映画「あの人が消えた」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
初めて予告を観たときから、「なんだか妙な雰囲気の映画だな…」と直感したのだが、実際に観てみると想像以上に意表を突かれた作品である。高橋文哉が演じる主人公が、いわくつきのマンションへ配達に訪れるところから物語が転がり始めるが、序盤はホラーかと思いきや途中で軽妙な空気も漂い、そのまま突き進むのかと思えば再びサスペンス色が強まる。いろいろなジャンルが絡み合うので、観ている側は常に先が読めず、良い意味で振り回される。
監督はドラマ「ブラッシュアップライフ」で演出を手がけた水野格とのことで、テンポの切り替えや一瞬の笑い(?)の挟み方が独特だ。最初は「奇をてらいすぎでは?」と身構えていたが、俳優陣の意外な熱演もあいまって、次第にスクリーンの世界へ引きずり込まれる。人が次々と消えるという噂話と、そこに住む住人たちの怪しさがスパイスになり、最後まで気が抜けない不思議な魅力を放っている一本である。
映画「あの人が消えた」の個人的評価
評価:★★★★☆
映画「あの人が消えた」の感想・レビュー(ネタバレあり)
本作は、いわくつきの集合住宅で起こる怪事件を題材としているが、単なるホラーともサスペンスとも言い切れない不思議な作風である。高橋文哉が演じる配達員・丸子が次々と住人たちの秘密を目の当たりにするうち、「消えた人々の行方はいったいどうなっているのか?」という謎がどんどん膨らんでいく構成だ。序盤からマンションという閉鎖空間が舞台になるため、どこか息苦しい雰囲気に包まれているのだが、妙に軽妙な会話が差し挟まれたり、パッと見シリアスそうな場面で拍子抜けするような出来事が起きたりと、観客としては緊張と緩和の波を何度も浴びせられることになる。
特に高橋文哉が演じる丸子のキャラクター設定が面白い。配達員という仕事柄、多くの住人がいるマンションを日常的に訪れるため、外部の人間でありながら内部事情に詳しくなる立場にある。コロナ禍で宅配の需要が高まったという時代背景も描かれ、このあたりは観客にとっても身近な題材だと思わせる仕掛けだ。実際に、マンションの隣人同士は互いの素性をよく知らないのに、配達員なら部屋の様子を何度も見る機会がある…といった皮肉も込められているようだ。
物語の途中から、緩い掛け合いが続くシークエンスに入り、「あれ、もしかしてこの映画はコメディ寄りか?」と思わされる場面がある。言ってみれば観客の肩透かしを狙ったような展開だ。実際、そのまま楽しげなやり取りで突っ走るのかと思いきや、そこから再び恐怖の要素に引き戻される。しかも、そこには予想外の構図が隠されていて、クライマックスに向けて一気に地面がひっくり返されるような感覚を味わうことになるのだ。
本作における最大の衝撃は、「主人公がすでに死んでいた」という事実が明かされる場面に尽きるだろう。従来の作品でも「実は主人公が…」というオチは見かけるが、ここではそれが突拍子もない展開の連続をすべて回収する役割を果たしているのが大きい。そもそも丸子が住人の小宮(北香耶)を助けるためマンション内を奔走するという流れがあるにもかかわらず、一緒にいるはずの人々が丸子の声や動きを無視しているようにも見える描写が散りばめられている。「ん? なぜだ?」と思うところがあっても、中盤のギャグめいた空気に塗りつぶされて見逃しそうになるのだが、それらが後々「ああ、実はあの時点でもう丸子が殺されていたからか!」とガツンと腑に落ちる。
しかも、そこに至るまでの数々の伏線がやたら丁寧に配置されている。部屋の中での会話の噛み合わなさや、小道具の扱い方など、観直せば「おかしいじゃないか!」と気づくポイントは山ほどあるはずなのに、初見だと気づきにくい。おそらく脚本段階から相当練り込まれているのだろう。こういう仕掛けは、最近の邦画では珍しくないとはいえ、本作の場合はホラー、サスペンス、そしていきなり挟まる軽妙なやり取りが意図的に入り乱れるため、観客は「なんだこれ?」と思いながらも半ば強引に進行を追うようになる。結果的に、真実に気づくタイミングを見事に誘導されてしまうわけだ。
さらに、大どんでん返しを支えているのが、小宮が執筆している小説のトリックである。頭文字をつなげることで「すべてうそ」などのメッセージを潜ませるというアイデアだが、これも実に巧みだ。人質状態の小宮が、必死で巧妙なウソ話をでっち上げる中で、さりげなくヒントを織り込む。彼女の小説を読んでいた丸子や、丸子から聞いていた荒川(田中圭)がそれに気づくことで逆転の突破口が開かれる。こういう仕掛けを見せられると、やはり物語の基本は「どう観客を欺くか」にあるのだなと思わされる。
しかし、この映画はただ「真犯人を暴きました、めでたしめでたし」で終わらない。丸子が真犯人と対峙した際に刺されてしまい、自分が死んだことに気づいていなかった…という展開を経て、最後には小宮に感謝されつつこの世から去っていく。それだけでもドラマチックなのに、最終的には丸子が小宮の執筆する小説「スパイ転生」の世界に転生するという異色のエンドを迎える。実写映画なのに、急に転生もののラストシーンが挿入されるというのは賛否が分かれそうだが、自分としては「そこまで遊ぶか!」と感心してしまった。
おそらく監督の水野格は、既存のホラーやサスペンスのパターンをかき回して、新しい視点で作品を作ることを意識したのではないかと推測する。観客を手玉にとる仕掛けもあれば、コロナ禍の宅配事情というリアルな背景も取り込み、最終的には異世界転生風のおまけまで付ける。乱暴と言えば乱暴だが、そのムチャクチャなアレンジが妙にクセになり、観終わった後には「何だかんだおもしろかったな」と思わされるのが悔しいようで嬉しいようである。
もちろん、気になる点が全くないわけではない。島崎(染谷将太)が住人をストーカーして殺害に及ぶという背景説明はやや薄く、彼がなぜそこまで異常な行動に走ったのか、もう少し踏み込んで描いてもよかったのではないかと感じる部分はある。また、荒川(田中圭)が小説家志望という設定のわりに、やることが雑で「そこ大丈夫なの?」と突っ込みたくなる場面もあった。ただ、そういった緩いキャラクターたちが全員揃いも揃って変な方向にエネルギーを使うからこそ、本作の独特な味わいが生まれているとも言える。
高橋文哉の演技に関しては、驚くほど自然体でありながら、一部のシーンでは強い熱量を見せているのが印象的だ。ごく普通の青年が、ミステリアスなマンションで次々と怪事件に巻き込まれていくリアルな表情をうまく表現している。後半にかけて、自分が死んでいたとわかった瞬間の「呆然」とした空気は、高橋文哉ならではの繊細な演技だと思った。
本作はひとくちで説明しづらい怪作である。単純なホラーではないし、コメディ要素だけで押し切るでもないし、ミステリーかと思えば最後は転生まで突っ走る。これを「とっちらかっている」と見る人もいるかもしれないが、自分としてはむしろ「いろんな要素が集まって斬新な形になった映画」として評価したい。少なくとも「ここまで振り切るか」と思わせる挑戦心は伝わってくる。伏線の貼り方や回収の仕方も非常に丁寧で、観れば観るほど「なるほど、そういうことだったのか」と膝を打つ楽しさがある。あらゆるジャンルを絶妙に混ぜ込んだ「ごちゃ混ぜパフェ」のような映画体験がしたいなら、ぜひ劇場で体験してほしい。
映画「あの人が消えた」はこんな人にオススメ!
まず、ホラー要素もサスペンス要素も楽しみたいという贅沢な人に向いている作品である。普通はどちらか一方に振り切ることが多いが、この映画は序盤で不気味なマンションの雰囲気を見せつけながら、一方では登場人物同士の軽快なやり取りで肩の力を抜かせたりと、意図的にテイストを変化させているところが妙味だ。
次に、伏線が好きな人にもおすすめだ。途中で散りばめられた何気ない情報が、後になって「そういうことだったのか!」と一本の線に収束していく様子は、頭の体操をしている感覚に近い。観終わった後に、仲間同士で「あのシーンのあの動きにはこんな意味があったのかも」と語り合えば、作品の余韻を倍増できるだろう。
また、転生ものや異世界ものが好きな人にとっては、終盤のぶっ飛んだ展開が思わぬご褒美になるかもしれない。まさかリアル路線っぽい映画で、ああいう終わり方をするとは想像しにくいだけに、その落差が大きなインパクトを与えている。
そして何より、高橋文哉の多面的な演技をじっくり楽しみたい人は要チェックだ。素朴な配達員から、生死をかけた緊迫感あるシーンまで、場面ごとにがらりと温度が変わる。こういう緩急のつけ方は、若手俳優の中でも特に目を引く存在だと思う。
総合すると、本作はいわゆる「王道」から大きく逸脱しながら、多面的な魅力を持つ作品であると断言したい。奇抜な仕掛けにどっぷり浸かりたい、先の読めないストーリーを求めている、そして役者たちの化学反応を存分に味わいたい…そんな人にぴったりである。
まとめ
本作「あの人が消えた」は、マンションを舞台にした謎めいた失踪事件という骨子に加え、想像の斜め上をいく要素を見事に織り交ぜたエンターテインメントである。高橋文哉の存在感や、田中圭の不思議に頼りない先輩役、そして北香耶の作家という役柄が後半のどんでん返しを支える軸となる。
ホラーともサスペンスとも断定しにくいが、笑ってしまう場面があるかと思えば急に鳥肌の立つ展開へ突入するなど、良い意味で観客を混乱させる仕組みが張り巡らされている。後半の「実は主人公が…」という展開で世界がひっくり返る快感と、小説のトリックによる逆転劇が一番の見どころだろう。最後まで観たら、ぜひ二度目の鑑賞をおすすめしたい。細かな仕掛けの数々を知った上で再度眺めると、新たな発見があるはずである。