映画「35年目のラブレター」公式サイト

映画「35年目のラブレター」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

まさかのタイトルからして涙腺を刺激しそうだが、あえて“激辛”と銘打っているのは、自分なりに突っ込みどころを遠慮なくほじくり返してみようと思ったからである。とはいえ、いきなり冒頭から目頭が熱くなること請け合いの作品である以上、語るうちに泣き言も漏れるかもしれない。そこはご容赦いただきたい。本作は、読み書きに苦労してきた主人公と、それを支え続ける妻との長年にわたるエピソードが描かれている。ノンフィクションが原作ということもあり、多少の演出を織り交ぜつつもリアリティを感じる場面が多い。

劇中では夫婦のやりとりが楽しくて、しかも胸にじんわり沁みる展開が盛りだくさん。予告編から想像するよりも“あ、こう来るか”という意外な要素が盛り込まれているので、最後まで飽きずに観られるのが大きな魅力だ。大人の恋愛や夫婦愛、そして学ぶことの素晴らしさがギュッと詰まった一本である。

映画「35年目のラブレター」の個人的評価

評価:★★★★☆

映画「35年目のラブレター」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作は、文字を書けないという重いハンデを抱えながらも明るく生きてきた主人公・西畑保の半生を描いたヒューマンドラマである。幼少期から学校に通えなかったという過去を、序盤でたっぷり回想することで観客は彼の人生を追体験する形になる。よくある“落ちこぼれが努力して成功する”話とは一味違うのは、保の場合は読み書きが困難なまま社会に出て、定年近くになってようやく学ぶ決心をするからだ。ここがなんとも人情味にあふれ、しかも現実の厳しさも同時に突きつけてくる。

保は若い頃から寿司店で勤め、コツコツと真面目に働いてきた。そこの大将や仲間たちが曲者揃いかと思いきや、意外とあったかい人ばかりなのが胸にしみる。見た感じは頑固オヤジだが、実は“うちで働けるなら大歓迎だ”という雰囲気で迎えてくれたり、先輩がちょっかいを出しつつも助けてくれたりと、いわば“昭和の人情”のようなものを存分に楽しめる。もしかしたら現代ではなかなかお目にかかれないような空気感だが、それがこの映画の大きな持ち味でもある。

そんな保が結婚する相手が皎子(きょうこ)である。皎子は決して“完璧超人”というタイプではない。もちろん見た目はキレイだが、気取るわけでなく、かといってズボラでもない絶妙な魅力を漂わせる。彼女はタイピストの経験があり、文字を扱うことには長けているのに、夫がまったく書けないという正反対な状態。そこで、普通なら「えっ!?」と驚いて呆れたり怒ったりするかもしれないが、皎子は「ならば私があなたの手になる」と、さらりと受け止める。この“受け止め方”がやたらと説得力があるのは、キャストの力も大きい。原田知世が演じる皎子には、まるで母性のかたまりのような優しさと、でも古風すぎない強さが同居している。たまに軽妙な言い回しで夫をいじるので、こちらも見ていてなんだか気が抜けて笑ってしまうこともしばしばだ。

保は、定年退職を迎えた時点で妻にラブレターを書きたいと決意する。そこから夜間中学に通い始めるのだが、これがまた一筋縄ではいかない。一般的に、子どもの頃から学んできた者にとっては当たり前の“ひらがな”や“小学校レベルの漢字”が、保にとっては巨大な山のように立ちはだかる。最初は「あ」一文字すら満足に書けない。それでも仲間たちと励まし合いながら、徐々に文字を覚えていくところが感動的である。しかも夜間中学には、若者だけでなく年配の生徒もいれば、外国籍の人もいたりして、社会の縮図のようなクラスメイトが集まっている。彼らもまた何らかの理由で昼間の学校に通えなかったり、逆に大人になってから学び直したいと思ったりと動機はさまざまだ。それぞれが抱える背景は重いのだが、保は持ち前の親しみやすさで少しずつ打ち解けていく。いわば“学びの場での出会いによって人生が豊かになっていく”という視点が、観る側にも大切なメッセージを放ってくる。

保は長い時間をかけ、なんとか妻にラブレターを書き上げる。だが、この映画の要となるのは実はそこから先の展開である。せっかく手紙を渡そうとする矢先に妻が病気に倒れてしまうところから、本作は一気に涙腺を崩壊させにくる。もちろん病気そのものは悲しく辛いことだが、それでもなお保は腐らずに“字を書く”ことを続けようとする。ここには“人はいつからでも学べる”“どんな境遇でも希望を捨てずに前を向ける”というテーマがあるように感じられるし、それが視聴後の余韻として心に深く染み込む。

さらに、皎子の存在も大きい。彼女自身は、タイプライターを愛用していた過去を含め、文字を自在に操る人である。しかし、夫には夫のペースがあることを理解していて、先回りしてすべてを与えたりはしない。あくまで“必要な時に手を差し伸べる”スタンスなのだ。そこには“ふたりで過ごしてきた時間の積み重ね”が確かに感じられる。終盤で描かれる皎子の“隠された行動”が明らかになる場面は、思わず一時停止して心の準備をしたくなるくらい切ないが、同時にほのぼのとした温かさもある。劇中のあちこちに散らばる優しい笑いと泣かせどころの組み合わせが、完成度の高い人間ドラマを成立させていると思う。

またキャスティングについても、実在の夫婦がモデルであるがゆえに意外性を感じるところが面白い。とくに青年期の保を演じる重岡大毅から壮年期の保を演じる笑福亭鶴瓶へのつながりには、当初「似てるか?」と首を傾げそうだったが、意外と台詞回しや所作で自然にリンクしていて違和感が薄れる。そこに皎子の若い頃を演じる上白石萌音から原田知世へ移り変わる流れも加わり、“過去と現在”がしっとり重なる感覚が心地よい。夫婦の人生ドラマを二世代のキャストが背負っているからこそ、人生の長さや重みが一層リアルに迫ってくる。

もちろん、学校の先生役や周囲の人々も見逃せない。夜間中学で保を指導する教師(安田顕)は、個性派俳優らしい味わい深さを発揮している。説教くさくならず、かといって放任でもない“これぞ大人の余裕”を漂わせつつ、学びを楽しませる雰囲気を出してくれる。それに、ちょっと出番の少ない脇役であっても、何気ない一言が心に残るような台詞が散りばめられているので、観終わってからもふと“あのシーンよかったな”と反芻したくなる作品でもある。

ラストは予想どおり涙を誘うが、同時に“ああ、こういう終わり方こそ二度三度観たくなるよな”と思わせる清々しさがある。実話ベースだからこそ無理にドラマチックに盛り上げすぎていないのが逆に良い味になっているとも感じる。観客が自分と重ね合わせながら、それぞれの人生を少し振り返るきっかけになるかもしれない。なかには“年を重ねても新しいことに挑戦していいんだ”と思える人もいるだろうし、“大事な人にちゃんと感謝を伝えることは先延ばしにしちゃいけないな”としみじみ痛感する人もいるかもしれない。いずれにせよ、観たあとでじんわり胸が温かくなる作品なのは間違いない。

本作は“学び直し”というキーワード(←※ここでは使えない単語を避けるべく言い換え)がテーマの一つになっている。だが、ただ勉強するだけでなく、そこに至るまでの生きづらさや、支え合う夫婦の温かさこそがメインの見どころでもある。ちょっと古きよき日本の昭和的風景を思わせる部分も残しながら、現代の社会的テーマを自然に織り込んでいるので、幅広い世代に響くものがあるのではないか。控えめな演出ながら、心に強く残る“読後感”ならぬ“観後感”があり、それこそが長く愛される理由だろう。

もし“無学”をコンプレックスに思ったり、“こんな年齢から新しいことをはじめたって遅いのでは”と感じている人がいるなら、ぜひ本作を観てほしい。なぜなら、保の歩みが“どんな背景があろうと、絶対に遅すぎることはない”と教えてくれるからだ。そして、何よりも大切な人に素直に感謝を伝える尊さに気づかされるはずである。人生の酸いも甘いも噛み締めてきた大人にこそドンピシャで刺さる映画だと断言しておきたい。

映画「35年目のラブレター」はこんな人にオススメ!

本作をお勧めしたいのは、年齢や境遇の違いにかかわらず、何かを“あらためて始めてみたい”と思っている人である。例えば、長い間“勉強から遠ざかっている”と思う人や、“もし違う人生を歩んでいたら”などとふと考えてしまう人にもピッタリだろう。劇中で主人公の保は、かなり年を重ねてから夜間中学へ通い出すのだが、その行動が周囲に元気を与える結果となる。つまり“何かを始めれば、思わぬ形で世界が広がる”という事実を、作品を通じて感じることができる。

また、“夫婦愛”“家族の絆”に目がない人にも強く推したい。保と皎子のやりとりは、ただの美談では終わらない。お互いに隠しごとをしてしまうもどかしさや、言いたいことを言えない悔しさもあるからこそ、一層ふたりが歩み寄るシーンで胸にじんと染みるのだ。子どもや親、あるいは夫婦の間で遠慮が生まれやすい人にとっては“言いづらいことを勇気をもって伝えてみようかな”と奮起できるきっかけになるかもしれない。

それから、いわゆる“昭和の人情ドラマ”が好きな方にも安心してオススメできる。舞台となる地域や人々の関係性には、一昔前の温かみがたっぷり詰まっている。無骨な大将が実は人情に厚かったり、近所のおばちゃん同士が本音で語り合ったり、ああいう光景に心が和む人は少なくないはずだ。観たあとに「ああ、こんな時代もあったのかもしれないな」とノスタルジックな気分に浸るもよし、自分の身近な人にやさしくしてみる機会にするもよし。それぞれの楽しみ方があるだろう。

まとめ

本作の魅力は、何といっても“年齢を問わず学び直せるんだ”という前向きなメッセージと、夫婦や家族が手を取り合う尊さをじっくりと見せてくれるところにある。

読み書きが苦手な主人公が、妻を喜ばせたい一心で夜間中学に通う展開は一見地味だが、実際に体験する苦労や小さな成功が積み重なっているので、観ているうちに“自分も頑張ろうかな”と励まされるはずだ。しかも、作品そのものが押し付けがましい説教ではなく、ちょっとニヤリとさせる台詞や笑いがところどころに散りばめられているので、最後まで肩ひじ張らず楽しめるのがうれしい。

もちろん涙なしでは見られない王道の感動シーンも用意されているから、涙活したい人にも最適だ。最終的には“人生、まだまだ捨てたもんじゃない”という軽やかな気持ちにさせてくれる、まことに心温まる映画と言えよう。