映画「ブルーピリオド」公式サイト

映画「ブルーピリオド」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

本作は、美術になんの興味もなかった高校生が突如として芸術の世界へ飛び込む物語である。眞栄田郷敦が主役を演じると聞けば、筋骨隆々のイメージが先行しそうだが、スクリーンの中で展開される青春劇は意外にも繊細さと情熱が同居しており、まさに“本気で夢を追いかける”とはどういうものかを存分に味わわせてくれる。美術部や予備校の仲間たちとのやりとりも見どころで、些細なやり取りから心の奥底までえぐり出されるような葛藤が次々と押し寄せる。

だが決して重苦しいばかりではなく、すれ違いや会話の中にはちょっとしたおかしみやズレもあって、観る側もつい吹き出してしまう場面が多い。そうした絶妙な熱量と軽妙さを併せ持った作品であり、終盤まで飽きずに突き進むのが最大の特徴だと感じた。ここからは本編の核心に触れながら、そのリアルな魅力や辛辣なポイントについて掘り下げていこうと思う。

映画「ブルーピリオド」の個人的評価

評価: ★★★☆☆

映画「ブルーピリオド」の感想・レビュー(ネタバレあり)[約5000文字]

ここからはかなり突っ込んだ内容に触れていくため、未鑑賞の方はご注意いただきたい。まず、本作の主人公・八虎は一見すると不良じみた雰囲気を漂わせながらも、成績は常にトップクラスという要領の良さを併せ持つ高校生だ。勉強と遊びを効率よく両立している点だけ見れば、学内でも“なんでもうまくやれる奴”として羨ましがられる存在である。しかしながら、彼本人は刺激に乏しい日常をこなしながら空虚感を抱えている。いわゆる“どこか物足りない自分”に気づいている状態だ。

そんな彼が、美術室で出会った先輩の絵を見てハッとする場面は、原作を読んだ方にも印象深いだろう。映画ではそこに独特の映像表現が加わり、あっという間に“色の海”へ没入させられてしまう。目が冴えるほどの青が舞うシーンは、舞台が渋谷であることを象徴するように、朝焼けの残り香と街の喧騒を表すかのごとく鮮烈に映し出される。その一瞬を捉えた八虎の感覚が、本作の大きな軸になっている点は非常にわかりやすい。

美術に没頭しはじめた八虎は、予備校に通う天才肌のライバルや、個性的な仲間たちとの出会いを通じて、どんどん自分を追い込み始める。最初は腕前の差に打ちのめされ、自分よりもはるかに先を行く者たちを見ては焦燥感に駆られ、心が折れかけることもしばしばだ。それでも、彼の持ち前の負けん気や、友人たちの刺激的な言動が“奮起のスイッチ”を押す様子が見ていて爽快だし、ときに苦々しくもある。

印象的なのは、現実的な問題として家族に対して美術大学を志望することを伝えにくいという点だ。作品内では国公立以外はお金の面で難しいと悩む姿が描かれており、このあたりは多くの受験生が頭を抱えるテーマではないだろうか。映画の中では、それを正面突破できない八虎が、あれこれ言い訳をしたり、すり抜けようとしたりする。その青臭さこそが青春であり、本作における最大の葛藤でもある。誰にでも迎合してきた八虎が、どう自分の意志を主張し、どう立ち向かうのか。その過程に共感を覚える人も多いはずだ。

そんな中でも、八虎の同級生である鮎川龍二が放つ存在感はものすごい。彼(彼女)は自分自身のジェンダーの在り方に戸惑いながらも、その揺れ動く思いをアートへの情熱につなげようとする節があり、何より美術大学を目指すという点で八虎に対して強烈な刺激を与える。映画においてはビジュアル面でのインパクトも大きく、服装や仕草、言葉遣いなどの全てが艶やかだ。演じる役者が持つ雰囲気も相まって、スクリーンに映るだけで印象を塗り替える力を持っている。

さらに、予備校で出会うライバル・高橋世田介は、いわゆる“才能の塊”と称されるキャラクターだ。彼の圧倒的な技術力と、周囲をまったく寄せ付けないプライドの高さは、物語を通じて八虎の心を揺さぶり続ける。映画版でもその雰囲気は見事に再現されており、無愛想さと微妙な人懐こさが同居する不思議な空気を放つ。天才というと孤立しがちなイメージもあるが、この作品ではあくまでも“高橋自身が抱える悩みや劣等感”がきちんと描かれているのがポイントだろう。

特に受験が迫る終盤では、それぞれが背負う悩みが一挙に噴出する。実技で求められる独創性やテーマ解釈は、いくら技術を積んでも答えが定まらない。そんな“正解のない戦場”に挑む彼らの姿は、まるでスポーツ映画のように熱い。体操競技やサッカーの試合を見ているわけではないのに、不思議とハラハラしてしまうのが本作の魅力だ。周囲から見れば“美大受験なんて特殊”と片づけられそうでも、当人たちは必死で絵筆を握っているのである。

また、八虎自身の家庭環境や学校の友人との関係は、非日常のアート世界と対比される形でかなり生々しく描かれている。遊びやタバコにふけっていた時代の仲間が、実は影響を受けて別の道へ踏み出したことを告白するシーンは、個人的にかなり胸に響いた。まさか不良仲間がパティシエを目指すことになるなんて、誰が予想しただろう。そうした予想外の波及効果こそが人生の妙であり、この映画を青春映画たらしめる大きな要素でもある。

合格発表の場面は、いわゆる“王道の受験ストーリー”的な盛り上がりを見せる。結果がどう転ぶかわからない緊張感と、ずっと走り続けてきた者に訪れる安堵感。そこにライバルの存在や家族への告白、そして八虎自身が自分の中に見つけた“世界”が混ざり合い、終盤にはしっかりと大団円が待っている。映画としての締めくくりは比較的あっさりしているものの、今後の八虎たちの姿を観客の想像に委ねるような雰囲気だ。あえて言えば「ここからが本番」だという余韻を残してくれる。

実写化作品は、原作を知るファンから批判が飛びがちだが、本作に関しては原作の象徴的なシーンをかなり丁寧に拾っている印象を受けた。もちろん細部で省略や改変はあるが、総じてキャストの演技力と映像表現の巧みさが、漫画では描ききれない“リアルな人間の躍動”を加えている。美術部の先生や予備校の講師など、脇を固める面々のセリフが妙に説得力を持つのも嬉しいポイントだ。とりわけ薬師丸ひろ子扮する顧問の穏やかな言葉は、真っ暗な中に灯る優しいランプのような存在感を放っている。

一方で、ここぞという場面で八虎が見せる涙や、表現が行き詰まったときにあがく姿はかなり生々しい。普通の青春ドラマより少し大人びているのは、美術という“評価が数値化されにくい世界”を相手にしているからだろう。正解がないからこそ自分を信じ続けなければならないという命題は、勉強やスポーツよりも踏み込んだ苦しみを伴うかもしれない。だからこそ、本気でアートに向き合う八虎たちの姿がまぶしく見えるのだ。

映画「ブルーピリオド」は単なる青春ものに終わらず、“何かに魂を注ぎ込む生き方”を通じて人がどう変われるのかを示してくれる。挫折は当たり前、失敗してもなお走り続ける姿に敬意すら感じる。ときには不穏な空気も漂うが、それも含めてアートの世界は自由なのだというメッセージを受け取った。そんな酸いも甘いもどっさり詰まった作品だからこそ、観る者の心に強く残るのではないだろうか。

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映画「ブルーピリオド」はこんな人にオススメ!

この作品を薦めたいのは、“今まさに自分の道に迷っている人”や、“やりたいことが明確に見えているのに一歩を踏み出せない人”である。映画の序盤で主人公が抱える空虚感は、他人事ではなく多くの若者が感じるものと重なるだろう。加えて、すでに社会に出てしまった大人にも刺さる部分は多い。自分の夢を追いかけるという言葉に対して、どこかしら“それで食べていけるの?”という現実的な声が内面から聞こえてきて踏みとどまってしまう。その遠慮や葛藤をストレートにぶつけてくるのが本作の熱さだ。

また、実技系の勉強や“正解のない領域”で勝負しようとしている人にもおすすめできる。スポーツのようにタイムが出るわけでも、試験のように点数が明文化されるわけでもない世界で、自分を試す怖さと魅力がここには詰まっている。映画ならではの迫力と感情の揺れが凝縮されており、“ああ、自分もあの時もっと挑戦してみればよかったかもしれない”という懐かしさや後悔がじわりと胸を刺すこともあるだろう。逆に言えば、それは今からでも遅くないというエールでもある。

美術を全然知らないという人でも問題はない。なぜならば、登場人物が途中でつまずき、学び、成長していく段階が丁寧に描かれるので、“芸術に疎いから理解できない”と感じることは少ないはずだ。むしろ本作を通じて、自分なりの表現や世界の見方に興味が湧く可能性が高い。あらゆる分野において“初心者がゼロから挑む”というストーリー展開は観る者の心をくすぐるものだが、本作はその部分を大切に描ききっている。だからこそ、普段あまり絵を描かない人にも熱く勧めたい一本である。

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まとめ

本作は、一見とっつきにくい美術世界を舞台にしていながら、実はそれほど知識を持たなくても十分に楽しめる青春映画である。主人公が抱える漠然とした焦りやコンプレックスは、誰しも通ってきたかもしれない悩みとリンクするし、脇を固める登場人物たちが放つセリフも意外と痛烈で笑いを誘う。そこには“生き方の答え”なんて存在しない、という大胆なメッセージが散りばめられているのだろう。要領の良いはずの青年が、いざ本気で何かに打ち込むとここまで泥臭くもがくのかと思うと、観ているこっちまで心揺さぶられる。

受験や芸術というトピックは、どうしても限られた人の物語に映るかもしれないが、この映画は“自分のやりたいこと”に対する普遍的なテーマを扱っている。だからこそ誰の胸にも響くのだ。失敗や挫折もあったほうが人生は面白い。そう実感できる物語を、躍動感あふれる映像と俳優陣のパワーで楽しませてくれる作品といえる。