映画「イチケイのカラス」公式アカウント

映画「イチケイのカラス」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

本作は、型破りな裁判官・入間みちおと生真面目な判事補(いまは弁護士)の坂間千鶴が活躍する法廷エンターテインメントである。もともとテレビドラマとして人気を博したが、劇場版ではさらにスケールが拡大し、国家機密や地方の町工場まで絡む大騒動が描かれる。竹野内豊の落ち着いた佇まいに加え、黒木華の飄々とした雰囲気が相まって、ドラマ版ファンならずとも気になる一作だろう。とはいえ、実際に観てみると、冒頭から盛り込まれるギャグや軽妙なやり取りに「こんな裁判官が本当にいるのか?」とツッコミたくなる要素も多々ある。真顔でパンチの効いた発言をかましつつ、ときに肩の力が抜けた会話を繰り広げるので、深刻な題材なのに妙に陽気だ。おかげで取っ付きやすい一方、「いやいや、そこはもう少しリアルに掘り下げてほしい」と願う向きもあるかもしれない。

さらに地方の町工場が引き起こす公害や、それを隠してきた町ぐるみの事情、そこへ絡む防衛大臣の国家的な秘密など、話の内容はかなり複雑だ。こうした多層的な問題を、テンポよくエンターテインメントに仕上げている点は評価できるが、反面「本当にそんな都合よく証拠が転がるのか?」と勘繰りたくなる。とはいえ、作品世界ならではの勢いある展開は、観ている最中はそれなりに面白いのだから不思議だ。結局のところ、裁判官と弁護士が正面から激突するというよりは、周囲の人々の事情まで徹底的にほじくり回し、最後は「みんな納得できる着地点を探ろう」というスタンスで進行していく。そんな路線が好きならアリだが、骨太な法廷ドラマを期待すると肩透かしを食うかもしれない。だが、そこにこそ本作の持ち味が詰まっていると感じるのだ。

映画「イチケイのカラス」の個人的評価

評価:★★★☆☆

映画「イチケイのカラス」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作は、テレビドラマ版での登場人物や設定をベースにしつつ、新たな舞台と事件を盛り込んだ大長編といった趣である。劇場版にふさわしい迫力を出そうと、防衛大臣が直接関係するイージス艦衝突事故や、長い間この国を支えてきた町工場の公害問題がキーポイントとなる。表面上は防衛省 vs. 遺族や裁判所という図式かと思いきや、実は地方の住民たちがひそかに隠していた重大な秘密が裁判を複雑にしていく構造だ。

まず主人公の入間みちおである。型破り裁判官というキャッチコピーは、ドラマ版を観た人ならおなじみだが、今回も予想を裏切らない自由奔放さを披露する。通常の裁判手続きではあり得ないような“職権発動”もお手のものだ。民事裁判にも首を突っ込み、事件の背景を根こそぎ解明しようとする姿勢は相変わらずである。普通なら「裁判長がそこまでやる?」と疑問を呈されそうだが、入間の正義感と行動力にほだされていく周囲の反応が、この物語の魅力なのだろう。現実味を求めるなら違和感もあるが、そこを大らかに受け入れられるかどうかが楽しむカギになる。

対する坂間千鶴は、テレビドラマの終盤でも描かれた「他職経験制度」を利用して弁護士へ転身し、今作では入間とは別の場所で活躍している。法廷に立つ仕事である点は同じだが、弁護士としての千鶴は依頼人の救済に奔走する立場となったため、ドラマ版より泥臭さも増している。依頼人を守るべく奔走し、時には建物に潜入して証拠を探したりと、裁判官時代にはやらなかったスリリングな行動が見どころである。そんな千鶴の前に現れる流浪の弁護士・月本信吾が加わったことで、いっそう物語がこじれていく点も注目だ。月本は正義を掲げながらもどこか得体が知れず、一筋縄ではいかない男。彼の登場によって千鶴の心は大いに揺さぶられ、事件の真相が明らかになるころには、想像以上に重い結果が待ち受けることになる。

物語を貫く大きなテーマは、誰が本当の被害者で、誰が加害者なのかがひと目では分からない点だ。公害を引き起こしてきた町工場は、当然ながら非難されるべき存在かもしれない。しかし、その工場によって雇用を得てきた住民たちが生活を守るためにとった行動は、善悪どちらにも振り切れない複雑なものになってしまった。さらに国家機密が絡むイージス艦の事故まで混在し、表面上は「隠蔽された真実を暴く」ような構図になりそうでいて、結果として関係者がそれぞれの“守るべきもの”を優先する展開へとシフトしていく。そのせいで被害者にとっては救いが少ない状況だが、入間みちおは最後まで「真実を知った上で、それぞれが納得できる道を探る」ことを諦めない。

一方で、物語の中にはけっこう重たい事実がいくつも出てくる。月本弁護士が隠し持っている苦い過去、町に根を下ろしてきた人々の連帯感がひっくり返る瞬間などは、観ている側としてもヒリヒリする。にもかかわらず、本作は重苦しさに沈みすぎず、突拍子もない掛け合いや謎に明るい演出、唐突なダンスのシーンなどで雰囲気を軽くしてしまう。そこが「真面目にやれよ!」と言いたくなる部分でもあるが、この要素こそが本作らしさともいえる。適度に力を抜いて観られるので、事件の真相がドロドロしていても途中でくじけにくい。要するに、深刻なテーマを内包しつつも最後まで肩肘張らずに見届けられる構造だ。

ただし、ストーリーがご都合主義に感じるところもなくはない。例えば、本来なら国防に関わるイージス艦の記録がそう簡単に処分されるのかとか、地方住民全員がそろいもそろって同じ意見を保ち続けるのか、など細かいツッコミはできるだろう。また、町全体が隠蔽に荷担した背景描写はあるものの、「だったらどうして誰も声を上げなかったのか?」という根本的な疑問も湧いてくる。映画的なテンポ重視とはいえ、このへんをもっと丹念に描写していれば、一層説得力が増したのではないかとも思う。

配役については豪華の一言。竹野内豊が演じる入間みちおは、もはや“飄々とした中年ヒーロー”として定着しており、観ているだけで安定感がある。黒木華の坂間千鶴はテンション高めのリアクションが多いが、それがかえってメリハリのある人間味を与えている。新キャストの斎藤工や向井理も、クセのある役をさらりとこなし、物語全体に彩りを加えていると言っていい。さらにドラマ版から継続するキャスト陣の顔ぶれも加わり、賑やかな群像劇としてはなかなか見応えがある。しかし、一方で「こんな有名俳優たちを集めなくても、もう少し中身を掘り下げられたかも」と思わせるほど、場面ごとの人数が多くやや散らかった印象を受ける部分も否めない。豪華さゆえの贅沢な悩みといえるかもしれない。

結末については、いくつかの事件が複雑に絡まり合った末に、一応はひとつの解決を迎える形だ。隠蔽されてきた事実が暴かれ、裁判所の判決によって町の住民も企業も重大な責任を負わざるを得なくなる。しかし、それでみんながハッピーになったかというと、そこはなかなか厳しい。失うものもあれば、今後の展望が不透明になる部分もある。劇中、入間みちおが語る「壊れたら壊れたところから始めるしかない」という言葉が印象的で、結局、現実を真正面から受け止めるしか救いは訪れないのだと感じさせる。一方、防衛大臣の辞任や国家レベルの隠し事に対しては、ややあっさりした処理にも思えるが、これは「隠し切れることもあれば、暴かれることもある」という折衷的な見せ方をしたかったのだろうか。甘いようで苦い余韻を残す幕引きと言える。

本作は重いテーマを扱いながらも陽気なタッチで走り切る作品である。ドラマ版からのファンであれば、あの賑やかなメンバーがより大きな舞台でドタバタを繰り広げるのを楽しめるだろう。一方、硬派な社会派やリアル重視の法廷劇を求める人にとっては納得しづらい展開もあるかもしれない。法の限界や人間のエゴという深刻な問題を盛り込みつつ、でも最終的には胸を張って前に進む登場人物たちを見届けたいなら、一度は観て損はない。誰もが納得する結末こそ難しいが、「真実を知った上で次に進むしかない」というメッセージは、ドタバタの中でも確かに伝わってくるからだ。

映画「イチケイのカラス」はこんな人にオススメ!

本作は、まずドラマ版のゆるめの空気が好きな人にはうってつけだ。シリアスな題材を扱いながらも、どこか人間らしい軽やかなやり取りを多めに盛り込み、深刻すぎる気分を和らげてくれる。さらに、裁判や法律に少し興味はあるけれど、リアルすぎる重厚ドラマはちょっとハードルが高いと思っている人にも向いているだろう。登場人物が感情豊かに動き回り、難しそうな法的手続きを斜め上から突破していく展開は、ある意味で敷居が低く、気軽に楽しめるはずだ。

一方で、いわゆる王道エンターテインメントを好む人にも本作の要素は合いそうだ。主人公の入間みちおと坂間千鶴のテンポのいい掛け合い、さらに斎藤工や向井理といった新顔も加わり、いくつもの事件が絡まり合う群像劇として盛り上がる。大所帯ゆえに画面が豪華になり、あちこちでドラマが進行する分、退屈する暇はあまりない。また、重苦しい話の合間に笑えるやりとりも用意されているので、緊張と緩和のバランスを楽しみたい人にもオススメである。

反面、厳密な法的考証を望む人や、リアリティを突き詰めたい人には物足りないかもしれない。映画の中で描かれる国防機密の扱いや、公害隠蔽の方法にはツッコミどころが残り、「こんな都合のいいことがあり得るのか」と首をひねる可能性はある。ただ、本作はあくまでもキャラクター同士のやり取りや人間模様が主役であり、司法制度の現実を忠実に追う作品ではない。そこを納得したうえで、「人を裁くとは何か」「隠されてきた真実をどう受け止めるか」という大枠のテーマに触れてみたい人には、十分に刺激になる内容である。

まとめ

映画「イチケイのカラス」は、隠蔽された過去や社会問題をにぎやかに暴き立てながら、最終的には「現実を背負ってでも次に進む」ことの大切さを示す物語である。法廷劇というよりは人間ドラマに寄った仕上がりで、深刻な問題を取り上げつつも不思議な軽快さがあるのが特徴だ。総勢の豪華キャストがそれぞれの思惑を抱えて右往左往するので、スクリーンに目を離せないまま一気に観終わる感覚があるだろう。

ただ、突っ込みどころも多く、真に骨太の司法ドラマを期待すると少し肩透かしを食らうかもしれない。とはいえ、「人を裁く」だけでなく「人を守る」ことにも焦点が当たり、複雑な事件の裏側でいろいろな声が交錯している点は興味深い。本作の醍醐味は、白黒はっきり割り切れない問題を、どこか飄々とした空気感で突き付けてくるところにある。誰がどんな正義を背負い、何を犠牲にしてでも守りたいものを抱えているのか。そんな人間の生々しさを垣間見るには十分な作品である。