映画「きさらぎ駅」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
これはネット掲示板に投稿された怪談のひとつを下敷きにした作品であり、実在の駅では起こり得ない不可思議な現象を真正面から描いている。とにかく得体の知れない恐怖が詰まっているため、夜中にひとりで見ると背後が気になって仕方がなくなるだろう。登場人物たちが不条理な世界へ迷い込む流れには、昔話のような身近さと、それでいて現実にはありえない大きな歪みが同居している点が興味深い。いわゆる心理的なゾッと感と、映像的なショッキング要素が混ざり合い、ときおり思わず声が出てしまうようなシーンもある。
物語の起点となる電車の終電が不気味さを強調しており、「こんな時間に出歩くとろくなことがない」と子どもの頃に注意された記憶を呼び起こすのも面白いところだ。さらに、主演を務める恒松祐里の存在感も見どころである。彼女の表情が変化するにつれ、こちらも一緒に異界へ足を踏み入れてしまったような錯覚を覚える。総じて意外性のある展開と独特の恐怖演出に満ちていて、「怖いもの見たさ」をくすぐる内容になっているといえるだろう。
映画「きさらぎ駅」の個人的評価
評価:★★★☆☆
映画「きさらぎ駅」の感想・レビュー(ネタバレあり)
本作はネット掲示板で語られた奇譚を映像化したものであり、異界へ誘われるようなワクワク感と、明らかに現実離れした恐怖が混ざり合っている。序盤は恒松祐里演じる大学生・堤春奈が卒論の題材として、都市伝説じみた「きさらぎ駅」を調べ始めるところから幕を開ける。このスタート地点からすでに「知りすぎると危ない」という予感が漂っており、わざわざそこへ飛び込んでいく春奈の行動力に度肝を抜かれる。研究熱心なのか好奇心旺盛なのか分からないが、「自分には無理」と思うようなシチュエーションでも彼女は迷わない。そこがまた作品全体の推進力を高めていると思う。
そして、春奈が取材する相手である葉山純子(佐藤江梨子)の過去回想が、いきなり本筋を加速させる要因になっている。無人の駅に着く終電、姿を消す乗客、そして逃れられない怪異が連続する恐ろしさ。最初の回想部分を見ていると、追体験のようにゾクゾクさせられるが、その時点では「この体験談こそが絶対に正しい情報」と思い込んでしまいそうになる。実際、こちらとしては純子が語ることこそが唯一の“手がかり”なわけだが、そこに落とし穴があるのが見事だと感じた。彼女の話の中でちらほら出てくる矛盾のような点が、後半の展開につながっていく構成が巧妙である。
特に注目したいのは、純子が「自分はどうにか帰ってきたけど、教え子を救えなかった」という悔恨を抱いている部分だ。実際に彼女の回想を見ると、誰がいつ、どこでどう命を落としていくのか分からず、無我夢中で逃げ回るシーンが多い。電車が奇怪なトンネルへ突入したり、見知らぬ老人が襲いかかったり、やたら攻撃的な若者グループが錯乱していく様子は、安っぽさを感じるどころか「もう逃げ道はないのでは?」という絶望感を引き立てていた。実際にああいう状況に放り込まれたら、まともに物事を判断できなくなるのも納得できる描写だと思う。
後半になると、春奈が純子の語った手順を再現して同じ列車に乗り、同じ駅へ到着する場面がクライマックスの引き金になっている。正直、観客としては「また同じことを繰り返すのか…」と思ってしまうところだが、そこに伏線回収の妙が仕込まれているから飽きさせない。春奈は純子が残した“情報”を頼りに、一つひとつの危機を回避していこうとする。しかし、純子の経験談と微妙に異なる出来事が起こり始め、登場人物の死に方もずれていく。この「少しずつ違うけれど、根っこの部分は同じ」という展開に、不気味なデジャビュを感じる。しかも春奈は誰かを救うためというより、自分が生き残るためにかなり強引な行動をとるところが面白い。逃げ場のない異世界で追い詰められれば、正義や道徳心よりもまず自己防衛が先に立つという怖さがリアルに表現されているといえるだろう。
そして最大の仕掛けは、「純子が語った情報が本当に正しいのか?」という点にある。観客としては「春奈も純子も、とにかく一人でも多く助かればいい」と考えていたはずが、実は裏があった。純子がわざと“逆の脱出法”を教えていたという衝撃的な真相が明かされると、思わず「やられた!」と唸ってしまう。こちらがこれまで見てきた純子の回想が、彼女自身のトラウマと罪悪感を裏打ちした巧妙な“罠”だったとは予想外だ。さらに、春奈自身も「とにかく自分だけは助かりたい」という打算があったため、あっさり純子の嘘にはまってしまう。この構図が非常に人間くさい。
ラストで春奈は帰り道を失い、「また次の犠牲者が来るまであの駅で彷徨うしかない」という結末を迎えるように見える。そこへ純子の姪が興味本位で踏み込んでしまうという締め方は、いわば“終わらないループ”を示唆しており、一種の後味の悪さを残している。しかしこの不気味さこそがホラーの醍醐味であり、本作の大きなポイントだと思う。全体をとおして、映像面で低予算っぽさを感じる箇所は正直あったが、その分をストーリーの構成とキャラクターの心理描写で十分カバーしている印象である。
また、恒松祐里の演技力も見逃せない。序盤こそ理知的な大学生の顔をしているのに、異界での体験が深まるにつれて狂気と焦りをにじませていく。その転落の仕方が実にスムーズであり、観ている側もつい感情移入してしまう。逆に佐藤江梨子演じる純子は、最後までミステリアスな雰囲気を漂わせ、彼女の言葉をどこまで信じていいのか分からない。だからこそ、終盤に判明する事実が強烈なインパクトを生んでいるのだろう。
ホラーとしては激しい描写をそこまで多用していないが、人間の闇や死者の怨念のようなものがジワジワと迫ってくる感覚は、いわゆるお化け屋敷的な恐怖とは一味違う。一度踏み入れたら二度と抜け出せない世界の嫌悪感と、その世界に「また誰かを引き込みたがる人間がいる」という悪循環に背筋が凍る。普通のホラー映画なら「終わったらそれで終了」だが、本作はあえて登場人物たちの思惑が絡み合うことで、先の見えない結末を提示しているところが斬新だと思う。
総評としては、ホラーというより人間の欲望や打算、責任逃れの心理が引き起こす悲劇を濃厚に味わえる作品と感じた。画面の隅々から不条理な気配が漂うため、観終わったあとに何とも言えない疲労感が残る。いい意味で「嫌な気持ち」にさせる映画であり、このテイストこそ日本的ホラーの醍醐味でもあるだろう。安易に恐怖を煽るのではなく、「あれは本当はどういう意味だったのか?」と考え込んでしまうような余韻をたっぷり味わえるので、怪談好きにはぜひ観てほしい一本である。
映画「きさらぎ駅」はこんな人にオススメ!
まずは純粋に「踏み込んだら戻れない系の怪異」が好みの人。都市伝説や未解決事件など、出どころ不明の話を聞くとつい気になってしまうタイプにはしっくりハマるだろう。特に、夜の駅や終電の不気味さを想像するとゾクッとする方はきっと楽しめるはずだ。また、本作ではキャラクターたちが生き残るために必死にあがく姿が印象的であり、人間ドラマとしての見応えもある。ホラー映画には欠かせない絶望感と、それでもなんとか出口を探そうともがく気概がしっかり描かれている点も魅力だ。
さらに、あまり血なまぐさい演出はないものの、地続きの恐怖感がじわじわと忍び寄る作風なので、心の底から「次はどうなるんだ?」とハラハラしたい人には打ってつけである。安易に大音量で驚かすだけの演出ではなく、登場人物の行動や心理の揺れが恐怖を際立たせるので、ドラマ性を重視する人も観応えを感じるだろう。オカルトな題材やSNS発の不思議な体験談が好きな方や、後味の妙に残る独特な世界観を味わいたい人など、多方面に興味の広がる映画になっていると思う。
まとめ
本作はネット発の怪談を題材にしながら、そこに生々しい人間模様をプラスしているのが大きな特徴である。特別な呪具や霊能力よりも、人間の選択や打算が物語の鍵を握っているため、身近な恐怖が強調されているといえるだろう。
登場人物が取る行動の背景に「誰を助けたいのか、あるいは自分が助かりたいのか」という曖昧な思惑が見え隠れし、単なる怪奇現象の怖さだけでは終わらない深みを与えている点が魅力だと思う。
観終わったあとには、もし自分が彼らと同じ場所にいたら、はたして正しい行動がとれるだろうかと考えさせられる。恐怖と後味の妙を同時に味わえる、珍しいタイプのホラー作品だといえるのではないだろうか。