映画「SAND LAND」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
砂漠の国を舞台とし、魔物と人間が同じ世界を生きるという独特の設定が目を引く作品である。原作者は「ドラゴンボール」で知られる鳥山明氏で、描かれるキャラクターや乗り物の造形には懐かしさと新鮮味が同居している印象だ。主人公は悪魔の王子ベルゼブブと、かつて“伝説”と呼ばれた保安官ラオ、そして盗みの達人であるシーフという三人組。彼らが「幻の泉」を求めて砂漠を駆け抜ける物語は、激しいアクションだけでなく、思わず肩の力が抜けるようなやりとりも散りばめられている。
本編では、水不足が深刻な世界であっても決して悲壮感一辺倒にならず、かと言って軽々しくもならない絶妙な空気感が続く。悪魔と人間との関係性が一筋縄ではいかない分、食うか食われるかの危うい局面もしばしば訪れるが、いつの間にか掛け合いが笑いを誘ってくるところが見どころだ。登場人物たちは誰もが激しい葛藤を抱え、それを乗り越えていく。水という貴重な資源を奪い合う構図は現代社会にも通じるところがあり、娯楽作品でありながら考えさせられる瞬間も多い。
以上のように、終始スピード感にあふれたストーリーでありながら、どこか愉快さを含んだシーンも多い。本稿では、この映画を「激辛!」と銘打って厳しめの視点をまじえつつ、実は思わずニヤリとさせられる要素を味わいながら語っていきたい。
映画「SAND LAND」の個人的評価
評価:★★★★☆
映画「SAND LAND」の感想・レビュー(ネタバレあり)
ここから先は物語の核心に触れる内容を含むため、未視聴の方は注意してほしい。だが、この作品は予備知識なしでも十分に楽しめるうえ、一度観た後に原作を読むとより深みが増すという点も魅力だ。以下、約五千字ほどかけて語っていく。
まず注目したいのは、魔物と人間との関係性である。そもそもこの世界の人々は水不足に苦しみ、その原因を一部では「魔物のせいだ」としている。しかし真相はもっと複雑で、国王軍が水源を独占している構造が徐々に明らかになる展開が面白い。しかも国王軍は飛行艇や戦車といった兵器で武装し、民衆の目が届かない場所で水をせき止めている。ここには“為政者が富を独占する”という図式があり、一方で人々はわずかな水を買うために大金を払わねばならない。悪魔どもも人間を恨んでいるようで、これはまさに摩擦の火種だ。
そんな危うい世界に飛び込むのが、保安官ラオとベルゼブブ、シーフの三人だ。ラオは軍人上がりでありながら、自分の過去を恥じている節がある。かつて“シバ将軍”と呼ばれ、国王に仕えていたころは正義を信じて戦車隊を率いたが、実は騙されていたことが徐々に明かされる流れが興味深い。人々を救うつもりが、気づけば何もかも失っていたのだという悔恨が、物語をシリアスな方向へと引き込みながら、同時に彼の行動原理にも説得力を与えている。
一方のベルゼブブは“極悪の悪魔”を自称しているが、実際には純粋な心をもつ少年のような存在である。見た目もどこか子どもっぽく、ゲーム機をいじったりしている姿は可愛らしい。しかしひとたび戦闘が始まれば、悪魔ならではの桁外れの身体能力を発揮して戦車を担ぎ上げるなど常識離れした強さを見せる。とはいえ、なんでもかんでも暴力で解決しようとはしないあたりが好印象で、妙に人間くさい発想でピンチを乗り越える展開に思わず笑みがこぼれる。
盗みの名手シーフも見逃せない。いわゆる“相棒の相棒”という立ち位置で、ラオやベルゼブブのサポート役を担うが、妙におしゃべりでクッション材のような役回りだ。彼が喋ると場がやわらぐし、下手すると魔物側の悪辣さも吹き飛んでしまいそうな面白みがある。戦車の運転がド素人から徐々に慣れていく過程などは微笑ましく、作中でも一種の癒やし要員として機能していたと感じる。
では実際にどのような冒険が繰り広げられるのか。水不足に苦しむ人々を助けようとラオが動き、そのために悪魔たちに協力を仰ぐところから物語は始まる。魔物の側も水には困っているので、利害一致というわけだ。だが当然ながら国王軍がそれを見逃すはずはなく、巨大な飛行艇や戦車部隊が三人の前に立ちふさがる。特にアレ将軍やゼウ大将軍といった軍人キャラクターは、戦闘能力もさることながら、それぞれに抱えている過去が重い。そのため単なる撃ち合い・殴り合いだけでなく、過去の因縁や権力闘争をめぐる駆け引きが、ドラマを濃密にしている。
終盤では“ダムによる水の独占”がはっきりと映し出される。緑豊かな場所を一部の者が占有し、貧しい地域にはわずかな水しか行き渡らない。ここでラオはかつての自分の過ちをあらためて認識し、「正しい行いをするのに、犠牲があってはならない」と猛然と反旗を翻す。ゼウ大将軍の主張は「秩序を保つために弱い者を切り捨てるのもやむなし」という冷酷な思想であり、両者の対立は必然だ。戦闘シーンはかなり大掛かりで、戦車同士の撃ち合いあり、ベルゼブブの悪魔的パワーあり、シーフの奇襲ありと盛りだくさん。加えて、ゼウが内緒で進めていた生体実験“虫人間”が敵兵として攻撃してくるあたりも盛り上がり、鳥山明作品らしいコミカルさを内包しながらも迫力は十分だ。
本作の見どころはやはり、鳥山明らしいメカや生き物の描写だろう。戦車の内部構造が細やかに描かれ、それを操るラオの職人的な技術が説得力をもって迫ってくる。さらに、CGを駆使した砂漠や生き物たちの動きはリアルでありながら、どこか漫画的な楽しさを損なわないのが素晴らしい。ゲジ竜をはじめとする巨大生物のインパクトも見逃せず、画面に釘付けになるシーンが多い。時折挿入されるベルゼブブとシーフの掛け合いは和ませてくれて、観ている側に息継ぎの時間を与えてくれるのも巧みだ。
結末においては、ダムを壊して水を取り戻そうとするラオたちと、それを死守しようとするゼウの激突に注目したい。ラオ自身も多くを犠牲にしてしまった罪深い過去を抱えているため、ゼウを倒すことが自分の贖罪にもつながる一方、血生臭い復讐劇にはしたくないという葛藤がある。最終的にはラオがゼウを追い詰めながらも、とどめを刺さない姿勢を見せ、その意志を継ぐようにベルゼブブがゼウを吹き飛ばす。やや荒唐無稽に見えつつも、彼らの考え方を象徴する“完全なる悪は許さないが、いたずらに命を奪わない”というケジメが明確に伝わるシーンである。
物語の本筋は水不足とそれに伴う国王軍の圧政にあるが、サブ要素として、人間同士の偏見や情報操作、そして悪魔に対する根強い先入観など、現代にも通じるテーマが潜んでいる。戦争によって深刻な傷を負った者、理不尽な命令で無垢の人々を傷つけてしまった者、事実を知らずにただ従ってきた者、それぞれが背負うものは重い。にもかかわらず、絶望感に支配されないのは、登場人物たちが最後まで“仲間との旅”をあきらめず、一緒に走り抜けるからだろう。ここにはどこか温かな友情らしき空気が宿っており、観終わった後、妙に胸がスッと軽くなる感覚がある。
音楽面にも触れておきたい。戦車戦の緊迫した場面はダイナミックなサウンドで盛り上がるが、ふとした静寂やコミカルな場面では、少し脱力させるようなメロディが流れる。作品自体が派手さと緩さの両方を兼ね備えているため、音楽がうまくブリッジとなって効果を上げていた印象だ。
声の配役は全体的に豪華だ。ベルゼブブ役の田村睦心が発する少年らしい声は、時に無邪気で、時に底知れぬ強さを匂わせる。ラオ役の山路和弘は声の渋さが見事で、61歳の元軍人という設定に説得力を与えている。また、シーフ役のチョーは何かにつけて場の空気をやわらげるしゃべり方で、「歳を重ねた魔物がこんなに親しみやすいとは」と思わせられる。声優陣の実力が集結しているので、アニメーション表現がフル活用されている感がある。
この作品はアクションと人間ドラマが高いレベルで融合していると言えよう。誰かが不幸になるだけの戦いでなく、彼らが本当に得たかったものが何かを思い出させるラストシーンが心に残る。ダムを破壊して水が流れ出す場面は爽快で、抑圧されていた世界が一気に解放される瞬間を目撃するようだ。その後、ラオが魔物の里を再び訪れ、過去の過ちの尻拭いに奔走する姿には少しホロリとさせられる。悪魔の少年と元軍人のオジサンという異色コンビが、真の自由と和解を掴みとっていく物語は、どこか懐かしさを覚えつつも新鮮な感動がある。
五千字にもわたって語ってきたが、結局のところ、この映画は“砂漠のように乾いた世界を旅しながら、心の奥底でまだ潤いを失っていない人間(と魔物)たちの話”と要約できるだろう。何が善で何が悪かといった単純な二元論に陥ることなく、それぞれの立場や過去の行いをまるごと背負いながらも、わずかな希望を追い求める彼らの姿がたまらない。
もしまだ本編を観ていないならば、ぜひ劇場でその疾走感と空気の匂いを体感してほしい。実際に走り出す戦車の振動や、ベルゼブブのちょっと抜けた発言にふっと笑いそうになる瞬間こそが、この映画を存分に楽しむコツである。
映画「SAND LAND」はこんな人にオススメ!
ここからは八百字ほど使って、この作品をどのような人に勧めたいかを語ってみる。まず第一に、鳥山明作品が好きな方は外せないだろう。「ドラゴンボール」以外にも、氏の独特なメカデザインやコミカルなキャラクター表現が好きな人には刺さるはずだ。魅力的な戦車や飛行艇、果ては恐竜まで登場し、好き放題に暴れまわる画面はまさに鳥山ワールドと言うほかない。
また、冒険活劇と人間ドラマを両方楽しみたい方にも向いている。スリリングな展開が続く一方で、登場人物たちはそれぞれ事情を抱えながら懸命に生きているので、重厚感もある。特にラオが引きずる過去の傷は単に“かわいそう”で終わらず、そこからの奮起が作品全体の熱を上げている。暗い話になりがちな要素を含みつつも、どこか抜け感のある空気が漂うのも特徴だ。
ファンタジーとミリタリーが融合した世界観が好きな方も楽しめるだろう。砂漠の中を戦車で突っ切り、空から飛行艇が爆撃を仕掛けてくるという図は、ある意味では映画的な迫力の王道でもある。そこに悪魔の力や未知の生物が絡むことで、さらに予測不能な出来事が連鎖していく。ハチャメチャでありながら筋は通っている、そんな不思議な完成度があるのが魅力だ。
最後に、シリアスなテーマを笑い混じりに味わいたい人にもすすめたい。水不足や権力の横暴といった問題は世界を危機に陥れるほど深刻なものだが、そのなかでも可笑しさを交え、前向きに突き進む主人公たちを見ると不思議と気持ちが明るくなる。絶望的な状況でも希望を捨てず、必要とあらば敵と手を組み、魔物とだって協力し合える。そんな柔軟性と覚悟がほのかに胸を熱くしてくれる。
まとめ
本作は一見すると、悪魔と人間が拳を交えるだけの荒っぽい映画かと思いきや、蓋を開けてみれば“仲間と旅をする楽しさ”と“罪を背負いながらも前を向く強さ”が混ざり合った秀作である。過去の戦争で誰がどんな後悔を抱え、どんな悲しみを味わってきたかを知るに連れ、砂漠の殺伐とした風景が一層心に迫ってくるから不思議だ。
とはいえ作風は重苦しさに沈みきることはなく、時折クスリとさせられるやりとりで気分を晴らしてくれる。特にベルゼブブの自称“極悪っぷり”には毎回肩透かしを食らわされ、保安官ラオの硬派な雰囲気もなんだか可笑しみがある。こうしたバランスが絶妙で、退屈する場面はほとんどない。
全体としては“水不足”という一大テーマを通じて、力ある者の暴走、そして偏見が生む悲劇を描ききった点が印象深い。観終わるころには心地よいカタルシスを味わいながら、悪魔とは何か、人間の“ワル”とはどこから来るのかなど、あれこれ考えたくなるはずだ。硬軟織り交ぜた空気感を愛せるなら、一度は観ておいて損はない作品だと思う。