映画「母性」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
本作は戸田恵梨香が母親役として出演していることでも話題だが、その内容は一筋縄ではいかない。家族の愛情というテーマを扱うわりに、結構ダークな要素が盛り込まれており、観終わったあとの気分は「何かずしんと来る…でも目が離せなかった」という摩訶不思議な感覚に陥る。しかも、母と娘のすれ違いが、ちょっとやそっとでは修復不可能に思えるほど根深く描かれているのだ。明るいハートフル映画を求めている人にとっては、肩透かしを食うかもしれない。しかし、裏を返せば、それだけ人間ドラマの濃度が高く、じっくり煮詰めた味わい深い作品ともいえる。
戸田恵梨香演じる母親は、まるで娘を見ているようで見ていないという絶妙な距離感を漂わせ、そのギャップが恐ろしくもあり、魅力的でもある。外連味のある大どんでん返しがあるわけではないが、ラストシーンに至るまでの積み重ねが心理的に効いてきて、気づけば最後まで画面に集中してしまう不思議な力を持っている。
ここでは、そんな作品について、遠慮のない激辛スタイルで思う存分語っていきたいと思う。
映画「母性」の個人的評価
評価: ★★★☆☆
映画「母性」の感想・レビュー(ネタバレあり)
ここから先はストーリーの根幹に触れるネタバレ全開なので、未見の方は覚悟して読み進めてほしい。まず本作をひとことで表すなら、「母娘の愛憎が渦巻く怪奇な人間ドラマ」である。ホラーと断じるのは少々大げさかもしれないが、実際に蓋を開けてみると、母親の姿がまるで呪いのように描かれていると感じた人は多いのではないだろうか。
本編は二つの視点を行き来しながら、同じ家族の姿を描く。一つは戸田恵梨香演じる母親・ルミ子の回想、もう一つは永野芽郁演じる娘・清佳の回想だ。表面的には幸せそうに見える家庭なのに、その内情はかなり複雑。まず、母ルミ子は幼い頃から実母(大地真央)にべったりの愛情を注がれて育ってきた。しかし、あまりにも与えられる愛情が大きすぎたせいか、自分自身が「他者にどう思われるか」でしか行動を決定できなくなってしまったように見える。いわゆる“自分の軸”を持たず、「お母様が喜ぶなら…」という絶対基準に振り回されてきたわけだ。
そんなルミ子が大人になり、自ら母になる。だが、自分を愛してくれた母が最も大切なので、娘を本当の意味で愛する余裕がない。むしろ「おばあちゃん(ルミ子にとっての母)が喜ぶことをしなさい」と、娘を駒のように扱う。しかも夫の実家では、かなり口うるさい姑(高畑淳子)がおり、彼女に気に入られようと必死に尽くすルミ子の姿が痛々しい。娘の清佳はそんな母を見て、「お母さんは私を全然見ていない」とやり場のない苛立ちを募らせていく。
さらに本作を特異にしているのは、娘の視点が母の語るエピソードと少しずつ食い違う点だ。最も顕著なのが、台風の夜に起こった火事の回想である。ルミ子視点では、「母が娘を守ってタンスの下敷きになったので、仕方なく娘を外に連れ出した」と描かれる。ところが、娘側の回想では、「母は祖母ばかりを助けようとして、私のことは二の次だった」と見えるのだ。どちらが真実かははっきり断定されない。言葉じりや行動のほんの些細な違いが、当事者には大きな傷やわだかまりを残す。ここが本作の怖いところで、外から見ればほんの少しのすれ違いだが、当人同士にとっては命にかかわるくらい大きな溝となってしまう。
おまけに衝撃の事実が中盤以降に明かされる。祖母は実は「娘のために自ら命を絶ったのではないか」という話だ。ルミ子にとっては最大の拠り所だった母親が、あろうことか首を吊るでもなく、何らかの明確な意思を持って自死に至った可能性がある。作中ではハサミが象徴的に登場し、祖母が自分自身を刺すかのように動いたシーンが見え隠れする。娘の清佳が真実を知った際には、「何でそんな悲壮な行動に?」と頭を抱えることになるが、それだけ祖母もまた追い詰められていたとも言える。愛を与え過ぎたがゆえに、“自分を失った娘”を目覚めさせるための行動だったのか、はたまたほかの理由があったのか。本作は「あれが正解」「こう解釈するのが唯一の答え」とは示さず、余韻のある描き方にとどめている。これが苦しさと同時に魅力でもあるのだ。
終盤になると、娘の清佳が首を吊ろうとする事件が起きる。いよいよ救いようがない展開かと絶望しそうになるが、ここがクライマックスでもあり、本作の鍵を握る場面でもある。先に述べたように、母ルミ子と娘清佳の回想が異なるため、首をしめたのか抱きしめたのかも曖昧だ。視聴者としては、どうしても清佳サイドに感情移入しがちなので、母ルミ子が悪役のように見えてしまう。しかし、一方で清佳は清佳で、本当に自殺未遂をしたのか、それとも母の目を引くための行動だったのか。ロープがうまい具合に切れるタイミングがドラマチックすぎるのでは? などと、つい勘ぐってしまう余地がある。
ここまで聞くと「なんて救いのない話だ」と思うかもしれないが、最後には一応の“再生”を感じさせる描写がある。それが「妊娠」というモチーフだ。清佳が新たな命を宿したことで、ルミ子は「おめでとう、未来へ命がつながれるのは素晴らしい」と言う。これはかつてルミ子自身が母親からかけられた言葉に重なる場面であり、苦しみながらもバトンを次へ渡すような希望がうかがえる。ただ、ものすごく前向きな形での“母娘和解”かと言われると微妙で、もしかするとまた同じように「愛情の呪い」が再生産される可能性だってある。そこが怖いし、同時に人生のリアルでもあるのだ。
本作の一番の特徴は、キャストの演技によって表現される心理的圧迫感である。戸田恵梨香が演じるルミ子は、華やかさと陰のある表情を自在に行き来し、「母になり切れない女性」の危うさを見事に体現している。娘役の永野芽郁は高校生から大人へ移り変わる繊細さと、母親に対するどうしようもない思慕や憎悪を、瞳の動きだけで表現していて見応えがある。加えて、祖母役の大地真央と姑役の高畑淳子という豪華な布陣が、それぞれ独特な存在感を放ち、家族という小さな世界がこんなにも複雑に絡み合うのかと驚かされる。
単に「家族の絆はすばらしい」と歌い上げるハッピー映画ではないし、どろどろの昼ドラ的な派手さもそこまではない。代わりに、親子関係が歪んでいく過程をじっくりと目撃させられ、絶望や恐怖を感じるほどのリアリティを抱えつつ進んでいく。この徹底した暗いトーンに耐えられない人は、間違いなくストレスを受けると思う。しかし一方で、「人間の心の底をのぞきたい」「母と娘の絶妙にやっかいな距離感を描いた作品に興味がある」という方には刺さる内容だろう。
原作は湊かなえ氏の小説ということもあり、“どんでん返し”や“叙述トリック”を期待していた人もいるかもしれない。しかし、映画版ではそのあたりがややシンプルになっている。原作では第三者視点の謎を最後まで伏せるなど、よりミステリ的な仕掛けがあったのだが、本作はむしろ「母性」そのものを多角的に描くドラマとして振り切られている印象だ。それが物足りないと感じる人がいてもおかしくないが、逆に“家族ドラマの奥深さ”を楽しむにはこれくらいでちょうどよいとも言えるだろう。
本作は見終わったあとに感想を共有したくなるタイプの作品であり、「母」という存在に関する思い込みや先入観を揺さぶってくる。題材が題材だけに、観ていて精神的にズシンと来る部分は多いが、その重さの中にこそ、人間として考えさせられるものが詰まっている。誰かと意見を交わしているうちに、「やはりルミ子は危うい」「いや、娘の清佳も相当だ」と盛り上がること必至だ。良くも悪くもいろいろな視点があるので、そういう意味では自分なりの解釈を深めたい人におすすめできる内容である。
映画「母性」はこんな人にオススメ!
本作をおすすめしたいのは、一見すると重いテーマに耐えられる人だけのようにも思えるが、実はそれだけではない。「親子関係にモヤモヤを抱えている」「愛情ってそもそも何だろう」と考えることが多い人なら、かなり興味をそそられるはずだ。実際のところ、母と娘の確執というのは他人からは小さなすれ違いに見えても、当事者にとっては一生尾を引く大問題だったりする。そこにスポットライトを当てた本作は、言うなれば“家族の地雷をあえて踏みにいく”ような作品。だからこそ、同じような悩みを抱えてきた人にとっては、共感したり、逆に「自分はそこまでじゃなくてよかった」と安心したりと、心が揺さぶられる契機になるのではないだろうか。
また、ファミリーものや母娘ものというと、往々にして“ほっこり”“暖かい涙”といったイメージを抱きがちだが、そこを真っ向から裏切る展開が刺激的でもある。観る人によってはサスペンスにも感じられるし、ホラーと捉える人もいるかもしれない。そういう深読みが好きな方や、作品を見終わったあとに誰かと語り合うのが好きな方には、かなりハマるのではないかと思う。
さらに、役者陣の演技をじっくり堪能したい方にもおすすめだ。特に戸田恵梨香の冷たさと必死さが入り混じった表情は本作の肝であり、永野芽郁の繊細で一途なまなざしとぶつかったときの火花は見もの。大地真央や高畑淳子らベテラン勢の存在感も加わって、役者同士の丁々発止が好きな人なら「これは」と唸ること請け合いである。
まとめ
本作を通じて感じるのは、「母性」という言葉だけでは片づけられない母と娘の力関係だ。無償の愛は美しい面もある反面、与えられる側が自分の軸を持てずに呪縛される危険もある。戸田恵梨香演じるルミ子はまさにその被害者であり加害者でもある存在で、愛するはずの娘と何度もすれ違いを起こす。結局、二人の言動には微妙な差異しかないのに、その亀裂が想像以上の深さで広がっていく。そこが非常に生々しく、観ている側も「どちらの言い分も分かるんだけど…」と腹の底が冷たくなるような感覚を味わわされる。
それでも、完全に絶望のまま終わらないのが妙味だ。未来に向けて新しい命を紡ぐというメッセージが込められ、光が差し込むラストを迎えるように見える。もっとも、「それで本当に解決したか?」という不安も同時に漂うあたりが、本作の後を引く魅力とも言えるだろう。とにかく一筋縄ではいかない家族ドラマを体験したい人には、ぜひ挑戦してみてほしい。