映画「窓辺にて」公式サイト

映画「窓辺にて」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

稲垣吾郎が主演を務めるこの作品は、静かでありながら不思議と心を揺さぶるヒューマンドラマである。妻の浮気を知っても怒りを感じない主人公が、自分自身の感情を理解しようともがく姿は、見る者の思考をくすぐり続ける。しかも、どうにもシュールなやりとりが所々で顔を出し、真面目になり過ぎない空気を巧みに生み出しているのだ。恋愛劇といえば嫉妬や葛藤が炸裂するイメージが強いが、

本作はその“当たり前”をあえて外してくるところが新鮮。ときに肩すかしを食らうような場面もあるが、そのズレこそが妙に心地よい。主人公が向き合うテーマは恋愛や結婚だけにとどまらず、自分の「書く」行為をめぐる葛藤や人生観までも巻き込んでいく。そこに散りばめられた会話や行動が絶妙なアクセントとなり、気づけば観客は主人公の隣で思い悩む仲間になっている。そう、じっくりと味わうほどに妙な愛着が湧いてくる作品なのだ。

映画「窓辺にて」の個人的評価

評価:★★★★☆

映画「窓辺にて」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作の中心にいるのはフリーライターとして活動する市川茂巳という男である。彼は編集者である妻・紗衣の浮気を知ってしまうが、なぜか怒りや嫉妬がまったく芽生えなかった。それを「なんだか変だ」と本人は思っているのだが、その「変さ」が観ているこちらとしては最大の興味ポイントになってくる。普通であれば怒り狂うのも当然のはずだが、彼は自分の気持ちをうまく掴めない。しかも、誰に相談すればいいかもわからず、何とも奇妙な日常を送り続けているのだ。

だが、一見するとおっとりとしているように見える彼にも、かつては小説を書いた経験があるらしい。しかも一作だけ世に出したという経歴を持つ。フリーライターとはいえ、小説家としての潜在能力を持っているわけで、浮気問題にまつわるモヤモヤを言葉に昇華しようとしないのがもどかしく感じられる。いや、それどころか「あれ、自分ってそんなに妻を愛していなかったんだっけ?」という、いわば愛情の揺らぎに翻弄されているようでもある。視点を変えれば、これは妻への思いを踏まえたうえでの自己防衛なのかもしれない。彼は「感情がわかない」というより「感情を怖がっている」のではないか、と勘繰りたくなるのだ。

そんな彼の周囲には、なぜか“手放す”ことと縁の深い人々が集まってくる。例えば女子高生作家の久保留亜。若くして文学賞を獲得し、しかも「手放す男」なる人物を描いた小説が話題を呼んでいる。その作品に興味を持った市川は、彼女の取材を進めるうちにモデルとなった人物を知りたくなる。そして彼女が用意した“モデル巡り”の案内に従い、山奥にこもった元テレビマンやら、ややヤンチャな恋人など、いろんな人々と不思議な交流を深めていくのである。

これがまた妙にリアルな空気感で描かれているのが、本作の大きな魅力だ。山奥にこもったカワナベという人物は「色恋沙汰なんて興味ない」と言い放ち、市川の悩みをバッサリと切り捨てる。その一方、プロスポーツ選手の有坂正嗣はずっと怪我に苦しみ、引退を意識している最中にも浮気をやめられない。いろんな人たちが自分にとって大切なものを手放そうとしている、あるいは手放す勇気が持てないまま苦しんでいるのである。

そして気になるのは、市川がそれらの「手放す」人たちを見つめるまなざしだ。彼自身も結局は小説を書くことを手放してきた人生だったし、浮気されているはずなのに妻を手放すかどうかさえもはっきりしない。にもかかわらず「なぜ自分はこんなに動じないのか」という疑問だけは、ぐるぐると頭を回り続けているようなのだ。通常なら「浮気をされたのに怒りを覚えないなんておかしい」と周囲から言われるだろうし、事実彼は色々な人に相談を試みては軽くスルーされたり、あるいは逆に「奥さんがかわいそうだ」と非難されたりもする。

ただ、彼に罪悪感がないわけではない。あるシーンでは妻に対して「別れよう」と切り出すのだが、紗衣からすると「私のためにそう言ってるんでしょ?」というズレた会話になっていく。妻は妻で、自分が浮気をしてしまったのは何かしら理由があったのかもしれないし、それを受けとめられないまま家庭という居場所を維持していることが苦しかったのかもしれない。だが、市川はあっさりと「怒りを感じない」と告白したうえで「だからこそ別れたい」と宣言する。その一連の流れには、まるで彼なりの“優しさ”が隠れているようでもある。けれど、その優しさが本当に紗衣を救うことになるのかどうかは、映画を観ながら確かめてほしいところだ。

また、紗衣との関係だけでなく、市川と作家・荒川円とのエピソードも見逃せない。荒川は妻・紗衣と関係を持ちながらもなかなか新作を書けない状況に陥っていたが、あるときふっと筆が走り出す。それは「書いてしまうと過去になる」という事実を自覚したからだという。ここで「人は執着を捨てることで“作品”を生み出せるのか?」というテーマが見えてくるのが面白い。市川がたった一作だけ書いてそれっきりにしているのは、ある意味で「書くと過去になってしまうこと」を本能的に恐れているからではないか――そんな推測も飛び出しそうだ。

映画を最後まで観ると、ふと「人は他人の不幸や迷いに寄り添っているようで、実は自分も同じ迷いを抱えているのではないか」と思えてくる。だからこそ、人は誰かに相談したがるし、誰かを“手放す”瞬間に恐れを抱く。しかし、その恐れを振り払えば、意外と次のステップに軽やかに進めるのかもしれない。何しろ本作は大げさな涙や叫び声を排除し、登場人物たちが淡々と、でも確実に何かを一歩ずつ超えていく様子を描いているのだ。そこには、しみじみと笑いがこみ上げるような瞬間もあるし、切なくなるシーンもある。観客としては「こんな解決法があったのか」と不意を突かれる場面もあって、作品全体が不思議な魅力に包まれている。

その「不思議な魅力」を支えている大きな要素は、やはり稲垣吾郎の演技だろう。舞台となる日常のなかで、彼はどうにも掴みどころのない雰囲気を漂わせつつ、時折ドキリとするような本音をもらしてくる。優しく穏やかなのにどこか孤独そうで、「この人はいったい何を考えているのだろう?」と興味を引かれる。実際、市川という男は思いもよらぬところで誰かの力になっていたりするが、本人がそれをあまり認識していないのがまた面白いのだ。彼が一歩踏み出しているのか、後ずさりしているのか、最後まで観客を迷わせながら物語は進んでいく。

さらにいえば、若葉竜也演じる有坂正嗣や、玉城ティナ扮する久保留亜など、脇を固めるキャラクターがそれぞれ独特のカラーを放つのも見どころである。特に有坂は引退を考えつつも浮気がやめられず、妻ともども微妙な関係を保っているが、そこにある夫婦のやり取りが妙に生々しくも優しい。久保留亜は高校生作家という肩書きながらも、大人の空気に染まっているようで染まっていない絶妙な存在感を醸し出す。彼女の彼氏や伯父のカワナベといった人物がまたクセが強く、しかも誰もが「本音とタテマエ」の境界をふわっと漂っているように見えるから面白い。誰もが自分の正義を振りかざさないし、逆に他人に厳しく断罪もしない。そこにあるのは、一人ひとりの人生が紡いできた小さな“事情”であり、それぞれにやむを得ない言い分がある、というような空気感である。

だからこそ、本作を観終わったあとに残るのは、怒涛のカタルシスよりも、「ああ、人ってこんなにも複雑で、でも思ったよりもややこしくないのかもしれない」という不思議な充実感だ。ときに傷つけ合っても、最終的には同じ空間でお茶を飲んだり、パフェをつついたりできる関係がある。その緩やかな連帯感というか、抜け道の多さが人生の救いになるのだろう。窓際に差し込む光を見つめながら、手のひらに輪っかのような光の指輪を作るラストのシーンは、その何気ない行為に「手放すこと」と「受け止めること」の絶妙なバランスを象徴させているかのようである。

結局、市川は何を得て、何を失ったのか。紗衣や周囲の人々はそれぞれに何を抱えて進んでいくのか。その答えははっきり言葉にはされない。むしろ「生きていくなかで、割り切れないものが残るのは当たり前」という視点が最後まで貫かれる。けれど、その“割り切れなさ”を嫌わずに持ち続けることが、本当の意味で人間を丸ごと肯定してくれるのではないか。そう思わせてくれる柔らかな後味が、本作にはしっかり詰まっているのだ。

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映画「窓辺にて」はこんな人にオススメ!

まず、激しい浮気バトルや大きな事件が次々に起こる作品を求めている人には、もしかしたら肩透かし感があるかもしれない。本作はあくまでも、日常の中でしずかにグラつく感情や関係性を描いているからだ。だからこそ、恋愛映画でありながらも「心の機微や人間関係の微妙な変化をじっくり味わいたい」というタイプにはドンピシャだと思う。

主人公がなぜ浮気に動じないのか、登場人物たちがなぜズルズルと関係を続けたり手放したりするのか、その背景を想像しながら観るのが好きな人にはたまらないだろう。逆に言えば、モヤモヤやすれ違いを一刀両断してくれるスカッと展開を期待する場合は、少し違うかもしれない。しかしながら、その“もどかしさ”こそが人生の本質であり、人間の味でもある、と考える方ならば、本作の魅力を存分に堪能できるはずだ。

また、稲垣吾郎の独特な存在感を楽しみたい人にも推したい。穏やかで落ち着いた口調に見えて、心の奥底では何を考えているのかわからない。そこに出演者同士の絶妙な掛け合いが加わると、思わずくすっと笑ってしまう空気が生まれる。深刻なテーマを扱いつつも、空回りや行き違いを飾らずに見せてくれるから、重くなりすぎないのがいいところだ。さらに、今泉力哉監督のファンであれば、人間ドラマの“切り取り方”が絶妙に感じられるはず。恋愛至上主義を否定するわけでもなく、かといって恋愛が全てを解決するとも言わない、そのバランス感覚を楽しめる人にはぴったりである。

まとめ

本作は、静謐な会話劇の中に人々の矛盾や優しさ、そして手放し方の多様さが詰め込まれている。浮気をされたのに怒れない主人公という、ひと味違う切り口がなんとも印象的だ。彼が掴みどころのない雰囲気をまといながらも周囲に好かれているのは、表面だけでは決して測れない“人間らしさ”を抱えているからだろう。観終わるころには、彼の心境をもっと知りたいような、でもそっとしておきたいような、不思議な共感が胸の奥に広がる。

登場人物たちの選択もまた、白黒つけるのではなく、どこか曖昧なまま終わる。しかし、その曖昧さを共有することが、実は現実を生きるうえで大切なのだと気づかせてくれる。結局はみんな、何かを抱えながら笑ったり泣いたりしているのだ。それを肯定的に映し出しているのが「窓辺にて」の大きな魅力である。