映画「ちょっと思い出しただけ」公式サイト

映画「ちょっと思い出しただけ」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

本作は松居大悟監督が手掛け、池松壮亮と伊藤沙莉が出演する話題作である。観賞後にジワジワと胸に染みる系統の作品なのだが、表面の雰囲気だけ追いかけていると油断するかもしれない。実は切なさ満載でありながら、思わずクスッとさせられるエピソードも随所に散りばめられている。ダンサーを目指していた青年と、タクシードライバーとして日々人々を乗せる女性との、過去を逆再生するような恋模様。時間が逆行する物語構成に最初は戸惑うが、観ているうちに「過去にこんなことがあったのか」と思わず息を呑む瞬間がやってくる。まるで思い出のページをランダムに開きながら、なぜ今の状況に至ったのかを探る謎解き感覚も味わえるのが面白いところだ。

この映画を通じて、思い出に浸ることの意味や、別れてもなお心に焼きつく相手の存在感を再確認できるだろう。忘れたつもりでも、ある日ふと過ぎ去った恋が胸をよぎる。その瞬間、当時は辛かったはずの出来事が、なんとなく懐かしさを伴って迫ってくる。そんな感覚を描ききった本作は、観終わった後に「ちょっと思い出す」だけでは終わらない何かを与えてくれるに違いない。

映画「ちょっと思い出しただけ」の個人的評価

評価:★★★☆☆

映画「ちょっと思い出しただけ」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作は、タイトルから受ける軽やかな印象とは裏腹に、失恋から始まる時系列逆行型ラブストーリーである。まず別れた後の日常が描かれ、そこから一歩ずつ過去へとさかのぼっていく構成になっている。筆者は映画評論家として数多くの恋愛映画を観てきたが、このように“別離の姿”を起点に組み立てる物語は意外と珍しいと思う。大抵の恋愛作品は出会い→交際→別れの順序が定番だ。しかし本作の場合は、もう会わなくなった男女の姿を先に提示する。そのため、冒頭から「なぜ彼らはこうなってしまったのか」という疑問が自然に生まれ、最後まで引っ張られる構成になっているのだ。

主人公は、ダンサーの夢を絶たれた過去を持つ青年・照生と、深夜の街を駆け巡る女性タクシードライバー・葉である。照生は脚を負傷したことでダンサーの道を諦め、今は舞台の照明スタッフとして働いている。一方の葉は昼夜問わずタクシーを運転し、乗客の人間模様を垣間見るのが意外と好きらしい。池松壮亮の漂わせるどこかアンニュイな雰囲気と、伊藤沙莉の存在感ある声と仕草が絶妙な組み合わせで、観る者を引き込んでいく。

物語は、照生が誕生日を迎える深夜のシーンから始まる。すでに葉とは別れているため、祝ってくれる恋人はいない。しかし彼はどこか満たされない気分を抱えながらも、なんとか日々をこなしていた。一方で葉はタクシードライバーとして乗客をピックアップし、人々のちょっとした人生に触れつつ東京の夜を駆け巡る。華やかそうに見える客がいれば、どこか陰を背負っている客もいる。それを淡々と受け流しているようで、実は葉自身も過去に大きな喪失感を背負っていたのだ。

この序盤で描かれる現在の二人は既に交わらない生活を送っているように見えるが、ふとした瞬間に思い出がフラッシュバックする。以前は同じベッドで目覚め、同じ街を歩き、他愛ない会話を交わしていたはずの相手が、今はまるで遠い他人になっている。そこにどんな経緯があったのか、観客の興味は一気に高まるだろう。

やがて、ストーリーは一年前、二年前とさかのぼり、二人の関係が変化していく過程が明かされる。タクシードライバーという職業が象徴的なのは、行き先を告げるのはいつも「お客さん」だからである。葉自身がどこへ進みたいのか、どの街にたどり着きたいのかを自分では決めきれない。それを照生に委ねていた時期もあれば、逆に照生が葉の存在に頼りきっていた時期もあった。二人の心のすれ違いは少しずつ大きくなり、ついには交差点でぶつかるような衝突を引き起こす。

二人の思い出シーンには、幸せ絶頂ともいえる情景が多く描かれる。たとえば、水族館でのささやかな冒険。営業時間外にこっそり忍び込んで、魚たちを眺めながら手を繋いで笑い合う場面はまるで青春ドラマのようだ。あるいは夜の街で語り合い、タクシーを職権乱用(?)して遊びに行く姿などは、かつての恋人同士が共有する「内緒話」のような特別感を思い起こさせる。だが時が経つにつれ、照生の怪我は深刻化し、将来への不安が募る。葉もまた照生を支えたいと願いつつ、思うように寄り添えない日々を過ごす。何気ないやり取りがきっかけで嫌な空気が漂い始めるのは、現実の恋愛あるあるだろう。

そこにははっきりした原因があるわけではない。仕事の忙しさや、自分の夢が揺らぐ恐怖や、相手を傷つけまいとする遠慮が積み重なり、二人の間に見えない壁ができてしまう。最初は小さな亀裂だったはずが、いつの間にか修復が難しいほど大きくなっている。そうした繊細な心理描写が、本作の見どころのひとつである。

さらに注目したいのは、劇中に登場する周囲の人々である。バーのマスターや、葉が乗せる乗客たち、照生のダンサー仲間など、皆それぞれに人生を抱えている。会話の端々に「なるほど、そういう生き方もあるのか」と気づかされるエピソードが挟み込まれているのは、本作の味わい深いポイントだ。なかでも、妻を待ち続ける男性が公園にたたずむ姿は印象的である。彼の存在は、二人が紡いだ時間がどれほど尊いものだったのかを浮かび上がらせる。失ってから気づく愛しさや、過去を振り返ることでしか得られない安らぎが描かれていて、観客の胸を打つ。

照生と葉が一緒に鑑賞する映画として、ジム・ジャームッシュ監督の『ナイト・オン・ザ・プラネット』が登場する点も面白い。本作はその作品からも着想を得ており、タクシーという密室空間が生み出す人間模様が大きな要素になっているのだろう。映画好きならニヤリとできる仕掛けにあふれているのもポイントである。

ただ、こう書くと重苦しい恋愛劇と思われがちだが、本作には軽妙な掛け合いも多く盛り込まれている。照生と葉のちょっとズレた会話劇は、まるで芝居のアドリブさながらで、二人の距離感をリアルに感じさせる。その噛み合うような噛み合わないような絶妙なバランスが、いっそう切ない空気を生み出しているようにも思う。

筆者がもっとも心を揺さぶられたのは、葉がタクシーの運転席から照生をちらりと見つめるシーンだ。それは物理的にはほんの数秒の出来事である。だが、二人にとっては大きな転機になる瞬間かもしれない。かつては同じ時間を共有していたのに、今では他人として街をすれ違う。はたから見れば何でもない場面だが、当事者にとっては記憶をえぐるような強烈な衝撃をともなう。その表現を、池松壮亮と伊藤沙莉は実に巧みに演じている。視線の交わり方ひとつで、昔の情感や言葉にならない思いを伝えることができる俳優陣の実力に脱帽だ。

また、松居大悟監督の演出も要チェックである。時間を逆行させる構成は一歩間違えれば混乱を招きかねないが、決定的な場面を少しずつ配置することで最後まで飽きさせない作りになっている。観客は「ここではこうだったのか」と後から補完しながら物語を追えるため、自然と没入感が高まるのだ。登場人物たちが迎える結末を先に知ったうえで幸せな過去を振り返る構成は、あえて切なさを増幅させる効果を狙っているようにも感じられる。

そしてこの映画の魅力は、なんといっても「誰しも経験があるようなノスタルジー」を掘り起こしてくれるところにある。別れた恋人や、もう会わなくなった友人、連絡の途絶えた家族など、現在は距離ができた存在を思い出すときの胸の痛み。それでも思い出してしまうのは、その人と過ごした時間がかけがえのない宝物だったからだろう。本作は、その甘酸っぱさや後悔にも似た感情を、ただ暗くなく、むしろ生きる糧に変えていくかのように描いている点が魅力的だ。

ある意味、本作に救いのような明るさを感じるのは、人生は巡り巡って、それぞれの場所に落ち着いていくという安心感があるからかもしれない。誰にでも後戻りのできない失敗や取り戻せない時間があるものだが、その事実を受け止めながら前を向いて進んでいける。そんなメッセージがラストシーンから伝わってくる。観終わった後、自分自身の過去の恋や失敗を柔らかく思い返す人は多いのではないだろうか。

総じて、本作はただのラブストーリーにとどまらず、失った関係を振り返ることで得られる成長や、大切だった時間の意味を問いかける作品である。別れてしまったからこそ見えてくる相手の魅力もあれば、失ったからこそわかる自分の弱さもある。それを「ちょっと思い出す」だけで前に進めるようになるかもしれない。この作品が提示するのは、そんな切なくも前向きな人生観だと思う。

恋愛映画が好きな人はもちろん、かつて誰かとの特別な時間を過ごした経験がある人ならば心に刺さるはずだ。今になって振り返ると「あの時もう少し違う言葉をかけられたかも」と思うような後悔が、一転して懐かしさや愛しさに変わる瞬間を丁寧に映し出してくれる。本作が気になっている人は、ぜひその“ちょっとした思い出”を余すことなく受け止めてほしい。

筆者としては、観賞後にしばらく余韻から抜け出せなかったほどで、気づけば過去の自分の恋愛エピソードを脳内でリプレイしていた。人によっては、観るタイミングや心境によって印象が変わる映画でもあるだろう。失恋直後に観れば痛みが増すかもしれないが、少し経って落ち着いてからだと「ああ、こんなことあったな」と笑って受け止められるかもしれない。

いずれにせよ、映画好きならば一度は押さえておく価値がある作品だと断言できる。胸の奥で眠っていた記憶をそっと呼び起こし、そして「今をどう生きるか」を問いかけてくれる。何とも洒落た恋愛劇であるがゆえに、何度観ても新しい発見がある。日常に埋もれている小さなドラマを思い出すきっかけとして、ぜひ本作を手にとってみてほしい。

映画「ちょっと思い出しただけ」はこんな人にオススメ!

本作は、切なくも温かみのあるラブストーリーを好む人に合っていると思う。特に「昔の恋人を時々思い出してしまう」というタイプの人なら、ど真ん中で刺さるはずだ。たとえ別れてしまった相手でも、幸せな時期が存在した事実は消えないものだ。忘れたいような、でも完全に忘れられないような恋がある人にとって、この作品はまるで共感の宝庫である。

また、時系列を入れ替える構成が好きな人や、伏線を後から回収していく物語に興奮するタイプにも推奨したい。初見では「どういうこと?」と戸惑うかもしれないが、次第にピースがはまっていく快感はクセになる。それだけでなく、個性的な脇役たちや都会の夜の空気感を味わうのが好きな人にもピッタリだ。タクシードライバーという仕事柄、さまざまな人間模様が凝縮されていて、観客自身の社会経験ともリンクしやすいだろう。

そして、登場人物同士の距離感がリアルに描かれているため、恋人同士の日常を覗き見するような感覚が好きな人にはたまらないはずだ。照生と葉の何気ない会話や小さなケンカ、仲直りの空気などは、きっと多くの人が「あるある」と頷ける場面が満載である。演技力に定評のあるキャストが揃っているので、自然体のやり取りを堪能したい方にもおすすめだ。

最後に、観るタイミングによって印象が変わる作品なので、失恋直後はもちろん、少し落ち着いた頃にも楽しめる。むしろ、時間が経ってからこそじわじわと沁みるシーンも多い。忘れたはずの記憶が蘇り、それをちょっと振り返って受け止める心の準備ができた人なら、この映画は間違いなく深く心に届くと思う。

まとめ

本作は、一見すると別れを扱った哀愁漂う映画に思えるが、実際は「失った時間をどう抱えて生きていくか」を軽妙に描いた作品である。別れた後の姿を先に見せておいて、そこから少しずつ過去を振り返る構成は、観る側に「もう一度二人の関係を体験させる」ような不思議な感覚を与える。一度でも恋愛を経験したことのある人ならば「あのときはこうすればよかったかも」と自然と自分の過去を重ね合わせるはずだ。

過去を見つめ直すことは、時に苦しさを伴うが、本作を観終わる頃には「それも含めて今の自分になっているんだ」と少し前向きになれる。失敗や別れも糧にして、新たなステップを踏み出すきっかけを与えてくれるという意味では、本作は単なる恋愛映画の枠を超えて、人生観に少しだけ変化をもたらす力を持っている。観賞後の余韻は予想以上に大きく、ふとした瞬間に思い返すほど印象的だ。心に残る映画を求めている人には、ぜひ手に取ってみてほしい。