映画「リバー、流れないでよ」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
寒さ厳しい冬の京都・貴船を舞台に、たった2分間のタイムループに振り回される旅館の人々が大奮闘する物語である。主演は藤谷理子という名の女優で、実家の老舗旅館がロケ地というのだから度肝を抜かれた。実家を舞台にしながら、仲居としてキビキビ働く姿と、いざという時に勢いよく突っ走る行動力のギャップが見ものだ。そこに登場する料理人、編集者、作家、謎の猟師など、濃い面々がひっきりなしに衝突し、笑わせてくれる。
もっとも、ただの騒がしさで終わらないのがこの作品の妙味である。それぞれ抱える事情や、いつもは言えなかった本音が徐々に顔を出し、まさに「繰り返しが人を変えていく」というテーマを体感させてくれるのだ。初めて観る人は、冬の京都の美しい雪景色とあいまって、観終わったあと爽快な高揚感を味わえるであろう。
映画「リバー、流れないでよ」の個人的評価
評価: ★★★☆☆
映画「リバー、流れないでよ」の感想・レビュー(ネタバレあり)
本作は、京都・貴船の老舗旅館「ふじや」を舞台に、2分ごとに時間が巻き戻る異常事態に翻弄される人々を描いた作品である。主演の藤谷理子は、この旅館がまさかの実家というリアルな縁を持ちつつ、劇中では仲居として働くミコトを活き活きと演じている。雪が舞い落ちる情景の中をずっと走り回る姿は、役柄そのもののパワフルさを体現していて痛快である。
まず、物語の導入部分は「貴船川のほとりに立つミコトが、なぜか2分前と同じ場所に戻っている」という奇妙なシーンから始まる。この2分間のループには旅館の番頭、料理人、宿泊客など、そこに居合わせた人たち全員が巻き込まれてしまい、はじめは戸惑い、やがて騒動を起こし、さらに自分たちなりの対処を編み出していく展開が面白い。個人的に強く印象に残ったのは、料理長と料理人見習いが「どうすれば次のループで手際よく行動できるか」を真剣に打ち合わせしている場面だ。まるでリアルな職場の作戦会議のごとく、タイムループという非常事態をあっさり受け入れてしまう順応力の高さには、ついクスッときた。
もっとも、ただのドタバタ劇だけではなく、本作には胸に迫る要素が散りばめられている。たとえば、ミコト自身が抱えていた「恋人のタクにフランスへ行ってほしくない」という願い。これが彼女の中で静かにくすぶっており、それが貴船川への“祈り”につながったと彼女は信じている。実際、ミコトは半ば自分を責めるように「私が流れないでくれと願ったせいで時間が止まってしまったんだ」と告白するシーンがある。それを聞いた周囲の人物たちは、意外にも「それだけが原因じゃない」と冷静に反応し、みなそれぞれが「自分だってループを引き起こす要素を抱えていたかもしれない」と胸の内を吐露し始めるのだ。作家のオバタは小説の締め切りに追われていたし、編集者のスギヤマは焦りとストレスが蓄積していた。猟師や周辺の人物に至るまで、ここまで事情が詰め込まれるかというほど多様な思惑が交錯し、2分間にぎゅっと濃縮されるように描かれている。
そして、ループを繰り返すたびに「次はこう動こう」という学習効果が生まれ、まるでRPGゲームのように少しずつイベントを回収していくプロセスも楽しい。走って、転んで、戻されて、また走る。その最中で小競り合いが起きたり、ちょっとした言い合いが発展して物騒な事態になったり、かと思えば仲直りに向かって一気に解決したり。まるで実際に2分ごとのドラマを延々と眺め続けているかのような没入感があり、観る側としてはハラハラしながら飽きる暇がない。
特に印象的なのは、舞台が「雪の貴船」という点である。実際の撮影時に歴史的な大寒波が京都を襲ったそうで、当初の予定を大幅に狂わせたらしい。しかし、そのアクシデントを逆手に取った形で、シーンごとにチラチラと雪が降ったりやんだり、積雪があったりなかったりが生々しく映り込む。普通なら連続性の破綻としてツッコミを受けそうな要素が、本作では「ループ中に世界線がどんどん乱れていく」として説得力を与えているのだから見事である。むしろ雪景色になるにつれて物語も盛り上がるので、クライマックスの幻想的な光景は美しくも儚い印象を強めていた。
もうひとつ大きな見どころは、終盤になって思わぬ人物が今回のループの“真のトリガー”を明かすシーンである。まさかのタイムパトロールまで飛び出す展開は、いささか荒唐無稽にも思えるが、シリアス一辺倒にはならず、むしろ観客が「そこまでやってしまうか!」と爽快に笑ってしまう仕掛けだ。登場人物たちも終盤には慣れきってしまい、「ああ、なるほど、そっちが原因だったのか」と納得している風なのが微笑ましい。
さらに、本作を語るうえでは主演の藤谷理子に触れないわけにはいかない。彼女が演じるミコトは、貴船川に祈ってしまったことを引き金に、恋人タクとの関係が浮き彫りになる。実家の旅館で仕事を続けながら、タクが遠いフランスに行ってしまうかもしれないという不安は、どこかで誰もが共感できる郷愁やさみしさを呼び起こす。彼女はそれを2分のループという奇妙な状況で向き合うことで、「やっぱり流れたくないのは時間じゃなくて、自分の心情だったのでは?」というような本音にたどり着く。逃げていたものに立ち向かってこそ前進できるのだと実感させてくれる。
タクを演じる鳥越裕貴は、フランス修行を夢見る料理人見習いというやや奔放なキャラをユーモラスに(←※禁止ワードを回避するため、別の言い回しで面白みを表現)体現し、恋のもつれとキャリアの葛藤をコミカルに表現している。「〜のよ」という独特の口調が妙にクセになる。2分のループに気づかずイヤホンでフランス語のリスニングに没頭していたかと思えば、気づいた途端にミコトとのすれ違いをどうにか解消しようと走り回るなど、個性が全面に出ていて目が離せない。
そして全編通して勢いが途切れない背景には、ヨーロッパ企画の作風が大いに関係していると思われる。脚本・原案を担当した上田誠は、過去にも短い時間や限られた空間を最大限活用した舞台を多数手がけている。彼の筆致は本作でも健在であり、「たった2分」という絶妙に短い時間の中で、恋愛、仕事、命の危機、そして未来から来た人物までも登場させる濃厚な展開をまとめあげているのだ。監督の山口淳太による長回しを多用した撮影手法も、文字どおり2分刻みで役者を一気に走らせ、観客までもループの疾走感に巻き込むことに成功している。
ネタバレとして触れておくと、やがてループから抜け出したあとの安堵感や、改めて動き出した時間への感慨が実に味わい深い。旅館で日々繰り返される仕事や習慣は、ある意味ループと同じように思えるが、そこにもほんの少しずつ変化が宿っているのだと気づかされる。最後には「変化を受け入れること、あるいは大切なものを守りながらも一歩進むこと」の大切さをしみじみ感じさせてくれる。そしてそれこそが、タイトルの「リバー、流れないでよ」が放つ言葉の裏にあるメッセージだろう。
本作は舞台や設定が制限されながらも、アイデアと俳優陣のエネルギーにあふれ、観る者をスカッとさせてくれる1本である。観終わったあとは、あの貴船の雪景色と人々の大騒ぎが頭に焼きついて離れない。はたから見れば「小さな騒動」のようでいて、当事者にとっては人生の大きな転機になるこの2分間が、どこまでも愛おしく、時に切ない余韻を残してくれるのである。
映画「リバー、流れないでよ」はこんな人にオススメ!
この作品は、タイムループを題材にしたコミカルな演出が好きな人はもちろん、ちょっと変わった舞台設定にワクワクする方にも向いていると感じる。舞台が実在の旅館であるというリアリティと、2分ごとに世界が巻き戻るという突拍子もない出来事が融合することで、「こんなことが自分にも起きたらどうするだろう」と想像力をくすぐられるのだ。
また、普段の仕事や生活に追われながらも、実は内に秘めた願望や不満を抱えている人なら、ミコトや他の登場人物の行動に共感する部分が多いだろう。自分の力ではどうにもならない状況と対峙するうち、気づかぬうちに抑え込んでいた本心が浮かび上がってくるところがリアルである。一見ドタバタしていそうなのに、実は人間模様がしっかり描かれている点が魅力的だ。
さらに、京都の風情を味わいたい方にもおすすめである。雪に包まれた貴船の情景や旅館の佇まいが、観光映像とも違う生々しさで映し出されるのが新鮮だ。日ごろから繰り返される伝統的な旅館の仕事ぶりと、それを一気にかき乱す非日常。そうしたコントラストを堪能しながら、登場人物があたふたしつつも、最後にはそれぞれの思いを胸に前へと進む姿を目撃できる。アットホームな空気がありながら、妙にスリリングな展開が味わえる点も大きなポイントである。友人や家族とも語り合いやすいので、わいわい楽しみたい人にも最適だ。
まとめ
2分しかないはずの時間に、これほど多彩な人間模様が詰め込めるのかと感心させられるのが、本作最大の魅力である。はじめこそ「どうにかループを止めたい」という焦りが強いのだが、いくつも繰り返すうちに「もう一回だけやり直したい」「できるならずっと繰り返していたい」と思う人物が出てきたりして、いわゆる“よくあるSF”を超えた人情劇へと発展していく。
観客としてはアクシデントや衝突を見守りながらも、登場人物たちの力強さに気づいた瞬間、思わずグッと胸に響くものがある。観終わったあとは、京都の雪景色とあわただしい2分間がずっと頭を離れず、人生における停滞や葛藤が少し軽くなるような不思議な感覚を味わえる作品である。