映画「アリスとテレスのまぼろし工場」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
この作品は、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」など数々の人気作を世に送り出してきた岡田麿里が監督を務め、アニメスタジオMAPPAとタッグを組んだオリジナル劇場アニメである。製鉄所の爆発事故によって時間まで止まった町を舞台に、登場人物が変化を恐れながらも懸命に成長していく姿が描かれている点が目を引く。しかも、主人公たちは中学3年生でありながら、外へ出られない閉鎖空間と“永遠の冬”に閉じ込められるという過酷な設定。どうにも重たそうに聞こえるが、そこを押しのけて進む青春の衝動も盛り込まれているのが本作の面白いところだ。
脚本・監督の岡田麿里らしい繊細かつ激しい感情表現に加え、「呪術廻戦」でおなじみのMAPPAが描くビジュアルの躍動感が強烈に印象に残る。本記事では、実際に鑑賞して感じた点をオブラートに包むことなく語っていくので、まだ見ていない人はネタバレを覚悟して読んでほしい。
映画「アリスとテレスのまぼろし工場」の個人的評価
評価:★★★☆☆
映画「アリスとテレスのまぼろし工場」の感想・レビュー(ネタバレあり)
本作は、岡田麿里が手がけてきた過去作品と同様、思春期の少年少女の心の揺れをビビッドに描いている。その舞台となるのは「製鉄所の爆発事故」で世界が歪んでしまった町・見伏だ。事故以降、町は出口を閉ざされてしまい、住民たちは「いつか元に戻れるはずだ」という願いを抱きながらも、大人になれず季節も変わらず、ただ同じ毎日を繰り返す羽目になっている。彼らは自分の容姿や趣味、好き嫌いを報告する“自分確認票”を提出し続け、「変わらない」姿を保つよう義務づけられているのだ。これはなかなかおかしなルールであるが、町全体がそういう信仰に染まっており、逆らえば自分が壊れてしまいそうな空気がある。
そんな閉塞感を打ち破るように動き出すのが、主人公の菊入正宗と、謎めいた同級生・佐上睦実、そして製鉄所の第五高炉に隠されていた少女・五実の3人だ。正宗は退屈な日常にうんざりしながらも、絵を描くことだけは心の支えにしている。一方、睦実は正宗から見るとクールな女子だが、実際はやたらと噂好きなクラスメイトからよけいな詮索を受けたりしていて、ずっと鬱屈したものを抱えている。ある日、睦実が正宗に「退屈を吹き飛ばす場所がある」と誘い、足を踏み入れたのが製鉄所の第五高炉だった。そこで出会ったのが、言葉を話せない“野生の狼”のような少女・五実。その瞬間から正宗たちの停滞した日常にひびが入りはじめる。
まず最初に印象的だったのは、五実をひと目見たときの正宗の動揺である。全員が成長を止められたこの町で、五実だけは成長し続けているという矛盾。その存在を知れば知るほど、世界のすべてが一変してしまいそうな予感が漠然と伝わってきた。しかも、製鉄所から漂う煙が狼のような形をとり、ひび割れた空を修復したり、人を襲ったりする超常的な現象がしょっちゅう起こる。何かがおかしいと薄々感じながらも、町の権力者である佐上衛(睦実の義父)は「変化は悪だ」という言葉で住民たちを制圧しているのだ。変化によって世界が壊れるのを恐れているわけだが、実際には住民一人ひとりの絶望が「ひび割れ」を引き起こしているようにも見えて、そこが作品のキーであると感じた。
物語が進むにつれ、正宗は五実への庇護欲と同時に不思議なときめきを覚え、睦実もまた正宗と五実の関係を見ているうちに、抑えていた感情が次第に噴出していく。実は五実は現実世界で正宗と睦実から生まれた子どもであり、事故のせいで止まった“まぼろしの町”に4~5歳の頃に入り込んでしまった存在だ――という衝撃の真実が明かされると、町の住民たちだけでなく、観ているこちらの心もごっそり揺さぶられる。しかも五実が正宗と同年代にまで成長している今、いわば父と娘(本来ならば)の間で微妙な恋愛感情さえ芽生えてしまったわけだから、これはもうどう転んでも一筋縄ではいかない。事実、五実は睦実と正宗の長く熱いキスを見て激しく動揺し、空に大きなひび割れを起こしてしまう。五実が抱いた感情はどこか幼さを残しつつも切実であり、その危うさが町を崩壊に導く引き金になっていく展開には背筋がゾクっとした。
とはいえ、本作がただ重苦しいばかりかといえばそうでもない。例えば正宗が必死に絵を描き続ける理由に込められたメッセージからは、「どんな状況でも自分自身を諦めなければ道はある」という前向きさが感じられる。人間は何かを行為そのものとして愛せる限り、そこには“生きている”証拠があるのだと。本編中でも「エネルゲイア」という哲学用語をマンガの技名っぽく扱うシーンがあり、「今を生きること自体が目的」という核心を突いている。まぼろし世界にいる住民たちは、未来がないからこそ絶望しがちだが、同時に「今しかないからこそ好きなものを諦める必要はない」とも言えるのである。
さらに注目したいのは、声優陣の演技だ。主人公の正宗を演じる榎木淳弥は、一見クールに見えて内に激情を宿す少年を巧みに表現している。睦実を演じる上田麗奈は、抑えた声から時折垣間見える爆発的な感情が恐ろしくも魅力的で、五実の声を担当した久野美咲は動物的で無邪気な響きに鋭さと切なさを同居させている。まぼろしの町に囚われた少年少女の焦燥感や、秘密を抱える少女たちの刹那的な熱量がダイレクトに伝わってきて、映像美とあわせて惹き込まれた。
また、アニメーション制作を担ったMAPPAの力も見逃せない。「呪術廻戦」「チェンソーマン」などで培われた動きの激しさや迫力あるアクションだけでなく、本作では繊細な感情のやりとりを写実的に描くためのキャラクター表情や微細な仕草も非常に丁寧だ。特に、雨が雪に変わる場面、雪が夏の空気を取り込む場面、そして空に走るひび割れの表現はマジでこだわりが詰まっていて、スクリーンに映えるビジュアルの凄みを存分に堪能できる。
何より脚本・監督の岡田麿里が「さよならの朝に約束の花をかざろう」以来に放つオリジナル長編という点も大きい。岡田作品といえば、若者の苦しみや恋愛模様を生々しく描くことに定評があるが、本作でもその鮮烈さは健在だ。特殊な世界設定ゆえにややわかりづらい箇所もあるが、登場人物たちが抱える“どうしようもない葛藤”や“報われない想い”をストレートに掘り下げる姿勢は従来の岡田節そのものであると感じた。
終盤、五実を現実世界へ送り返すべきか否かをめぐり、町の人々は意見を二分する。ずっと変わらないこの世界で暮らしてきた住民たちの中には、「唯一の変化」である五実を排除してでも世界を保とうとする勢力がいる。一方で正宗や睦実は、「変化しようとしまいと、どのみち未来はないのではなく、一歩進むことにこそ意味があるのだ」と考える。ラストには町が崩壊していく中で、五実がひとり現実に帰る切なさと同時に、正宗や睦実が自分自身の人生をようやく選択できた晴れやかさが入り混じった独特のエンディングが用意されている。変化を恐れながらも手を伸ばし、たった一度の生を精一杯燃やそうとする姿勢には何とも言えぬ痛快さがあった。
最終シーンでは大人になった五実がかつての製鉄所跡を訪れ、あの町で過ごした日々を失恋の思い出として回想する。ここで描かれるのは「やりきれない切なさ」と「それでも続いていく人生」という同居しがたい2つの感情だ。タイトルに“まぼろし”とある通り、見伏の町の物語は半ば夢のようでもあるが、このラストは現実に踏み出した五実の姿をしっかりと映して、視聴後の余韻を強くしている。「もう二度と戻れない世界」と「これからも続いていく世界」の対比が非常にエモーショナルだったと感じる。
本作は「思春期の不自由さと希望」を強烈なファンタジーで包んだ物語だ。必ずしもわかりやすくはないし、どっしり重たいうえにエキセントリックな要素も少なくない。しかし、過程を丁寧に追えば追うほど腑に落ちる部分が増え、キャラクターたちの葛藤がより身近に迫ってくる。強烈な映像のインパクトと、静かに刺さるセリフの数々が合わさった新感覚の青春ファンタジーといえるだろう。気になる人はぜひ劇場で体感してみてほしい。
映画「アリスとテレスのまぼろし工場」はこんな人にオススメ!
本作は、不思議な世界観や一筋縄ではいかない恋愛模様、そして独特の痛みやノスタルジーを好む人には存分に刺さる作品だと思う。まず、ふわふわした学園ラブコメを求めている人には正直向かない。というのも、設定がかなりヘビーであり、ちょっとした閉塞感を抜けられない少年少女の苦悩が長めに描かれているからだ。だが、そういった“歪んだ世界”の中で繰り広げられる等身大の葛藤に興味がある人にとっては、かなり魅力的だといえよう。
あとは、感情表現が濃厚なアニメを観たい人にもおすすめしたい。特に、キャラクターが涙を流す瞬間や、誰かに対する猛烈な嫉妬心が露わになるシーンなど、岡田麿里の脚本らしさが存分に発揮されている。“いつまでも変わらない世界”で過ごすことの意味や、そこで育つ淡い恋心、そして激しく揺れ動く自我を丹念に描いているので、キャラクター同士の衝突や感情移入に重点を置くタイプの観客にはおすすめ度が高い。少女漫画的な恋愛要素をアニメ映画の形で楽しむ感覚に近いかもしれない。
さらに、ファンタジーやSF的な演出が好きな人にも良いだろう。現実と地続きのはずが、いつの間にかまぼろしの世界に入り込んでしまったような不条理な設定が見どころになっているし、ひび割れた空と“狼の煙”などはアニメならではの迫力で表現されているからだ。荒唐無稽な世界が見たいのに加えて、そこに生々しい思春期の恋愛が混ざるのが好きという人にはうってつけといえる。痛みを抱えたキャラたちがもう一歩踏み出すために奮闘する姿を堪能したい人は、ぜひチェックしてみてほしい。
まとめ
「アリスとテレスのまぼろし工場」は、変化を拒まれた町で思春期を奪われた少年少女が、それでも恋や憧れを捨てきれず奮闘する物語だ。製鉄所の爆発事故が引き起こす奇妙な世界を通じて、本当の意味で生きることや愛することを問いかけてくる。
観ていると、目の前の行き詰まりを打ち破る勇気が湧いてくる反面、絶望を抱え込んでしまえばあっけなく姿を消してしまう繊細な人間ドラマも突きつけられる。MAPPAの手による迫力の映像美と、岡田麿里が得意とする熱量の高い感情描写が合わさって、本作ならではのインパクトを放っていると感じた。
時間が止まったような日々に悶々としている人や、心のうずきにフタをしがちな人こそ、この映画をきっかけに自分の“今”を見つめ直してみると新たな発見があるかもしれない。