映画「とんび」公式アカウント

映画「とんび」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

本作は、阿部寛演じるガサツで不器用な父親が息子を育てる過程を描いたヒューマンドラマでありながら、昭和の懐かしい情景や地域全体の人情味がふんだんに盛り込まれた作品である。私自身、初めて映画館で鑑賞したときは序盤から泣き笑いが止まらず、この父と子をめぐる物語にすっかり心を持っていかれた。

シングルファーザーとして一生懸命頑張る父親の姿は、それだけで涙を誘う要素が満載だが、本作はさらに人々の優しさや地域社会の温かいサポートという“昭和的家族観”を全力で描ききっている点が特徴的だと感じた。

時代設定は昭和から平成、そして令和へと移りゆくが、その懐かしくも暑苦しいほどの愛情表現が、このご時世にはむしろ新鮮でもある。何かと都会的になりがちな日本映画の中で、この作品は見事に田舎や下町ならではのにぎやかさを再現していて、まるで観客にも“近所の面倒見のいいオジちゃん、オバちゃん”ができたように思わせてくれる。

そんな豪快な父と彼を取り巻く人々の姿をレビューしていきたいと思う。泣きたい人も笑いたい人も、映画「とんび」の世界観にどっぷり浸かってほしい。

映画「とんび」の個人的評価

評価: ★★★☆☆

映画「とんび」の感想・レビュー(ネタバレあり)

父と子の物語というのは日本映画の定番中の定番だが、映画「とんび」は“定番”のさらに上を行くディープな親子ドラマだと感じた。とにかくヤス(阿部寛)が不器用すぎるので、観ているこっちがハラハラして「頼むからもう少し落ち着いてくれ!」と叫びたくなる。そんなヤスの育児ぶりは、現代的な感覚でいえばツッコミどころ満載なのだが、どういうわけか最後には「こういう親父もアリかもしれんな」と思ってしまうところに本作の魔力がある。

ヤスはトラック運転手として日々の糧を稼ぎ、妻の美佐子(麻生久美子)と可愛い息子アキラを支えていた。しかしある日、不慮の事故で愛妻を亡くすという最大級の悲劇がヤスの人生を襲う。しかも、まだ幼いアキラにとってその記憶は曖昧であり、彼自身も母の死をくわしく知らない。ヤスは母親不在の中でアキラを立派に育て上げることを誓うが、そもそも自分自身が親から捨てられた過去を持っており、“理想の父”としてのロールモデルがない。そんなヨレヨレの状態から始まる子育ては、正直言って失敗と反省と開き直りの繰り返しである。

だが幸いなことに、ヤスには愛すべき仲間や近所の人々がいた。寺の跡取り息子・照雲(安田顕)やその家族、小料理屋の女将・たえ子(薬師丸ひろ子)など、一癖も二癖もある面々が常にヤスとアキラを見守り、時には叱り、時には笑わせて支えてくれる。あまりにもお節介なくらいに首を突っ込んでくるのだが、これがまた昭和のコミュニティの“濃さ”そのもので、見ていてほっこりすると同時に、こんなご近所付き合いが今もあれば嬉しいのになあと羨ましくなる。

ヤス自身は豪快でガサツ、口は悪いし手は早いが、心根は人一倍熱い。家族を守るために体を張るし、息子の将来を案じれば一見突き放すような言動も辞さない。一方アキラは優しく穏やかな性格で、父とは正反対。頭も良く、やがては早稲田大学へ進学して東京で就職する。これがまさに「とんびが鷹を産んだ」というわけだが、ヤスとしては誇らしい半面、息子が遠くに行ってしまう寂しさもひとしお。だけど不器用な親父は本心を素直に伝えられないから、「おまえが行きたいなら勝手に行け!」「こっちから連絡はしない!」なんて乱暴なセリフを吐いてしまう。言葉だけ聞けば愛情の対極にありそうだが、その実、大事な息子を巣立たせるために必死で突き放しているのが伝わってくるから憎めない。

ただ、本作の最大のポイントは美佐子の死の真相とヤスの“優しい嘘”である。仕事場を訪れた母子のアキラが偶然起こしてしまった荷崩れ事故。間一髪、母が身を挺してアキラをかばい、そのまま息を引き取ったという真実。それを幼いアキラには「父のヤスを助けようとして亡くなった」と伝えることで、子どもの心の負担を少しでも軽くしようとした父の愛。その深さが切なくて、泣きポイントを2倍3倍にもしてくれる。

アキラが成長し、ついに“母の死”の真実を知るとき、親子の関係は大きく揺らぐ。もちろんアキラには怒りや戸惑いもある。「なぜ嘘をついていたのか」と詰め寄りたくもなる。しかし、ヤスがあくまで自分の身が悪者役になることで、息子の罪悪感を消し去ろうとした親心を理解する瞬間、涙腺崩壊どころではない。それまで「口より先に手が出る不器用なオッサン」と思っていたヤスの献身に、こちらも心をわしづかみにされるわけだ。

さらに、アキラが社会人になって結婚を決めた相手が“7つ年上のバツイチ子持ち”ときた日には、ヤスのオロオロっぷりが加速する。別に悪い話じゃないし、本人たちが幸せなら文句はないはずだが、親にしてみれば突然のビッグサプライズ。とはいえ、突拍子もない展開に頑固オヤジの感情メーターはオーバーヒート寸前だが、これもまた照雲や女将らが巧みにサポートしてくれる。強烈にぶつかり合いながらも、最終的にはヤスが「この人なら息子を預けても大丈夫だ」と思えるようになるプロセスは、本当に昭和の頑固親父そのままで滑稽なのに、じんわり感動させられるからズルい。

そして極めつけは、照雲の父・海雲和尚(麿赤兒)の“名言シリーズ”である。亡くなった美佐子の代わりに子どもの背中を温めてやることの大切さや、海のように大きな器を持つ父になれという説法は、説教くさくはあるがどこか優しく胸に染みる。この辺りの会話劇は、今どきの作品が失いがちな泥臭い人情と熱さを真正面から出しており、苦手な人もいるかもしれないが私は大好物である。

ただし、映画「とんび」は良くも悪くも“昭和全開”である。つまり、現代の視点で見ると「こんなノリ、ちょっと古いかも」「さすがに暴力的すぎる」と感じる場面があるのも事実。ヤスの喧嘩のシーンや、なんでも大声で解決しようとする展開は、コンプライアンスにうるさい今の時代には合わない面も多いだろう。そもそもヤスが実際に身近にいたら、絶対に好きにはなれんタイプかもしれん。しかし、それを含めて“昭和らしさ”を全力で描ききっているのが本作の魅力であり、ある種のファンタジーでもある。私なんて、こんな親父は困る!と思いつつも、「阿部寛が演じているから許せる」という謎の説得力で最後まで観られた。

俳優陣の演技力はどれも素晴らしく、特に阿部寛のガサツな男を演じさせたら右に出る者はいないんじゃないかと改めて感じた。表情の変化や間の取り方が絶妙で、時にはほとんどギャグと化すくらいのオーバーリアクションでも“演技しすぎ”にならないのが不思議だ。脇を固める安田顕や薬師丸ひろ子も、キャラクターとしての濃さを落とさず、それぞれの人生観や愛情をしっかりと見せてくれる。北村匠海のアキラは控えめながらも芯の通った好青年像をリアルに体現し、“ヤスとは真逆なのに血がつながっている感”を巧みに表現していたのが印象的だ。

物語の終盤では、歳を取ったアキラや孫たちの描写も登場する。正直、老人メイクのリアリティやそこまで描く必要があったのかなど、賛否の別れる部分はあるだろう。だが一連の流れを観るうちに、ヤスの人生がどう着地したのか、アキラが父親から受け継いだものとは何なのかを知る意味では、あのエピローグも悪くはないのかなと思う。いかんせんベタで蛇足感がゼロとは言わないが、ここまで泥臭く攻めたのなら徹底的に“とんびの洗礼”を受けるのも一興である。

このように、映画「とんび」はガサツな父と優しい息子の絆を最大限に味わえる作品でありながら、同時に“地域社会”や“みんなで子どもを育てる”という昭和テイストを存分に感じさせてくれる。現代社会で忘れがちな人とのつながりや、親父と息子がぶつかり合いながらも本音をぶちまける大切さが、全力で描かれているところが何よりの魅力だ。ストーリー展開はある程度予想できるし、演出はややオーバーかもしれないが、それこそが本作の良さであり、気取らない“ど真ん中の日本映画”として成立していると思う。

激辛レビューと言いつつ、私は結局ほぼベタ褒めなところがあるのだが、それくらい心に刺さる物語ということ。もしも「父親像にうんざり」「昭和の暑苦しさは勘弁」という人は注意が必要だが、「濃厚な人情ドラマで思いっきり泣きたい」「時に大笑いしながら温かい気持ちになりたい」という人にはドンピシャな一本になるはずである。タイトルどおり、親子の絆を大空に舞うとんびのようにダイナミックに、そして優しく描いた映画「とんび」。もしかすると、鑑賞後には自分の親に「ありがとう」と言いたくなったり、子どもを持つ人ならますます我が子を抱きしめたくなったりするかもしれない。そんな尊い余韻を与えてくれる点でも、十分に観る価値がある作品だと思う。

映画「とんび」はこんな人にオススメ!

映画「とんび」は、不器用だけど愛情深い父と、その父からの愛情を受け継いで成長していく息子の物語である。昭和的な香り漂う人情ドラマが好きな人にはドンピシャで刺さるし、いわゆる“お涙頂戴”ものに弱い人は開始20分でハンカチの用意が必要だろう。とはいえ、ただ泣かせるだけでなく、コメディ的な要素もふんだんに織り込まれているので、笑いと涙のバランスが絶妙なエンタメ作としても機能している点が魅力だ。

また「近所づきあいなんてめんどくさい」と思っている都会育ちの人にこそ見てほしい。なぜなら、本作に出てくるご近所のオジちゃんオバちゃんの過剰なまでのお節介は、今では逆に新鮮で、こんな人情交流があれば子育ても楽になるんじゃないかと気づかされるからだ。これから子どもを持つ予定の人や、現在進行形で子育てに苦戦している人にもぜひオススメしたい。親だけでは抱えきれない悩みも、地域や友人たちの力を借りれば何とかなるものだし、それが家族を超えた“第二の家族”になる可能性を示してくれる作品でもある。

さらに、昭和のノスタルジックな雰囲気を味わいたい人や、阿部寛、安田顕、薬師丸ひろ子といった実力派俳優陣の演技を存分に堪能したい人にも見逃せない一本である。とにかく阿部寛の“昭和親父”っぷりはハマり役すぎて、これ以上ないほどイキイキとした彼の姿が拝める。長身イケメン俳優がここまでガサツキャラを愛らしく仕上げられるとは驚きだ。そんなわけで、“お節介は大嫌い”と言いながらも家族愛に飢えている人、“イケメン×不器用”というギャップ萌えを楽しみたい人、そして単に思いっきり泣きたい人、笑いたい人すべてに推奨できる映画が「とんび」だと思う。

まとめ

映画「とんび」は、昭和の香り満載の熱いヒューマンドラマでありながら、シングルファーザーの親父と息子の絆をバランス良く笑いと涙で見せてくれる名作である。ガサツで喧嘩っ早いヤスが、一人で子どもを育てるのは一筋縄ではいかないが、周囲のサポートと自分なりの不器用な愛情表現によって息子のアキラはしっかり成長していく。その過程で見えてくるのは、単なる父子の物語にとどまらない“地域コミュニティ”の温かさや、人と人とのつながりの大切さだ。

もちろん、「そんな偶然あるか?」「いまどきの感覚とは違う」と思うところもあるかもしれないが、むしろその“ちょっと古臭い”部分こそが映画「とんび」の魅力といえる。観終わるころには、頑固親父の暑苦しい愛情が恋しくなったり、自分の親子関係を振り返りたくなったりするはずだ。人生で大切なものは何か、家族とはどうあるべきかを、ひたすら泥臭くストレートに問うこの作品に、あなたも一度ぶつかってみてはいかがだろうか。あのヤスが見せる必死の愛情が、思わぬ形であなたの心を揺さぶるかもしれない。