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映画「百花」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

菅田将暉が出演していると聞けば、まずは安心感があるものの、本作はなかなか複雑な題材を扱っているため、ちょっと身構える人もいるだろう。認知症を扱う物語となると、お涙頂戴の場面が多いイメージを抱きがちだが、この作品にはいい意味で期待を裏切るポイントが潜んでいる。

序盤は静かに始まるものの、過去の出来事を伏線としてきっちり回収していく展開は見応えがある。もっとも、感動だけでなく、これはちょっとどうなんだと思う箇所も多々あるのが実情だ。そんな一筋縄ではいかない作風だからこそ、やたら泣かせに走る映画よりも見応えがあり、観る人によって評価が割れるかもしれない。

本記事では、物語の要所や登場人物の行動にツッコミを入れつつ、終盤の印象的な場面についても包み隠さず語っていく。少々きつめな表現もあるが、そこは率直な意見ということでご容赦いただきたい。ではさっそく、この話題作の内側を掘り下げてみよう。

映画「百花」の個人的評価

評価:★★★☆☆

映画「百花」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作は、菅田将暉演じる葛西泉と、原田美枝子が演じる母・百合子の関係を中心に描く作品である。認知症という重めのテーマを扱いつつも、冒頭こそ静かな雰囲気で始まるため、「あれ、意外と地味なのか?」と戸惑うかもしれない。だが、中盤以降は過去の“ある出来事”を通して親子の微妙な距離感が浮き彫りになり、そこが見どころでもある。

まずはキャラクターについて考えてみよう。泉はレコード会社に勤めるサラリーマンで、母親との間にどうにも埋めきれない溝を抱えている。母・百合子が認知症と診断されることで、より一層、息子としての責任感や後悔の念が強まっていくのだが、その様が非常に切ない。一方で、百合子自身は、かつてピアノ教室を営んでいて、それなりに音楽に情熱を持っていたはずだ。しかし、認知症が進むにつれて記憶が混乱し、やがて楽器に触れなくなる。この時点で、観客としては「何か辛いことがある」と想像するわけだが、物語が進むにつれて、そもそも彼女が何を抱えていたのかが徐々に明らかになっていく。

この作品の構造として特徴的なのは、「認知症」が前面に押し出されているようで、実は母の過去の出来事にこそフォーカスが当たる点だ。いきなり昭和っぽい風景へ場面が飛んだり、当時の家庭事情が描かれたりと、時代を行き来しながらエピソードを積み重ねていく。ところが、その回想シーンが必ずしも母の視点かどうかがはっきりしない。そのため、「これは誰の記憶なんだ?」という戸惑いが生まれる。認知症を題材にしている以上、曖昧な描写自体は狙いのひとつかもしれないが、あまりにも唐突に回想が入るので、観る側としては少々混乱するところもある。

また、本作では“事件”という言葉がたびたび登場する。これが母と子の間に決定的な亀裂を生んだ経緯らしいのだが、それが何とも曖昧なままストーリーが進むのだ。もちろん、引っ張ることでサスペンス要素を高める狙いも感じるが、終わってみるとスッキリした説明はなく、「あれ、こういうことだったの?」と若干拍子抜けしてしまう部分がある。伏線としては一応機能しているものの、絶妙に消化不良のままフェードアウトしていくので、少しもどかしい。

ところが、終盤になって見えてくる母の“本当の想い”は、ある意味で衝撃的だ。というのも、多くの人が「認知症なら覚えていないに違いない」と思い込むはずだが、この映画はそこを逆手に取ってくる。記憶力が低下したはずの母が、実は誰よりも鮮明に大切な秘密を抱えている、という展開はおもしろい。そこでは「人は何を本当に忘れ、何を決して忘れないのか」という哲学的な問いかけさえ感じられるほどだ。

ただ、そこに至るまでのドラマ構築がちょっと弱いというか、もう少し泉と百合子の直接的なやり取りを見たかった気もする。母のケアをする場面や、記憶があやふやな状態での会話があまり多く描かれないので、観客としてはクライマックスでの感動に向けて盛り上がりにくい印象だ。施設に入った百合子を見舞うシーンなどはあるにはあるが、息子がどれだけ葛藤し、どこまで母のために動いたのかがやや端折られている。

また、泉の職場のくだりも少々謎である。デジタル上の架空キャラクターに記憶データを付与するという設定は、ある意味でテーマとかぶる部分があるように思えるが、実際にはそこの描写が薄く、あまり本編に貢献していない。そのため「これ必要だったか?」という疑問が残ってしまう。もしかすると原作小説を知っていれば補完できる要素なのかもしれないが、映画単体だと若干浮いたパートに見えるのが惜しいところだ。

さらに、百合子の夫であり泉の父親にあたる人物(永瀬正敏)の扱いも、かなりあっさり気味だ。彼がどういう経緯で家を離れたのか、あるいはどんな感情を抱えていたのかが明確に描かれないまま、物語は終着点へ向かってしまう。もう少し家族の背景を詳しく見せてくれてもいいのではないかと思うが、上映時間の都合なのか、余白が残る結果となった。

とはいえ、本作の良いところは、認知症だからすべてが曖昧になるわけではなく、むしろ特定の記憶が際立って表出する可能性をしっかりと描いている点だ。加えて、泉自身が母の変化によって忘れていた思い出を掘り起こす流れも丁寧で、後半につながる伏線にもなっている。結局のところ、認知症映画というよりは「親子関係の再構築をめぐるヒューマンドラマ」と呼ぶ方がしっくりくるかもしれない。泣けるかどうかは個人差があるだろうが、少なくとも安易なお涙頂戴に流れない作風は評価したい。

それでも「感動大作」を求める人にとっては、やや物足りなさを感じるかもしれない。ラスト5分に少しだけグッとくるポイントがあるものの、そこに至るまでの助走が長く、しかも「ここで終わるか」という微妙な余韻のままクレジットが流れてしまう。深読みすれば味わいのある結末ではあるものの、もう一押し欲しかったのも正直なところである。

総合的に言えば、「しみじみとした感傷」と「最後に待ち受ける意外性」が同居する作品という印象だ。ひとつひとつのエピソードは興味深いし、泉と百合子の気まずい関係が少しずつ解かれていくプロセスには人間ドラマが詰まっている。だが、一部の設定が中途半端にしか触れられず、完璧に仕上がった感はない。やはり認知症というテーマを扱う以上、ある程度の枠組みは踏襲する必要があったのだろう。それによって既視感が生じるのは致し方ないとしても、もう少しパンチのある仕掛けがあれば、より強く心に残る作品になったはずだ。

それでも、本作を軽視するのはもったいない。認知症の先入観をひっくり返すラストの展開には、ちゃんとインパクトがあるし、「記憶」に関する思い込みを問い直すメッセージは意義深い。特に「大切なことほど忘れない」という点は、ありきたりでありながらも説得力のあるテーマだ。いわゆる“泣ける映画”とは少し趣が異なるが、じわりと胸を打つ要素は確かに存在する。

本作は、すべてが完璧とは言い難いが、「認知症映画=お涙頂戴」というイメージを転換しようという意欲は感じられる。そこには監督やスタッフの挑戦精神が垣間見えるし、俳優陣の演技も質が高い。菅田将暉は繊細な感情を表現するのがうまく、原田美枝子も母親役に説得力がある。永瀬正敏や長澤まさみといったベテラン陣の存在感も見逃せない。

とはいえ、ありきたりな家族ドラマを期待すると少々肩透かしを食うかもしれない。いい意味でも悪い意味でも、一味違う作品だからだ。事件の詳細や父親の立場など、もう少し深堀りしてほしい要素が山ほどあるが、そこを「想像に委ねる」という楽しみ方もできる。シンプルに観るよりは、「もしかしてこういう裏設定があったのか?」と考察しながら観ると面白さが増すかもしれない。

最終的には、親子の絆をテーマとしつつ、記憶とは何かを考えさせる不思議な後味が残る。激しい盛り上がりや涙腺崩壊レベルの感動を求める人には合わないかもしれないが、「ちょっと変化球を投げてほしい」と思っている人には意外な刺さり方をするだろう。個人的には、「惜しい部分はあるけれど、最後の逆転の発想には驚いた」という感想だ。認知症を取り扱う映画が多い中で、そこにひとひねり加えてくれた点を評価したい。

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映画「百花」はこんな人にオススメ!

本作をすすめたいのは、まず「親子関係の葛藤」をじっくり味わいたい人だ。主人公と母の間に横たわる溝は、見ていて息苦しくなるほどリアルなところがある。だが同時に、親子だからこそ分かり合える瞬間が物語の肝になっているため、深い共感を得やすい。自分の家族を思い出しながら観ると、余計に胸が締めつけられる場面が出てくるだろう。

さらに、「ありきたりな感動ものはちょっと飽きた」という人にもおすすめできる。認知症を題材にした作品は数多くあるが、本作は終盤の展開で意表を突く仕掛けを盛り込んでいる。そのひとひねりがあるおかげで、「単純に泣かせたいだけの映画じゃないんだな」と思わせてくれるし、観終わったあとに「なるほど、そうだったのか!」と再評価する瞬間が訪れる。

また、菅田将暉や原田美枝子といった実力派俳優の演技を堪能したい人にも向いている。とりわけ、原田美枝子の表情がシーンごとに移り変わっていく過程は必見だ。認知症による混乱や、不意に見せる昔の笑顔の名残など、ひとりの母親が抱える複雑な感情が伝わってくる。菅田将暉の繊細な芝居も相まって、二人のやり取りにはしみじみとした重みがある。

それから、ややマニアックだが、「家族の秘密」とか「事件の真相」といった要素が好きな人にも刺さるだろう。本作では、最後まで謎を引っ張る形で話が展開するため、サスペンスのようなスリルも多少感じられる。もちろん大規模アクションや犯人捜しのような派手な展開はないが、静かな人間ドラマの裏側に隠された事実が少しずつ顔を出すのが面白い。

要するに、ただ涙を流したいだけの人よりは、「静かなドラマの中にある刺激」を発見したい人に向いていると言えそうだ。認知症を扱う映画ではあるが、そこにとどまらない物語の奥行きが本作の魅力なので、いろいろ想像しながら楽しむのがオススメだ。

まとめ

総じて、映画「百花」は認知症と親子のきずなを描きつつ、最後の場面で意外な仕掛けを見せてくれる作品だ。感動にどっぷり浸かりたい人にはやや物足りないかもしれないが、静かな人間ドラマの中に秘められた複雑さや、ちょっとしたどんでん返しに価値を感じる人には面白く映るはずである。

惜しい部分があるのも事実だが、その不完全さこそが逆に記憶の曖昧さや人生の綻びを象徴しているようにも思える。華やかな場面は少なめだが、俳優たちの手堅い演技と人間関係の機微がしっかり伝わってくるのは好印象だ。

結論としては、「決して派手じゃないが、じわじわと残るタイプの映画」といったところだろう。ちょっと変化球気味の家族ドラマを味わいたい人には、一見の価値ありだ。