映画「愛に乱暴」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
本作は、表向きは平凡そうに見える主婦・桃子の内面が、夫の不倫や義母の介護、さらに近隣で起こる不穏な出来事をきっかけに徐々に崩壊していく様を描いたヒューマンサスペンスである。タイトルにもあるとおり、愛情が暴走するときの怖さや、そこに潜む狂気的な一面が作品の肝だ。本作を観ていると、日常の些細な亀裂こそが人間の限界を簡単に超えさせる要因になるのだと痛感させられる。しかも主演の江口のりこさんの怪演っぷりが、視聴者をどんどん桃子の深みに引きずり込むのだからたまらない。
実は筆者も最初は「ホラー的な表現が中心なのかな?」と侮っていたが、観始めるや否や、じわじわと積もる不安に身の毛がよだち、終盤に近づくにつれ「ああ、この作品は日常への警鐘でもあるのだな」と震え上がった。とはいえ、不穏かつ救いのない展開の中にも絶妙なユーモアが含まれているのがポイントだ。森ガキ侑大監督による静かな演出と、江口のりこさんをはじめとしたキャスト陣の迫真の演技が織り成す、なんとも言えない空気感には中毒性がある。
観終わった後で「結局、愛とは何だったのか?」と問い直したくなる、不思議な味わいの作品である。
映画「愛に乱暴」の個人的評価
評価: ★★★☆☆
映画「愛に乱暴」の感想・レビュー(ネタバレあり)
ここから先は、映画「愛に乱暴」の核心に触れるネタバレが多数含まれるのでご注意を。そもそも「愛に乱暴」というタイトルからして、ただの恋愛映画ではなさそうだと察する人は多いだろう。実際に蓋を開けてみると、愛ゆえに暴走する人間の心理を容赦なく描き出す骨太な作品である。とはいえ、単純なサスペンスやホラーではなく、あくまで主婦のごく平凡な生活圏に潜む恐怖や狂気を掘り下げている点が新鮮だ。
まず、主人公の桃子は、義母の介護に追われながらも「丁寧な暮らし」を実践している。よくあるSNS映えを意識した生活を送っているようにも見えるが、その裏には「誰かに認められたい」「幸せだと信じ込まなければやっていられない」といった切実な願望が隠れているのだ。夫はというと、いかにも優しそうな顔でありながら、実は外に愛人を作っているらしい。しかも義母は嫌み全開。隣近所では不審火が相次ぎ、大事な愛猫が失踪するなど、まさに「呪われた主婦ライフ」を見事に体現している。それでも桃子は自分の心のバランスを取ろうと一生懸命に取り繕っているわけだが、観ているこちらからすると「ああ、いつどこで限界がきてもおかしくないな」とハラハラする。こういうストレスにまみれた日常を淡々と描く手法は、下手をすると単調になりがちだ。しかし本作では、江口のりこさんの表情や微妙な仕草の変化によって、その単調さが逆にゾワゾワするサスペンスへと昇華しているのだから恐ろしい。
ネタバレを踏まえて核心部分に触れると、桃子の精神は徐々に蝕まれ、自分でも収拾がつかないほど追い詰められていく。そしてついに、家の床下への異様な執着を見せるようになる。ここで驚かされるのは、その床下が桃子の理想や願望、あるいは怨念や絶望をすべて飲み込むブラックホールのように描かれている点だ。床下を掘り進める行為が、いわば「桃子自身の内面を深く掘り下げる」メタファーになっているのだろう。普通に考えれば身の毛のよだつ行為だが、彼女にとってはそれが唯一の逃げ場であり、自己救済の手段でもあったわけだ。だが、そこに救いがあるかといえば、はっきり言って皆無である。むしろ救いはないがゆえに、底なしに暗い深みへと落ちていく桃子の姿が生々しく、そして悲しい。
この展開を「ちょっとやりすぎでは?」と感じる向きもあるだろう。しかし、現実においても、ストレスや心の闇が想定外のかたちで噴出し、身近な人間関係を破壊するケースは少なくない。だからこそ、本作の描写はフィクションでありながら、観る者の心を不思議なくらいザワつかせるのだ。監督の言葉によれば、セリフを極力削り、表情や雰囲気だけで語る演出を目指したとのこと。確かに、桃子が義母や夫に対して微妙に顔つきを変える場面の数々は、まさにホラー映画さながらの迫力を持っている。たとえば、義母と口論している最中に夫が入ってきたときの表情変化。あれを演じきる江口のりこさんの演技力には恐れ入る。正直、そこだけ切り取ってもご飯三杯はいけるレベルだ。
物語の終盤で桃子が取る行動は、もはや正気を保っている人の選択とは思えない。しかし、その「狂気」を誘発したのは間違いなく周囲の無理解や無関心、さらには桃子自身が抱えていた自己否定感であるとも言える。よく「愛が人を狂わせる」というが、桃子の場合は「愛されないことによる焦燥感」が凶器に転じた印象だ。どこに出口があるのかわからない不安や孤独が、床下という暗喩的空間を通して増幅され、ついには桃子の人格そのものを暴走させてしまう。この結末をハッピーエンドと呼ぶのは難しいし、観終わってからモヤモヤが残ることは必至だ。だが、そのモヤモヤこそが本作最大の魅力でもある。
筆者としては、「愛に乱暴」とは言っても、決して暴力シーンばかりを前面に押し出す作品ではないと感じた。むしろ、目に見えない暴力、つまり精神的な圧迫こそが最も恐ろしく、かつ身近なものだと痛感させられる。愛があるはずの家族関係なのに、その中で一番安全であるはずの「家」という空間が、桃子にとっては監獄になり、底なし沼になっていく。そう考えると、いろいろ身につまされるものがある。SNSや周囲からの「丁寧な暮らし」への羨望も、実態がないからこそ怖いものだ。見栄と不満と空虚さが混じり合うと、こうも一気に破滅へ向かうのかと絶句してしまう。
もちろん、エンタメ作品としての面白さもきちんと備えている。驚かされるシーンもあれば、ちょっとニヤリとしてしまうユーモアも混在している。だからこそ、この映画の「暗いけど笑える」独特の味わいがクセになってしまうのだ。筆者も、観た後しばらくは「床下を覗くときは覗かれる覚悟が必要だ」という妙なフレーズが頭から離れなかった。誰しもが抱え得る闇が、もし床下で煮えたぎっていたら…。そう考えると、身震いしつつも、どこかほくそ笑んでしまうのは筆者だけではないだろう。
映画「愛に乱暴」は、タイトルどおりの乱暴な愛がテーマではあるが、実はそれ以上に「どうしようもない孤独」や「逃げ場のなさ」を浮き彫りにする作品でもある。そんな厳しいテーマを、江口のりこさんの鬼気迫る演技と、森ガキ侑大監督の静かでありながら不穏な演出で一気に見せ切ってしまうのだから恐れ入る。評価は辛口で星2つだが、だからといって退屈というわけでは決してない。むしろ「え? こんな終わり方なの?」と衝撃を受けつつも、気づけばじわじわと頭の中を占拠して離れなくなる。そんな不思議な魔力を持った作品だと思う。
映画「愛に乱暴」はこんな人にオススメ!
さて、ここまで激辛レビューを展開してきたが、「愛に乱暴」をそれでも観てみたいという奇特な方もいるはずだ。筆者としては、本作が満点級にオススメできるかというと微妙だが、次のようなタイプの人には逆にドンピシャではないかと思う。
まず、「家庭内トラブルを描いたサスペンス」に目がない人。夫婦や家族間のしがらみ、あるいは近隣住民とのトラブルなど、まさに日常と地続きのホラーを好む人は楽しめるだろう。また、「心理サスペンスでじわじわ追い詰められる感覚が好き」という人も、桃子が崩壊していく様子に背筋を寒くしながらも目が離せなくなるはずである。そして、「丁寧な暮らし」を標榜しがちな人にとっては、ある意味で他人事ではない物語となるだろう。もし自分の周りで似たようなことが起こったら…と思わずにはいられない。
さらに、本作は「主演俳優の鬼気迫る演技を堪能したい」方にもオススメだ。特に、江口のりこさんの表情や佇まいは圧巻で、少ない台詞にもかかわらず観客に強烈な不安感を与える。森ガキ監督の演出方針も手伝って、視覚的にも聴覚的にもじわっとくる怖さがある。実はホラー作品が苦手な人ほど、本作の生々しさにガツンとやられるかもしれない。しかし、だからこそ怖いもの見たさの好奇心をくすぐられるのではないかと思う。
総じて、本作は「日常に埋もれた狂気」を堪能したい人や、「愛って本当に美しいだけのものなの?」と疑問を抱いている人に打ってつけ。観終わったあと、どこか達観したような気分になるかもしれないし、むしろ二度と床下を覗きたくなくなるかもしれないが、それも一興だろう。なにせインパクトの塊のような作品である。
まとめ
映画「愛に乱暴」は、表面的には地味な主婦の生活が軸になっているものの、その実態は心の奥深くに巣食う恐怖と狂気を映し出す衝撃作である。桃子が崩壊していく過程は決して派手ではないが、そこに映し出される人間の孤独や欲望、そして見栄や焦りがリアルすぎてゾクリとさせられる。唯一の救いは、俳優陣の存在感と監督の演出が秀逸であるがゆえに、どこか独特なユーモアを感じられる点だろう。床下への異様な執着、家族とのぎこちない会話、そして積もり積もる不満と絶望が一気に爆発するクライマックスは、まさに息を飲む迫力である。
もっとも、観終わったあとに爽快感や多幸感を得られる映画ではない。むしろ「なんでこんなにも重苦しく終わるんだ?」というモヤモヤを抱えたまま、日常に戻されることになる。しかし、そのモヤモヤこそが本作の醍醐味であり、鑑賞後にじわじわと頭を支配する要因でもある。愛はときに暴走し、何気ない日常を破壊するほどの力を持つ。そんなテーマをここまで鮮烈に描ききったのは見事と言うほかない。本編をじっくり堪能すれば、きっと誰しもが「愛に乱暴」された気分になり、しばらくは忘れられない体験をするだろう。