映画「流浪の月」公式サイト

映画「流浪の月」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

本作は、広瀬すずが儚さと力強さを同時に体現している点が見どころである。いわゆる“誘拐事件”を発端にした物語だが、実際に描かれるのは社会の固定観念に押し潰されそうになる登場人物たちの切実な姿だ。観る側も「もし自分だったら?」と問いかけられるような要素が多く、ときに気まずさを感じるほどリアルな人間模様が映し出されている。

筆者は鑑賞中、「これはただの恋愛映画なのか、それとも社会派ドラマなのか」と戸惑いながらも、終盤に向けて徐々に紐解かれていく衝撃の真相と、登場人物が抱える秘密の重みに目が離せなかった。しかもテンポや台詞のリアリティがなかなか鋭く、いつの間にか作品の世界に引きずり込まれる。広瀬すずの繊細な表情の変化や、松坂桃李の不器用な優しさが胸を打ち、画面の静けさがかえって生々しく感情を揺さぶってくる。

気軽に楽しめるタイプの映画ではないが、何か刺激的なものを求めるなら十分に堪能できる仕上がりだと思う。

映画「流浪の月」の個人的評価

評価: ★★★☆☆

映画「流浪の月」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作は、少年院送りとなった大学生と、その“被害者”とされた少女の再会から始まる再構築のドラマである。だが、「誘拐犯」「被害者」という単純な二項対立ではくくれない深みが特徴だ。世間の視線と登場人物の本音とのギャップ、さらには先入観によって塗り替えられた過去がどれほど人間を変えてしまうかが丁寧に描かれている。

まず物語の軸となるのは、広瀬すず演じる家内更紗(かない さらさ)と、松坂桃李演じる佐伯文(さえき ふみ)の関係だ。15年前、まだ文が19歳だった頃、公園で雨に濡れながら本を読んでいた9歳の更紗に声をかけたのが始まりとなり、世間を震撼させる“誘拐事件”が起こったとされている。もっとも、更紗が家に帰りたくないと言ったために文が「じゃあうちに来る?」と誘っただけなのだが、結果として警察が動き、文は“犯人”、更紗は“被害者”として大々的に報じられた。実際のところ、このふたりのあいだには暴力や搾取どころか、一種の安らぎさえあったように描かれる。だが、その感覚は当人たちにしか分からない。その後、更紗は家族と暮らすより文といるほうが心地よかったらしいことが作中でほのめかされるが、社会の視点では「おかしな関係」にしか見えない。そこに本作の大きなテーマである“世間のレッテル”という要素がのしかかってくるわけだ。

時は流れて15年後、更紗は飲食店で働きながら、横浜流星が演じる中瀬亮(なかせ りょう)という恋人と暮らしている。ごく普通の幸せを掴みかけているように見えるが、ある日偶然行ったカフェで文と再会。ここから物語が混線していくのが実に興味深い。まず更紗と文のあいだに過去の特別な思いが残っていることは見え見えだが、それを現実でどう処理するのか。文にも新たなパートナー(多部未華子が演じる谷あゆみ)がいる。ところが、文と更紗が再び近づくことで、亮は猛烈な嫉妬心をあらわにし、さらに文の過去を週刊誌やネットに暴露する事態に発展していく。彼がただの“イケメン彼氏”ではなく、独占欲と支配欲が絡んだ危うい存在であるところが物語を大きく揺さぶるポイントだ。さらに彼の行動がもとで、再度「誘拐」だの「幼女との危険な関係」だのと世間が騒ぎだし、文と更紗の平穏を壊していくのが何とも皮肉である。

ここで注目したいのは、文の抱える肉体的トラウマだ。原作小説でも言及されているが、文は思春期の発育に問題を抱えており、自分の体を“未完成”と捉えている。その秘密を知られたくないあまり、かつては更紗を守ることよりも自分の“ある真実”を隠すことに神経をすり減らしていたところがある。作中でそれが赤裸々に描かれる終盤の告白シーンは、言葉にできないほど痛々しくも美しい。そこに至るまではお互い何も言わずにただ気まずそうにすれ違っていたふたりが、最後には抱きしめ合って泣き叫ぶ。その瞬間、「社会から白い目で見られようと、お互いを必要としているなら一緒に生きるしかないだろう」と感じさせてくれるのだ。

さらに、更紗の方にも大きな闇がある。それは幼い頃に暮らしていた伯母の家での心身を蝕むようなトラブルだ。母親が家を出て行き、父親を亡くした後に身を寄せた伯母宅で、従兄から性的な嫌がらせを受けていたらしい。だからこそ、文との同居はむしろ救いだったとも推測できる。つまり、一般に想像される“誘拐事件”の構図とはまるで違い、むしろ更紗は文といることで安息を得ていた。けれど、他人がそれを理解するのは難しい。警察やマスコミ、ネット上の匿名の声は一方的に「加害者の変態大学生と被害少女」という見方を押し付ける。世間が決めつける“常識”の外にある関係は、すぐに「異常」と断じられるわけだ。

また、本作で非常に印象深いのは映像の抑制された色彩感と静謐な空気感である。監督の李相日がこれまで手掛けてきた作品でも、人間の内面を抉る描写が巧みだったが、今作でもBGMや照明を必要以上に派手にせず、むしろ“沈黙”が語るような瞬間を多用している。役者たちの表情や、静かに流れる空気を受け止めていると、観ているこちらが息苦しくなるほど作品世界に引きずり込まれる。特に更紗が雨の中で泣き崩れるシーンなどは、セリフは少ないのに感情の洪水が一気に押し寄せる。音楽が少なく、言葉も少ない分、役者の身体表現が際立つのだ。

キャスト面では、やはり広瀬すずの繊細かつ奔放な演技に尽きる。今までのイメージよりさらに踏み込んだ表情、時に傍若無人なほど純粋な態度を見せるかと思えば、次の瞬間には深い絶望感をたたえた静かな瞳を見せる。この切り替えが鮮やかで、本作の真骨頂といえる。松坂桃李の不器用で物憂げな雰囲気も「何か大事なものを捨ててしまっている男」の哀しみをうまく表現していた。一方で横浜流星演じる亮は、とにかく自分を正当化しようとする束縛体質の強い男に仕上がっており、その激情が怖い。多部未華子は表面上は明るく大らかだが、内面には揺らぎや迷いがあって、文とのすれ違いを丁寧に演じている。誰もが抱えた痛みを隠そうとするがゆえに生まれる歪みが、全編を通じてじわじわと心を締め付けてくる。

後半になると、更紗と文が再び寄り添うことで、過去の事件が思い出されたり、大衆の好奇の目に晒されたりして、新たな騒動が発生する。ここで見えてくるのが「世間は一度貼られたレッテルを絶対に剥がさない」という厳しい現実だ。15年が経とうが、当事者がどんな思いで生きてこようが、一部の人々にとっては「一生消えない痕跡」として祭り上げられる。しかも今はSNSや週刊誌などが瞬く間に情報を拡散してしまう。文と更紗がどこへ行っても、その過去がずっとついて回る。作中でも、ふたりが「誰にも知られたくないなら、もういっそ遠くに行くしかない」と囁き合うシーンがあるが、それだけ世間の“正義”というものが容赦なく襲いかかってくる証左でもあるだろう。

とはいえ、本作は絶望だけでは終わらない。文が隠し続けてきた肉体の秘密を更紗にさらけ出し、更紗もまた自分が抱えてきた負い目や罪悪感をぶちまけることで、「誰にも理解されないなら自分たちだけは理解し合おう」という覚悟を決める。どんなに周囲に否定されようと、居場所がないなら一緒に流れていくしかない、という思いを共有する姿には、ある種の美しさすら感じる。この結末を観て、単純に「救われた」「救われなかった」と言い切るのは難しいが、少なくともふたりのあいだには深い結びつきがあると納得できる描き方だった。

映画「流浪の月」は人間の暗部と脆さ、そして他者との微妙な距離感を浮き彫りにし、観客を揺さぶる作品である。いわゆる普通の恋愛映画とは違い、生々しい葛藤が中心だ。だからこそ、観終わった後に「自分ならどう振る舞えたか」と自問自答する余地が大きい。派手なアクションや大爆発があるわけでもないが、人間関係の衝突やねじれが何よりもスリリングに感じられるはずだ。「誘拐」という重たい題材を扱っているが、単なる悲劇の押し売りにはならず、むしろ“生きることはこんなにも厄介で、だからこそ愛おしい”と示唆しているようでもある。胸に突き刺さる鋭い一撃を求めるなら、この作品は見応え抜群だと断言できる。

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映画「流浪の月」はこんな人にオススメ!

ひと味違う恋愛ドラマを求める人に向いている。いわゆるラブロマンスの王道を期待していると、かなりクセの強い展開に面食らうかもしれないが、それでも登場人物たちの孤独や複雑な思いをしっかり受け止められる人には満足度が高いだろう。特に、人間関係の奥にある嫉妬や自己嫌悪、罪悪感などに共感できるタイプなら、胸に染みるシーンが多い。目を背けたくなるような苦い場面が続いても、最後には「それでも人は生きていくのだ」と思わせる根源的な力を感じられるのが特徴だ。

また、実際には“正しさ”や“常識”に押しつぶされそうになった経験がある人にもおすすめである。世間の声や外野の冷たい視線にさらされてきた人ほど、「ああ、この登場人物たちの苦しみは他人事じゃないな」と思うはずだ。あらかじめ警告しておきたいのは、重いテーマに加えて痛烈な現実が突きつけられるという点。ちょっとしたエンタメ映画とは一線を画すため、安易なハッピーエンドを望む人には合わないかもしれない。ただし、だからこそ本作で得られるカタルシスは大きい。普通のラブストーリーでは物足りない、社会の理不尽さを真正面から浴びてみたい、そんな人にこそ挑戦してほしいと思う。鑑賞後はしばらく心に余韻を引きずりながら、自分の人生や選択をもう一度見つめ直すきっかけになるだろう。

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まとめ

この作品は、愛と罪、そして社会の視線という三重苦を背負った登場人物のドラマを通じて、「誰にも言えない秘密」とは何か、「本当の信頼」とは何かを問いかけてくる。

決して気軽には観られないが、その分、ズシンと響く手応えがある。広瀬すずと松坂桃李の噛み合いそうで噛み合わない演技が切なく、時に胸を締め付ける。横浜流星と多部未華子も加わることで、四者四様の愛と孤独がぶつかり合い、どの人物の心情にも一定の説得力がある。ラストには明確な解決は訪れないものの、それが逆に「人生なんてそう簡単にまとまらない」というメッセージを強調しているように思えた。

すっきりしない感覚が後を引きずる作品だからこそ、観終わった後に自分自身の考えを深堀りできるのが魅力である。痛烈でありながら、どこか救いを感じさせる稀有な映画だ。