映画「知らないカノジョ」公式サイト

映画「知らないカノジョ」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

本稿では、パラレルワールドを舞台にした不思議な恋愛ドラマを、あれこれ辛口で論じていこうと思う。まず、タイトルからして何やら切なそうに思えるが、実際に観てみると意外にも笑えるシーンが散りばめられており、しかも登場人物たちの必死さが愛おしく感じられる作品である。とはいえ、中心にあるのは“すれ違い”と“もう一度やり直せるなら”というテーマだ。主人公が目覚めたらまったく違う世界に飛ばされていた、なんて設定は一見荒唐無稽に見えるが、実は誰もが一度は夢見たり妄想したりする“もしも”の物語でもある。

そんな幻想的な筋書きの中で描かれる夫婦愛は、想像以上にリアルで胸を突かれた。真面目に苦悩する主人公や、周囲の人間模様に思わずこちらの涙腺まで緩みそうになるが、同時に肩の力を抜いて楽しめる空気感が絶妙だ。ここからはネタバレ全開で、その妙味をじっくり味わっていただきたい。

映画「知らないカノジョ」の個人的評価

評価: ★★★☆☆

映画「知らないカノジョ」の感想・レビュー(ネタバレあり)

ここからは物語の核心を遠慮なく書いていくため、未見の方にはそれなりの注意を促したい。しかし、本作の魅力はあらすじを多少知っていても十分に伝わるので、結末の行方が気になる方は覚悟のうえで読み進めてほしい。

本作の主人公・神林リクは、ファンタジー小説「蒼龍戦記」で大成功を収めた若きベストセラー作家である。小説家としての才能はある一方、夫婦生活ではやや傲慢になりがちで、結婚相手のミナミとすれ違いが生じていた。リクの偉そうな態度にイラッとしつつも、ミナミは夢を諦めて彼を支える献身的な妻だったのだが、ある夜のケンカをきっかけにパラレルワールド的展開が幕を開ける。

◇別世界へ飛ばされたリクの戸惑い

翌朝リクが目覚めると、そこは“自分が作家ではなく文芸誌の編集者になっている世界”だった。しかも妻だったはずのミナミは、トップシンガーとして大ブレイク中のスターで、リクの存在などまるで覚えていないという。この展開だけ聞くと荒唐無稽だが、映画の中では自然な流れで描かれており、リクの混乱にこちらも一緒に引き込まれてしまう。

さらに周囲の人々も微妙に立ち位置が違う。大学時代の友人・梶原恵介は、同じ出版社の同僚でありながら、リクの「俺はベストセラー作家だったし、ミナミとは結婚していた」との主張に最初は呆れ顔。しかしながら、本来のリクを知るはずもないはずの梶原が何かと力を貸してくれるのが興味深い。彼には「こっちの世界でも生きていかなきゃならない理由」があり、その思いがリクの冒険を後押しする重要な役割となっている。梶原はいつも軽快に見えるが、実は亡き妻への後悔を抱えており、「もし別の世界があるなら…」という切なる願いを秘めていたのだ。ここが非常に胸に響く要素である。

◇作品の軸となる“パラレルワールド”の謎

パラレルワールドものの物語では、その原因や戻り方を緻密に設定するか、大胆に省略するかで作品の味わいが変わる。本作はどちらかといえばふんわりしており、“誰かが別の世界を強く願ったから変わってしまった”とされる。ややご都合にも感じられるが、そこはファンタジー枠として受け入れるのが正解だろう。

またリクが元の世界へ戻る鍵は、かつて執筆した「蒼龍戦記」の結末と深く絡んでいる。彼は最新作で“相棒的存在”をあっさり退場させてしまったが、それが別世界を生んだ原因らしいと気づく。つまり、リクが小説の結末を変え、もう一度ミナミと向き合う行動こそが元の世界に戻る可能性を生むのだ。そして満月の夜や祖母の存在など、いくつかの偶然が重なって世界は再び切り替わろうとする。

◇スター歌手のミナミが抱える孤独

別世界でのミナミは、自身の才能を存分に発揮してスターダムを駆け上がった存在だ。最初はリクのことなど知らないと冷たい対応を見せるが、彼が驚くほど自分の好物や昔の癖を知っていることに戸惑い始める。さらに音楽業界のプロデューサー・田所との関係は公私にわたり複雑で、周囲から“商品”扱いされる生活に疲れている様子もある。これは以前の“支える側だったミナミ”とはまた違う苦悩だ。夢を叶えたはずなのに、どこか不自由な人生を送っている姿は切ない。

さらに祖母(風吹ジュンが好演)との交流シーンがポイントだ。祖母はまるでリクの存在を最初から知っているかのように意味深な発言を漏らし、時にはお茶目な言動でリクを混乱させる。ここはファンタジー的な柔らかさを添えており、同時に“戻るためのヒント”が散りばめられていると感じさせる。結局のところ、祖母が何者なのかは最後までハッキリ語られないが、そこには逆に味わいがある。

◇友情に泣かされた梶原のエピソード

個人的に最も心を動かされたのは、桐谷健太演じる梶原の存在だ。リクと一緒にビールを飲んだり、ノリで動いているように見えたりするが、実は深い哀しみを抱えたキャラクターであることが後半で明らかになる。かつて大学時代の仲間だったカナと結婚し、しかし事故で亡くしている。リクの“こんな世界、生きる価値なんてない”という言葉に激怒するのも、梶原にとってはあまりに残酷な発言だったからだ。

彼はリクに協力することで、亡き妻を失った悲しみをどこかにぶつけているのかもしれない。その献身には観客としても頭が下がるし、いくら突拍子もない話とはいえ、親友の言うことを最後まで信じて手を貸す姿勢が胸にしみる。しかもそれがただの利用や打算でなく、心からの友情である点が清々しい。ここで流れる2人の会話には映画ならではの温かみがあり、思わず涙がこぼれそうになった。

◇編集者となったリクの挫折と再起

別世界では文芸誌の編集者として働くリクは、その世界の新人作家・金子ルミに才能を見いだし、二人三脚でヒット作を生み出す。ところが、ルミとの関係が誤解され、セクハラまがいの“虚偽告発”事件にまで発展してしまう展開がある。このパートは観ていて少々胸が痛むが、あくまで“リクがミナミと再接触する端緒”として組み込まれているようだ。無論、嘘の告発という流れに複雑さを感じる観客もいるだろう。ただし、この波乱によってリクはさらに追い込まれ、結果的に“本当に大切なものは何か”を学んでいく。その過程で昔の自分が見失っていた情熱や思いやりを取り戻す様子は、確かに感動的である。

◇クライマックス:大学ホールのライブと改稿された物語

物語終盤、歌手としてのミナミが大学ホールで行うライブがクライマックスを迎える。ここは本作の最大の見どころともいえるシーンだ。ステージ上で歌うミナミを見つめるリクは、彼女の夢が叶った輝かしい姿を目にして、もう元の世界に執着しないほうがいいのではないかと迷い始める。いまのミナミは夢を諦めず、大勢のファンに囲まれ、多くの人を笑顔にしているからだ。

だがリクにとって、そもそもの目的は“自分が大作家の地位を取り戻す”ことではなく、“ミナミに自分の存在を思い出してほしい”ことだった。そして、もうひとつの大事な行動が“小説の結末を書き換える”という作業である。かつての「蒼龍戦記Ⅲ」で相棒をあっさり退場させたリクが、今度は“2人で旅を続ける”ラストを用意し、ミナミに読んでもらおうとする。しかし最後の最後、リクはそれすらやめてしまう。彼女が幸せであるならば、自分の願いを押し付けることはやめよう、と意を決したのだ。

そんなリクを、今度はミナミのほうが追いかける。こここそが物語の肝である。ミナミは“あなたこそ私をちゃんと見てくれる人だった”と気づき、リクも“あなたを本当に幸せにしたい”と理解する。感情が高ぶった2人が抱き合い、キスを交わした瞬間、世界が再び切り替わるような演出がなされる。そしてリクが目を覚ますと、そこには以前ともまた違う現実が待っていた。小説家として成功しながらも、ミナミも歌手としてちゃんと活動している。いわば“どちらの夢も叶えた世界”だ。一見ご都合主義にも映るかもしれないが、ロマンチックなファンタジーとしては大いにアリだろう。

◇後味と総括

ラストシーンは賛否両論あるかもしれない。元の世界に戻ったというよりは、さらに新しい世界が作られたようにも見える。パラレルワールドを経た結果、リクはミナミを支え、ミナミもリクを支え合う関係性を同時に得たわけだ。たしかに“なんでも手に入れてハッピーエンド”な感じは都合が良すぎるという批判もあるだろう。しかし、そこに至るまでの2人の苦労や、梶原との友情、祖母の示唆的な存在感などが十分に感情を揺さぶってくるため、観終わったあとの満足感は大きい。

本作の魅力の半分以上を担っているのがキャストの演技だと感じる。中島健人はアイドル的なキラキラ感を少し抑えつつも、あちこちでコミカルに絶叫し、泣き、落ち込み、キメるところはキメる。その多面的な演技がリクの翻弄される姿と重なってとても見応えがある。一方のmiletはアーティストとしての迫力ある歌声はもちろん、素朴な女性としての親近感や、スターとしての孤独を言外に漂わせる演技を成立させていて驚かされた。彼女のライブシーンが劇中でクライマックスとして用意されているのも納得である。

最後に、桐谷健太演じる梶原の存在をもう一度強調したい。彼の“古き良き友情”があるおかげで、物語は単なる甘いラブストーリーではなく、人と人との絆を描くヒューマンドラマにもなっている。もしリクがこの別世界で孤立していたら、どうしようもなく心が折れていたかもしれない。お調子者に見える梶原が、陰ながらどれだけリクを支えていたかを想像すると、思わず涙がこぼれる思いだ。

映画「知らないカノジョ」は、“大切な人とのすれ違い”を壮大かつファンタジックな舞台で描きながら、“本当に守りたいものは何か”を改めて問いかけてくる作品である。ちょっと悲しみが入り交じるが、そこに人生の愛おしさを感じさせてくれる。ハッピーエンドには違いないが、観る人によっては切ない余韻が残るかもしれない。そのあたりを含め、じっくり味わってほしい一本だと思う。

映画「知らないカノジョ」はこんな人にオススメ!

まず、いわゆる直球のラブストーリーが好きな方にとっては申し分ない内容である。恋人同士だった2人が、ある日突然“出会っていない他人”になってしまうというシチュエーションは、単純に興味をそそるし、どうにかして再び想いを通じ合わせようと悪戦苦闘する姿は王道の胸キュン要素を満たしている。

とはいえ、本作の魅力は単なるロマンスにとどまらない。パラレルワールドという設定が仕掛けられているため、“もしも自分が違う道を選んでいたら”や、“大切な人が夢を叶えていたら、叶えていなかったら”という想像が、物語に深みを与えている。これはファンタジーが好きな人だけでなく、人生の選択に迷ったことのある全ての人が共感できるはずだ。また、夢を諦めたことのある者、逆に夢を突き詰めて道を極めたいと思っている者、ともに刺さる内容である。

さらに、人間ドラマがしっかり描かれている点も注目ポイントだ。主人公の親友が妻を亡くしていて、その悲しみを抱えつつも前向きに生きようとする姿を通して、我々は“生きる世界が何であれ、いま隣にいる人を大切にすべき”という普遍的テーマに気づかされる。これは決して恋愛だけの話ではなく、家族愛や友情、そして自分自身に対する向き合い方にも通じるものだ。

つまり、甘酸っぱいラブ要素を求める人にも、ちょっと変わったSFやファンタジー的要素を楽しみたい人にも、そして人生の意味を模索している人にもおすすめできる作品だ。映画を観終わったとき、少しでも“自分にとって本当に大切なもの”を見つめ直したくなる方は、きっと大いに満足できるだろう。

まとめ

振り返ると、本作は“夢を叶えること”や“本当の愛情”が何かを考えさせてくれる映画である。世界が突然切り替わるという荒唐無稽な設定のわりに、登場人物たちの感情はひどく生々しく、素直に心に響く。とりわけ、別の世界で大スターに成長したミナミの姿や、親友としてリクを助ける梶原の葛藤など、どこを切り取っても人間らしい酸いも甘いも詰まっているのだ。

結局、リクは大切な人の幸せを第一に考えることで、新たな現実を手に入れることになる。しかし、本作が面白いのは「それで本当に良かったのか?」と問いかける余韻が残る点だ。“元に戻った”とも、“違う世界に生まれ直した”ともつかない結末は、人によって解釈が分かれるだろう。けれど、そのあやふやさこそが本作の味わいになっている。観る者に思考の余地を与え、愛を見つめ直すきっかけをくれる。そんな不思議な後味の作品だと断言したい。