映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
本作は高橋一生が演じる独特の存在感を放つ漫画家・岸辺露伴が、世界的に有名な美の殿堂であるルーヴル美術館を舞台に活躍する作品である。漫画原作を下地にしつつ、映像ならではの迫力あるシーンと落ち着いた人間ドラマをバランス良く盛り込んでいる点が見どころだ。加えて「黒」という要素が物語の根幹を支え、不気味さが際立つ中で不思議な魅力を醸し出しているのが実に印象深い。観賞後には「あの黒は一体なんだったのか」と考え込むこと必至であり、さらに露伴と周囲の人々が背負うドラマの深みがじわじわと胸を打つ。
どことなく怪談めいた味わいに加え、時にクスリとさせる軽妙なやり取りがあり、息苦しくなりそうな緊迫感をやわらげているのもポイントだ。ここから先は容赦なく核心に迫るため、知りたくない方は今のうちにご退散を。最後まで読んだ後は、ルーヴル美術館の空気や黒の底知れぬパワーを体感したくなるかもしれない。
映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」の個人的評価
評価: ★★★☆☆
映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」の感想・レビュー(ネタバレあり)
本作の中心となるのは「黒」という概念に取りつかれた岸辺露伴の過去と、彼を飲み込もうとする運命めいた不可思議な現象である。露伴がこだわる「黒の原料」探しから物語はスタートし、そこに寄り添う編集者・泉京香の存在がいつも通り良いスパイスになっている。泉は天真爛漫な雰囲気をまといつつ、いざという時には露伴の動きをサポートする心強い相棒であり、さらにフランス語まで操れる隠れた才女という点も頼もしい。作中で彼女が駆け回る様子は作品にテンポ感を与え、むしろ露伴よりも頼りがいを感じさせる瞬間すらある。
さて、高橋一生が演じる岸辺露伴はとにかくストイックだ。画力を追求し、取材に全力を注ぎ、何か面白いものを見つけると一歩も引かずに飛び込んでいく。その突拍子もない行動力は原作の露伴像を存分に再現していると感じた。だが本作では、そんな露伴の「過去の断片」が大きくクローズアップされている点が新鮮である。少年期の露伴がどんな衝撃を受け、どんな人との出会いで漫画家としての道を歩んできたのか。その背景がきわめて重厚に描かれることで、作品全体の奥行きが増しているのだ。
物語の鍵を握るのは「この世で最も黒い絵」。それがルーヴル美術館のとある場所に眠っているという設定に妙な説得力があり、観客としては「本当にそんな曰く付きの絵がルーヴルに秘蔵されているのでは」と想像をかき立てられる。フランス・パリの光景をバックに、アートの聖地で巻き起こる怪異めいた事件は、まさに日本と西洋の文化が交錯する不思議なコントラストを帯びている。特に地下倉庫でのシーンは恐怖や緊張感がにじみ出ており、一歩踏み間違えれば精神が崩壊しそうな危うさを感じた。それでも露伴は持ち前の行動力を発揮し、自分のペースを押し通す。そんな彼の姿には呆れながらも魅了されるばかりだ。
一方で、映画が進むにつれ観客を待ち受けるのは「露伴を巡る過去と血筋の秘密」である。物語の序盤から何やら匂わせていた「奈々瀬」という女性の存在が、露伴の運命に深く影響していることが徐々に明かされる展開は実にドラマチックだ。彼女と出会った少年期の露伴が、まだ仕事への探究心こそあれど、その奔放さに十分な後ろ盾もなかった時期を回想するくだりは興味深い。しかもこの奈々瀬が「黒の絵」に深く関与する家系につながる人物であることが分かり、さらに奈々瀬と露伴の血縁的な要素が示唆されるあたりで作品の空気は一気に変化する。
本作では、ルーヴル美術館の地下倉庫という舞台が恐怖の頂点を際立たせている。中世の遺構を多く抱えるルーヴルは、お宝の宝庫であると同時に闇が潜む場所でもあるのだろう。そこに「大昔から人を呪い殺してきたかもしれない黒い絵」がひそんでいたと知った時点で、すでに背筋が冷たくなる。映画版では音響や照明を駆使し、明暗のコントラストを見事に演出していた。パリの華やぎとは真逆の暗黒が、地下深くに眠っているというだけで心をざわつかせる。しかも登場人物が次々に幻覚や怨念に取り憑かれていくシーンは、怪奇映画のような尖った緊張感がありながらも独特の芸術性を感じさせる。
この「黒い絵」に取り憑かれる人々が見る幻覚は、その人自身の罪や後悔を映し出すという設定になっている。ここは原作のエッセンスをうまく映像化したところであり、映画では各キャラクターの抱えてきた後悔や過去が映し出され、観ている側としては「自分だったら何を見てしまうのか」と考えずにはいられない。一方、絵師の山村仁左右衛門が辿った悲惨な末路もクライマックスで織り交ぜられ、彼の呪いや執着が、現代にまで禍をもたらす顛末に「数百年前の怨念はあまりにも重い」と思い知らされる。
だが、そこは岸辺露伴。単に呪いに屈するような男ではない。さらに今回は奈々瀬が重要な役割を果たす。彼女の存在は最初こそ不可解で、青年期の露伴を翻弄するようにも見えるが、結局のところ露伴は彼女と彼女の先祖が積み上げてきた苦しみから逃れられない運命だったと言える。しかも本作では露伴自身も自分に「ヘブンズ・ドアー」を使うという大胆な展開があり、これが物語の切ない解決策として機能している点が面白い。過去を綺麗さっぱり忘れてしまうか、それともあえて全てを知ったうえで受け止めるか。露伴がその狭間でもがく姿には、彼の中にある人間的な弱さもにじみ出ており、思わず目が離せなくなった。
キャストに目をやると、高橋一生はやはり適任だと感じた。原作ファンからすると「露伴先生、もうちょい我が道を突き進んでもいいんじゃないか」と思うほど控えめに映る部分もあるが、映画単体としては非常に深みのある人物像に仕上がっている。また、飯豊まりえの演じる泉京香は本作でもおなじみのハツラツとした雰囲気が健在で、一見おっちょこちょいに見せつつも、最後にしっかり場をまとめる活躍ぶりが好印象である。安藤政信が演じた辰巳隆之介の怪しげなオーラや、木村文乃の漂わせる神秘性など、脇を固める役者陣の演技も説得力十分だ。
映像面では、ルーヴル美術館の広大かつ威圧感のある空間を舞台にした序盤がまず目を惹く。観光名所として見慣れている部分もあるが、やはり荘厳そのものであり、異国情緒が濃厚に漂う。その印象が強いからこそ、地下の暗闇に足を踏み入れてからの落差が強烈で、まるで光と闇の境界線を潜り抜けるかのような感覚に陥る。そのあたりの演出が極めて巧みであり、観客を物語の深部へと引っ張り込んでいくのだ。
そして忘れてはならないのが、露伴の作品世界にある種の芸術性をプラスしている「ファッション」や「所作」のこだわりである。露伴がペンを握る指先のアップや、オークションで見せる微妙な表情、あるいは原稿を丁寧に扱う仕草が、そのまま彼の性格や美意識を表していて何とも味わい深い。ルーヴルでアーティストが絵を模写するシーンとの対比も面白いところで、露伴の創作への熱意が異彩を放つ一方、ヨーロッパの芸術家コミュニティとはまるで噛み合わない感じが見ていて楽しい。
「ホラー」と言ってしまうには人間ドラマの要素が濃く、かといって「ファンタジー」の一言ではまとめきれない独特の作風を持つ作品になっている。原作ファンにも、映画版独自のアプローチを受け入れやすい改変が多々あり、新鮮な観点で楽しめるはずだ。ルーヴルでの大仕掛けや暗部とともに、ひと夏の思い出に翻弄された青年・露伴の苦い青春がリンクしているため、作品全体に一本の芯が通っている。
「自分の描きたいものをとことん描く」。岸辺露伴という男の哲学が、映画という形でどのように昇華されているかを味わえるのが本作の醍醐味だと言える。単なる美術館巡りや怪奇譚に留まらない、濃厚な余韻を与えてくれる作品に仕上がっているため、観終わった後には不思議な読後感(視聴後感?)を抱くことだろう。そこにこそ岸辺露伴の真髄があると思う。
何にせよ、黒く塗り潰された絵が映し出す深淵に飛び込むには、それなりの胆力が必要だ。まるで深い海を覗き込むように、そこに潜むものを見てしまうか、自分の中のどんな部分を抉られるか。そうした恐れと好奇心がないまぜになった妙な魅力こそが、本作の真骨頂であると自分は感じている。
映画「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」はこんな人にオススメ!
この作品は、ホラーとアートと人間ドラマが複雑に交じり合った独特の雰囲気を楽しみたい人に向いていると思う。たとえば「普段は美術館が好きでよく行くけれど、もう一歩踏み込んだディープな世界観を味わってみたい」という人にとっては絶好のチャンスだ。ルーヴル美術館の荘厳な姿と地下に隠された闇の対比は、まさに芸術と怪異の境界をさまようような不思議な感覚をもたらすだろう。
さらに「キャラクターにクセがある物語が好き」という人には特におすすめだ。岸辺露伴は天才肌で言動がぶっ飛んでいるが、根っこの部分では作品への愛情と探究心にあふれている。担当編集者の泉京香も明るく人懐っこいが、ときに大胆な行動をとるギャップが面白い。人間関係のちょっと変わったやり取りや、カラッとしたテンポ感に魅力を感じるならば、このコンビをずっと見守りたくなるはずだ。
また「原作は知らないが、ミステリーやオカルト要素を伴うストーリーが好み」という人にもおすすめできる。映画版は、原作ファンにとっても新鮮な味わいがあるが、初めて触れる人でも問題なく物語についていける構成になっている。むしろ次々に起こる怪奇現象や地下倉庫での緊張感が、先行き不透明なサスペンスを求めている観客の興味をがっちり引きつけてくれるだろう。
要は「普通のアート映画じゃ物足りないし、かといってガチの恐怖映画も苦手。でもちょっと刺激的な要素は欲しい」という層には絶好の一本だと考える。岸辺露伴が繰り広げる奇妙な冒険の先で、ヒヤリとしつつも人間味あふれる結末を味わいたいなら、ぜひ劇場で体感してほしい。
まとめ
本作は「岸辺露伴」というキャラクターが放つ圧倒的な個性と、芸術の殿堂ルーヴル美術館を舞台にした怪異の融合が見事に結実した作品だ。映像は重苦しくなりすぎず、時に軽妙なやり取りで空気を和らげる一方、その根底には数百年にわたる呪いや後悔が濃厚に沈殿している。主人公の露伴がそれに対峙することで過去の記憶が掘り起こされ、最後には「彼自身が本当に守りたかったもの」が浮き彫りになる流れが非常に味わい深い。
さらに泉京香をはじめ、脇を固める登場人物の個性と行動が絶妙に絡み合って、単なるホラーでもサスペンスでも終わらない独自の世界観を生み出しているのだ。気楽に観られるアート系映画……というには踏み込みすぎた恐怖があり、一方でただの怪談ものでは片付けられないドラマ性が詰まっている。もし「黒の深淵」を覗き込みたいなら、この映画こそその入り口となってくれるだろう。