後は吉田がそれを受け入れてキスに至る。本作は青春ラブストーリーでありながら、どこかファンタジックな要素をまとっているが、このフィナーレは間違いなくロマンティックの極みである。劇場で観ていると「ああ、こういう気持ちが若さなんだな」と微妙に涙腺を刺激されること請け合いだ。
キャスティングについても言及しておきたい。矢野役の八木勇征は、どちらかといえばクールなビジュアルで有名だが、ここでは意外なほどピュアな男子高校生に溶け込んでいる。ケガをするシーンの演技も板についており、身体能力の高さがチラリと見えるアクションも見どころだ。吉田役の池端杏慈は、いかにも委員長らしいお節介さを軽妙にこなしつつ、ヒロインとしての可憐さをさりげなく発揮している。感情が爆発する場面も自然な説得力があるため、二人の呼吸がピッタリ合っているのがわかる。さらに友情出演的なポジションで登場する中村海人や白宮みずほ、新沼凛空などの若い才能が作品を華やかに彩るのもポイントである。
原作との違いとしては、細かなエピソードの取捨選択があり、映画オリジナルの結末が加えられている点が大きい。原作では描かれなかった林間学校後の展開や、矢野と吉田が完全に結ばれるまでの道のりが映画用にアレンジされている。だが、そこに違和感はあまりなく、むしろ映像作品としてテンポよく楽しめる構成になっていると感じた。矢野と吉田の恋の進行に加えて、周囲の人間関係が重なり合うことで学園らしい青春像が浮かび上がるので、「どこまでが原作で、どこからが映画独自なのか」を気にしすぎずに観るのが正解だろう。
もちろん、不運や呪いといった要素は非現実的だし、リアリティを求める人にとっては「そんな都合よく転ばないだろう」とツッコミたくなる部分もあるかもしれない。だが、この作品の魅力はまさにそこにある。恋愛には時として説明のつかない幸運や不運がつきまとうものだし、好きな人ができると妙に事故やハプニングが増えるような気がする瞬間は誰しも経験があるだろう。そこを「ちょっと大げさに描いている」のが本作の醍醐味であり、ある意味で青春の象徴とも言える。
本作はド派手なアクションもなければ、超絶美形ばかりのアイドル映画でもない。しかし、だからこそ「普通の日々」を切り取る感覚が愛おしく映り、矢野の不幸体質に翻弄される吉田の姿がグッと胸に響いてくる。クラスメイト同士の些細なやりとりや、学校行事の慌ただしさ、そして若者ならではの一途な想いが詰まった内容になっているので、観終わった後に「ああ、高校生に戻りたい!」と思う人も多いのではないか。気づけば2時間があっという間に過ぎ去る、そして観終わった後にほんのりあたたかい気持ちになる作品である。
映画「矢野くんの普通の日々」はこんな人にオススメ!
大規模予算のSFや派手なアクションはちょっとお腹いっぱい、という人にこそ推したい作品である。とにかく恋愛に絡むドキドキやハプニングを気軽に楽しみたいならピッタリだ。学校という閉じられた空間で巻き起こる出来事に共感する人は多いだろうし、登場人物の失敗や焦りが妙にリアルなので、観ているうちに自分の学生時代を思い出してくすっとしてしまうはずだ。
また、主人公たちの関係性が「劇的な一目ぼれ」ではなく、「少しずつ好意が膨らんでいく」スタイルなので、甘酸っぱい展開をじっくり味わいたい人にも合っているだろう。矢野の不器用さや吉田の過剰な心配性が生む騒動を、笑いながら見守れるタイプの人なら、この映画の魅力を存分に吸収できると思う。加えて、原作を読んでいて「あのシーンはどう映像化されるのかな?」とワクワクしているファンや、出演者の若手俳優陣を応援している人にもぜひチェックしてほしい
。少々センチメンタルなムードが好きな人、若さゆえの衝動や葛藤を懐かしく思う人は、まさにドンピシャ。どこか非現実的な不運要素を織り交ぜつつも、本質的には普遍的な青春ラブストーリーだからこそ、幅広い層にアピールするのではないだろうか。
まとめ
本作は「超不運体質」と「心配性」という対照的な要素を持つ2人が織りなす物語だが、実際には誰もが抱える弱さやトラウマがクローズアップされている点が興味深い。
自分のコンプレックスを認めてもらうこと、そのうえで相手の痛みを受け止めることは、簡単そうでいて難しい。けれど矢野と吉田は失敗続きのなかで少しずつ成長し、最後には互いを必要不可欠な存在として認め合うに至る。その過程で生まれる甘酸っぱい空気や、ちょっとドジな行動の連続こそが、本作の見どころといえるだろう。観賞後には「あんなヘマしそうには見えないのに」と思うほどの八木勇征の好演が頭から離れず、そこにコミカルなエッセンスがふんだんに乗ってくるため、2時間があっという間に過ぎる。
結局のところ、不運も含めて“普通の日々”と呼べるのかもしれない。本作が描く高校生活は誇張された部分もあるが、根底にあるのは誰かを大事にしたいという純粋な気持ち。その素朴さが観る者の心に染み渡る。