映画「愛にイナズマ」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
かつてないほど刺激的な作品だと思って気軽に鑑賞を始めたが、途中からいい意味で裏切られた。映画「愛にイナズマ」は、松岡茉優が演じる折村花子が理不尽な業界に振り回されながらも、あきらめずに立ち向かう姿を描いた物語である。序盤こそ「こんな目に遭うのはちょっと気の毒すぎるだろう」と感じるシーンの連続だが、何が起きても負けない花子の生命力は見ていて妙に元気をくれる。
コロナ禍の空気感が残る世界観や、スレスレのタイミングで繰り出される会話に思わず苦笑いしてしまう場面も多い。しかし甘さはほとんどなく、身ぐるみ剝がされかけても立ち向かう主人公の勢いが物語を押し流していくのだ。
本記事では、その一筋縄ではいかない物語を激辛視点で振り返りつつ、「こういう映画がもっと増えてくれればいいのに」と思わせる、ほろ苦さと爽快さが入り混じった感想をたっぷりと綴っていく。
映画「愛にイナズマ」の個人的評価
評価: ★★★☆☆
映画「愛にイナズマ」の感想・レビュー(ネタバレあり)
本作を一言でまとめるなら、「どん底からはい上がろうとする者たちが、それでも人間味を失わずに悪あがきを続ける物語」である。主人公の折村花子(松岡茉優)は映画監督の夢を抱いて飛び込んだ業界で、いきなり資金も企画もゴッソリ奪われるという洗礼を浴びる。デビュー間近のはずが、プロデューサーや助監督に都合よく利用され、あっという間に監督降板。しかも、自身の脚本までも「こっちのもの」とされる理不尽さは見ているだけで胃が痛くなる。
もっとも、この映画がただの苦行シミュレーションに終わらないのは、花子という人物が底抜けにしぶといことにある。どれだけ落ち込んでも翌日には「やってやるぞ」と立ち上がる。さらに窪田正孝演じる舘正夫が物語を加速させる“突拍子もない風”として登場するのも見どころだ。彼はカメラを回すときも、花子を励ますときも、なぜか周囲とのテンポがずれている。それが独特の味わいを生み、「またこの男が何かやらかすのでは?」という期待を常に抱かせる。
そもそも、花子がどれだけ強くても、たったひとりで撮れる映画には限界がある。そのため、現状打破の助っ人として実家の家族に協力を仰ぐくだりが中盤の大きな山場だ。松岡茉優を中心とした家族メンバーが、佐藤浩市、池松壮亮、若葉竜也という顔ぶれなので「これ、本当に血のつながった家族という設定で合ってるのか?」と一瞬笑ってしまう。しかし、そのちぐはぐさが逆にドラマとして面白い。特に花子の父を演じる佐藤浩市は、いつもの渋い顔を封印して、あえて不器用な父親像を全面に押し出している。そこに池松壮亮の頼りになりそうで全然ならない長男と、妙に生真面目で蚊帳の外に置かれがちな若葉竜也の次男が加わり、奇妙な家族コミュニケーションが炸裂する。
さらに物語では、くすぶる不正や欺瞞を叩き割ろうとする猛々しさがある一方で、人が生きる上での切実な現実も容赦なく描く。作中に登場する俳優・落合(仲野太賀)は、作品への出演が決まったにもかかわらず、花子の監督降板に伴い、あっさりキャスティングを外される。彼のようにギリギリで踏ん張っていた人間は、ちょっとしたきっかけで奈落へ落ちてしまう。そこには救いの手が間に合わない。その場面の無力感とやるせなさは相当重いが、この描写が本作の核として「それでも生き抜く」ことの尊さを際立たせているように感じる。
一方で、決して暗いだけには終わらないのが不思議だ。窪田正孝が演じる正夫は本当に善人なのか、ただの風変わりな男なのか、観ている側は最後まで確信が持てない。しかし、それがかえってドラマを盛り上げる。雷雨の夜に正夫が花子のために通帳を差し出すシーンなど、普通ならキレイごとに聞こえそうな展開だが、演者の熱量と脚本の勢いが合わさると、不思議な説得力が生まれてしまうのだ。「本当にこんな人がいたら、ある意味ホラーかも」などと思いながらも、花子と正夫のあの雨の夜のやり取りにはどこか惹きつけられる。
そして物語は、父・治の病気、母の失踪、長兄と次兄のやっかいな事情を一挙にさらけ出しながら、それでも「家族とは何か」を投げかける。傷害事件の過去や母の最期の事実、家族の金銭トラブルといった生々しい話がゴロゴロ出てくるのだが、それでも食卓を囲めば大喧嘩になりながらも一応まとまる。そういうしぶとさは人間の業そのものであり、観ていてある種のリアルさを感じる。
印象的なのは、喧嘩のシーンがどれもやけに息が合っていることだ。互いの言い分を言い合って、どこかで突拍子もない方向に話が転がっていくテンポ感が心地よく、演技というよりアドリブ的な勢いも感じさせる。おそらく監督である石井裕也の狙いなのだろうが、観客が「こんなめちゃくちゃな家族、本当にいるのか?」と思わず吹き出してしまうような瞬間がたびたび訪れる。しかし、その背後には誰も触れたがらなかった深刻な事情が存在している。笑っていいのか、涙ぐんでいいのか、判断がつかなくなる微妙なラインを堂々と突き進んでいる印象だ。
終盤、家族全員が集まって詐欺行為を図ろうとしている輩にブチギレる展開は、痛快でもあり少し哀愁も漂う。正義を振りかざすほど立派な人間でもない彼らが、「自分たちが許せるかどうか」を判断基準に一斉に動き出すのである。決して派手なアクションシーンではないが、ブチギレるときの勢いは妙にリアルで、客席から見ている側としては「そんなに体張って大丈夫か?」と心配になりつつ、一緒に拳を握りしめたくなる。
そして最後には、家族の過去の痛みを受け止めながら前へ進もうというメッセージがさりげなく提示される。失ったもの、二度と戻らないもの、もう取り返しがつかないものだらけでも、それでも大事な人や夢の記憶を何とか未来へ繋げるために動き出す姿には胸を打たれる。劇中で花子が自分の脚本を「消えた女」から「消えない男」に書き換える決意をするところも示唆的だ。誰かを探し求める話から、自分たちが消えそうでもしぶとく生き続ける話へとアップデートするようにも感じられる。
監督・石井裕也の演出は、今回も会話劇の妙が光っている。さらに、一見あり得ないくらいの展開が連発するのだが、役者陣がそれぞれ強烈な存在感を放つおかげで不思議とリアリティを帯びてくるのだ。古臭い業界体質への怒りや、コロナ禍による不自由さ、そして弱い立場の人間が声を上げにくい社会構造など、重苦しい題材をぎゅっと詰め込みながら、最後には前向きなエネルギーを生んでくれる作品である。
個人的に激辛視点で言うならば、「そこまでするなら最初からもっと戦えばいいのでは?」と感じる場面もあるし、強引な展開だって一部ある。しかし、それを超える情熱の押し出し方が魅力だ。ご都合主義といえばそうかもしれないが、そもそも映画は夢の産物でもある。現実のあらゆる理不尽をそのまま飲み込んだ先に、小さな奇跡でもいいから一矢報いる物語があってもいいのではないだろうか。本作はそうした希望をぎゅっと抱えているのだと思う。
松岡茉優のエネルギッシュな表情、窪田正孝の時々奇妙なほど純粋なアクション、佐藤浩市や池松壮亮、若葉竜也らの力任せのぶつかり合いなど、見応えは十分。観客を選ぶかもしれないが、胸にズンと刺さる何かが確実に残るはずだ。激辛な部分もあるが、それでもなお観る価値があるという点で、評価としては星3つ。多少の無茶苦茶も含め、「むしろこの熱っぽさが、いまの時代に必要かもしれない」と思わせる一作である。
映画「愛にイナズマ」はこんな人にオススメ!
この作品は、敗北を経験しても「それでも殴られっぱなしでは終われない」と考えるタイプの人に強く勧めたい。夢を目の前で踏みにじられたとき、それでも起き上がってやり返そうとする主人公の姿は、心に火をつけるものがあるだろう。加えて、自分の境遇を嘆きながらも笑ってしまうようなノリが好きな観客にもハマるはずだ。あまりにも真面目な人だと「少し行き過ぎじゃないか?」と戸惑うかもしれないが、逆にそのぶっ飛んだエネルギーが癖になるという声もありそうだ。
また、家族の厄介さと温かさを同時に感じ取れる人にもおすすめである。離れて暮らしていた家族が久々に再会するとき、たいていは面倒な問題が浮き彫りになるものだ。ところが本作では、その面倒くささを正面から受け止めながらも、最後には「それでも一緒にいたい」というむずがゆい絆が見えてくる。ここに強く共鳴できる人はかなり多いのではないかと思う。
さらに、業界のしがらみや社会の不合理にうんざりしながらも、「創作」に少しでも希望を感じる人にはピッタリだ。映画作りの楽しさや、それを取り巻く腐敗した空気が同時に描かれているので、リアリティのある苦味が体験できるだろう。何でもきれいに収まるわけではないが、「それでも作品を生み出すことには意味がある」という力強いメッセージも感じられるため、モチベーションを高めたい人にもお薦めしたいところだ。
まとめ
映画「愛にイナズマ」は、理不尽や失意、そして裏切りが次々と降りかかってくる展開にもかかわらず、「それでも人は前に進める」と思わせてくれる作品である。夢破れた仲間の姿や、家族とのすれ違い、さらに業界の不条理など、普通なら息が詰まりそうな素材がゴロゴロ転がっているのに、視聴後には妙なすっきり感を味わえるのだから不思議なものだ。実際のところ、ちょっと勢いが良すぎて「さすがにこれは無理があるだろう」とツッコミたくなる瞬間が皆無ではない。
しかし、それすらもこの映画の勢いに巻き込まれて心地よい混沌に変わるのだ。いわば、辛さを覚悟して食べた激辛料理が意外とクセになるような感覚に近い。人生に疲れかけたとき、こんなドタバタでも熱い物語に触れることで、「もうちょっと踏ん張ってみるか」と思えるかもしれない。観終わった後に生まれるこの独特のパワーこそが、本作の最大の魅力である。