映画「少年と犬」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
震災という重いテーマを抱えながらも、あくまで“犬”が物語の中心を担うというユニークな構成が気になり、公開初日に劇場へ足を運んだ。実際に観てみると、センチメンタルな感動路線と大胆なロードムービー的要素が同居しており、予想していたよりも刺激的な作品に仕上がっていたと思う。特に、高橋文哉が演じる若者と愛犬の関係性が大きな見どころで、単に震災の悲劇を強調するだけではなく、つまずきながらも前を向こうとする人々のドラマが描かれている点が妙に生々しかった。
とはいえ、全編を通して“ちょっと待てよ”とツッコミたくなる演出も多々あり、そういった意味では退屈しない体験だったのは間違いない。感動シーンと軽妙な展開のギャップが大きく、「いま泣かせにくるのか?」「いや、そこは意外にあっさりしているのか?」と振り回される楽しさがあったのだ。
また、西野七瀬演じる女性が抱える秘密や、犬を通じて人間関係が変化していく過程も、少しズレたところで笑いそうになってしまうほどシリアスなのに軽快。“犬がいるからこそ起こるドラマ”が、本作最大の魅力なのだろう。感動を押しつけすぎず、かといって深刻なテーマをぞんざいに扱うわけでもない。それらのバランス感覚が絶妙…というより、ある意味“めちゃくちゃ”なので、衝撃を求める人には刺さるかもしれない。
以上、導入部分だけでも刺激臭が漂うが、ここからさらに突っ込んだ内容を語っていきたいと思う。特に作品後半の展開については、想像の斜め上をいく要素が数多く散りばめられているので、気になる人は覚悟を決めて読み進めてほしい。もちろん、ネタバレ全開で語るつもりなので、その点だけはご注意を。
映画「少年と犬」の個人的評価
評価: ★★★☆☆
映画「少年と犬」の感想・レビュー(ネタバレあり)
本作では、東日本大震災という誰もが知る大惨事を背景にしつつ、その中で偶然巡り合った青年と犬の不思議な縁が描かれている。通常、震災を扱う作品といえば被災地の再建や生存者の苦悩などを掘り下げがちであり、実際に冒頭ではそうした空気感が漂うのだが、物語の軸は思いのほか“犬がどこへ向かっているか”に集中しているのだ。そこに登場してくるのが高橋文哉演じる和正。彼が危険な仕事に手を染めながらも、犬を通じて人間らしさを取り戻していく過程は見応えがある。
もっとも、この和正のキャラクター造形には“今どきの青年”らしい軽妙さと、悲惨な境遇がもたらす暗さが混じり合っているはずなのだが、演出上のバランスが妙に崩れていて「こんなに重大な状況なのに、そこまで深刻そうにも見えない」という不思議なズレが生じている。これは良く言えば意外性があって飽きないし、悪く言えばテイストがブレブレだ。
最も衝撃的なのは、若者が唐突に窃盗団の運転手をやっている設定だろう。被災で仕事を失って困窮した結果とはいえ、その組織のメンバーが外国人強盗グループだったり、裏社会の暗い部分をサラリと見せたり、かなりエグいはずなのに演出に重苦しさがあまりない。この手の作品であれば罪の重みに飲み込まれていく心理描写が丁寧に表現されそうだが、思った以上にさくさく進んでしまうのだ。
また、彼と出会う外国人女性キャラは、シリア難民としての過去を背負いつつ裏社会で生き延びているという悲劇的な設定。彼女が犬との思い出を語るシーンには心を抉られるような痛々しさがあるのに、そこもサラッと流されるため、観ている側としては感情の行き場に困ってしまう。それどころか、彼女があっさり退場してしまう展開には「もうちょっとドラマを深めてもいいんじゃ?」と突っ込みたくなるほどだ。
しかし、その“あっさり感”こそが、本作の一種の作風とも言える。例えば、和正が人身事故で大怪我を負うシーンも、真に迫るような恐怖の演出というよりは、どこか舞台劇のようにスパッと終わる。そういうテンポ感に慣れてくると、逆に気楽に観られてしまうのが不思議なところだ。
時を経て登場する西野七瀬演じる美羽は、別の意味で過激な人生を送っているキャラクター。人を愛したがゆえに罪を犯し、その苦悩を抱えて日々を過ごしているという、相当ヘビーな要素を積み込んだ人物なのだが、こちらも演出のトーンは重くなりすぎず、なぜか軽快なシーンが混じる。結婚式でアイドルソングを歌い始める場面などは「今ココでそれやるの!?」という衝撃で、劇場内が何とも言えない空気に包まれていた。
ただし、美羽を取り巻く人間関係には確かに悲壮感が漂っており、それぞれが抱える後ろ暗い過去や家庭事情が少しずつ明かされることで、じわじわと追い詰められていく様子は見応えがある。美羽がほんの些細なきっかけで事件を起こしてしまう流れは急展開に見えるが、実は積もり積もった絶望の中で起こる“必然”にも思えた。
そんな彼女の前に再び姿を見せる和正。そして、二人が共に世話をする犬。この辺りからはもはや“ロードムービー+人間ドラマ+動物もの”という三つ巴の不思議な形になり、観客は“次はどんな展開が飛び出すのか”と目が離せなくなる。逃げながら、あるいは目的を抱えながら、ひたすら道を行く青年と犬。そして時に合流する人々。まるで昔話の旅の仲間集めのようでありながら、描かれるのは東日本大震災や孤独、犯罪など一筋縄ではいかないテーマばかり。
さらに後半になると、和正が幽霊のような存在となって再登場するなど、リアリティラインが大きく変化していく。これが合わない人は「一体どうしてこうなった?」と呆気にとられるかもしれない。だが、本作が終始追いかけるのは、結局のところ“犬が人々に与える奇跡”だ。震災で大切な人を亡くした少年や、犯罪に巻き込まれて心を閉ざした人物など、誰かがギリギリで踏みとどまれるきっかけを、犬という存在が与えてくれる。その流れで、幽霊の要素が加わると「もはや何でもアリか」と思うが、それすら“あり得ない力で人を救う”というモチーフなのかもしれない。
個人的には、もう少し自然な手段で犬と人間の絆を強調してほしかったという気持ちもある。だが、本作はあえてファンタジックな要素を織り込み、実話っぽい雰囲気を裏切る形で衝撃を与えてくる。これによって“何が起こるかわからない予測不能の旅”というスリルが生まれ、最終的には感動の押し売りを飛び越えた衝撃を味わえるのだ。
最終盤、犬が少年を守るために命を落とす描写は、正直ベタベタな感動を狙った展開ともいえるが、そのぶん動物好きの人には思い切り刺さるだろう。犬が献身的に人を愛する姿は普遍的な美しさがあり、それが震災や孤独に苦しむ人の心を溶かしていく。その尊さは全編の雑味を一気に許せてしまうほどの力があると感じた。
ただし、あまりにもエピソードを詰め込みすぎて、登場人物一人ひとりのドラマが薄味になっている印象は否めない。外国人キャラの背景など、もっと観たかった要素もちらほら残った。激しく泣かせにくる映像演出とテンポの速いストーリーに温度差があり、最後までそのギャップに戸惑う部分は多かった。
そうした欠点をひっくるめても、結局のところ「ちょっと破天荒な映画を観たい」「犬の力を感じたい」「震災を経験した人々の思いを別のアングルから見つめたい」と思うなら、一度観てみる価値はあるだろう。万人向けではないかもしれないが、このごちゃ混ぜ感が一種のパワーにもなっている。震災にフォーカスした作品は少なくないが、こんな切り口で“命の繋がり”を描く映画はそうそうないと思う。
以上、全体としては“好き嫌いがはっきり分かれそう”な作品ではあるが、その尖った作り方にインパクトを覚える人も多いはずだ。冒頭で述べたように刺激的かつ不思議なロードムービーでもあるので、じっくり味わうもよし、突っ込みながら観るのもまた良し。自分の感性に合うかどうか、確かめる意味でも面白い体験になるだろう。
映画「少年と犬」はこんな人にオススメ!
まず、犬が大好きな人は絶対に外せない一本だ。犬とのコミュニケーションによって、人間同士の心の距離が変わっていく過程が鮮やかに映し出されているからだ。特に、大切な存在を守りたいのに守れなかった、という辛い経験を抱えている人にとっては、この作品が一種の“救済”として機能するかもしれない。東日本大震災のような未曾有の災害や、それに伴う生きづらさを抱えた人々が登場するため、単なる動物映画ではなく社会派の一面もあるのが興味深い。
また、素直に泣かせにくる感動物語というよりは、ちょっとガチャガチャした人間模様を眺めたい人にも向いている。ベタな展開だと思ったら急に突拍子もない方向へ話が逸れたり、シリアスな空気の中に突如として軽快なやり取りが挿入されたりと、いい意味でも悪い意味でも予測不能。そういった振り幅の大きさを楽しめるなら、この作品には相当ハマるのではないかと思う。
さらに、震災を題材にした作品と聞くとどうしても重苦しい印象を抱きがちだが、本作の場合は“辛さ”だけで終わらず、そこから先をどう生き抜いていくかという行動力を垣間見せる。だからこそ、“人はどんな状況でも前を向けるのか”という疑問を持っている人にも刺さるのではないか。正直、ツッコミどころの多いドラマ展開なので万人には薦めづらいが、冒険心や好奇心をくすぐられるタイプの人であれば、この変わり種の映画体験を満喫できるだろう。
まとめ
犬と少年、そして震災に翻弄される人々のドラマを一度に味わえる、なかなかにチャレンジ精神旺盛な映画だった。感動したい気持ちで観ると、その雑多さに少し面食らう可能性は高いが、だからこそ普通の感動作とは違うインパクトを放っているとも言える。特に、若い俳優陣のフレッシュさと、重厚なテーマとのアンバランスがクセになるかもしれない。
正直なところ、細部まで整合性が取れているわけではなく、荒削りに感じる部分が目立つのは事実だ。それでも“誰かの思いを犬が繋いでいく”という核のアイデアは心を掴むし、極端なエピソードや演出に驚かされながらも、一体どこへ行き着くのか気になって最後まで目が離せないパワーがある。結果として、好き嫌いははっきり割れるだろうが、一度観れば強烈な印象を残す作品であることは間違いない。