映画「言の葉の庭」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
本作は新海誠監督が手掛けたアニメ映画でありながら、上映時間が40数分とやや短め。それでも不思議と物足りなさを感じさせず、むしろ「もっと見たい!」という欲求を刺激してくる稀有な一本である。筆者はどちらかといえば“心にガツンとくる系”の映画を好むタイプだが、この「言の葉の庭」は静かに染み入る繊細な物語でありながら、心の隅々をまさぐるような余韻を残してくれるという点で侮れない。
ただし、いわゆるファンタジー的な要素や派手なアクションを期待すると肩透かしを食らう可能性があるので要注意。基本的には新宿御苑や雨の日の日本庭園が舞台となるため、視覚的には癒やし系の映像美が楽しめる一方、物語の軸はごくごく身近で地味な人間ドラマに寄り添っている。そう聞くと「なんだ、それだけ?」と思うかもしれないが、そこは名匠・新海誠の手にかかるとただの雨粒ですら宝石のように輝くから不思議である。
「言の葉の庭」の感想を語るうえで外せないのは、その背景描写のクオリティの高さと、登場人物たちの心の機微を、天気や季節の移ろいと絶妙にリンクさせて表現する演出力だ。梅雨のしっとり感や、夕立の刹那的な勢いが、キャラクターの感情にシンクロするかのように重なり合い、鑑賞後に「ああ、雨の日って悪くないかもな」と思わせてくれるのがこの作品の面白いところ。
とはいえ全体的には静かに進行するドラマゆえ、人によっては「ちょっと地味」「あまり盛り上がらない」と感じるかもしれない。筆者的にはその地味さこそがリアリティを生み出し、繊細な“人との距離感”を描くことに成功していると評価している。さあ、ここからはさらに突っ込んだネタバレ全開で「言の葉の庭」のレビューをしていこうと思う。
映画「言の葉の庭」の個人的評価
評価: ★★★☆☆
映画「言の葉の庭」の感想・レビュー(ネタバレあり)
さて、「評価:★★★☆☆」とした理由を大いに語る前に、まずは「言の葉の庭」における物語の概要をざっくり振り返ってみよう。主人公の秋月孝雄は15歳の高校生で、靴職人を目指しているという設定。雨の日の午前中だけ学校をサボり、いつもの新宿御苑で靴のデザインをスケッチするのが彼の日課だ。一方、ヒロイン的存在として登場するのが、謎めいた大人の女性・雪野百香里。彼女は朝っぱらからビールを飲みながらチョコレートを食べるという、なかなか風変わりな人物である。
そもそもの出会いは「雨の日の新宿御苑」で偶然に同席したことから始まる。互いに名前も知らないまま、雨の日が来るたびに同じ東屋で顔を合わせ、ほんの少しずつ言葉を交わす。ここで重要なのは、二人が「奇妙な距離感」を保ったまま、決して恋愛一直線にならないところ。いわゆる“一目惚れ”や“運命的な出会い”という恋愛ファンタジーではなく、むしろ寡黙で、曖昧で、空白が多い関係性がゆったりと進行していく。そのため、観る側としても「これ、どこに向かっていくんだろう?」という一種の不安と期待が入り混じった状態にさせられるのだ。
しかし、実は雪野が高校の教師(しかも秋月が通う学校の教員)だったという事実が判明すると、物語は一気に加速する……かと思いきや、意外にそうでもない。むしろ静かに、そしてある種の痛々しさを伴って展開していく。雪野は生徒とのトラブルをきっかけに心を病み、学校に行けなくなっていた。そこに秋月がまるで“救いの雨”のように降ってきた――と言えなくもないが、逆に言えば秋月だって雪野との出会いによって、自分の夢や将来に対する自信を失いかけたり、思春期特有の不安定さが増幅したりする場面もある。
こうした二人の関係は、通常のラブストーリーなら「教師と生徒の禁断の恋」なんていう大仰な設定に盛り上がりそうなものだが、本作ではそこをギラギラ描かず、あくまで“雨の日の偶然の出会いが織り成す小さな世界”として扱っている。そんな控えめな距離感がかえってリアルで、観る側としても「こんな風に誰かと出会って、心がちょっとだけ揺れ動いた経験、あるかもしれない」と感じてしまうわけだ。
一方で、本作の真骨頂といわれる背景美術や光の表現はどうだろうか。筆者が最初に「言の葉の庭」を観たときは、「ちょっと待て、これ作画じゃなくて実写を加工しただけなんじゃないのか?」と疑ったほどのリアリティに驚いた。雨粒が池の水面を叩く瞬間や、木々の葉に落ちる水滴のきらめきが、目を奪うレベルで美しく表現されている。これに対しては賛否あるだろう。「ここまでリアルな背景なら、もう実写でいいんじゃない?」という声もあるかもしれない。しかし新海監督の作品においては、あくまで背景はキャラクターの心情を写し出すための“鏡”として機能しており、そこにこそアニメならではの価値がある。たとえば雨の描写一つ取っても、秋月と雪野の微妙な心の距離が近づくように感じる時には雨が優しく、すれ違う場面では雨音が冷たく感じる――そんな視覚的・聴覚的演出はアニメだからこそ成り立つのだ。
また、声優陣の演技にも触れておきたい。秋月孝雄を演じる入野自由は、少年らしい素直さと大人びた部分を両立させた声のトーンが絶妙。雪野百香里役の花澤香菜は、普段はどちらかというと可憐で明るい役のイメージが強いが、本作では内に秘めた憂鬱や苦悩をかすかな声色の変化で表現しており、なかなかの名演技である。特にクライマックスでの感情の爆発シーンは必見。言葉にならない叫びや嗚咽がリアルで、作品の“静”と“動”のコントラストを一気に際立たせている。
もっとも、筆者が「言の葉の庭」をレビューする上で一番引っかかったのは、やはり物語の尺の短さだ。約46分というコンパクトな中でしっかりと山場を作り、登場人物の背景をある程度描ききっている点は評価に値する。しかし、「もう少し二人の関係の変化を丁寧に観たかった」「雪野が抱えている問題を、あと一歩だけ深掘りしてほしかった」と感じる人も少なくないだろう。場合によっては、この物語の純粋な部分が逆に物足りなさにつながる可能性がある。そこが本作の難しいところで、雨上がりの清涼感を味わうようなラストに好感を持つか、「あれ、もう終わり?」と拍子抜けするかは、鑑賞者の感性次第といえよう。
そうは言っても、本作の見どころは何といっても“映像詩”とも呼ぶべき、美麗な背景と雨の演出にある。特に雨が上がった後の空気感は、画面越しにも伝わってくるほど鮮明で、映像の美しさだけでも十分に見る価値があると断言できる。いっそダイソンの扇風機でも動かして部屋の湿度を上げ、実際に雨の日の空気を再現しながら観ると、より没入感が高まるかもしれない。そういう意味では、どちらかというと大画面のテレビやプロジェクター、あるいは劇場上映が適している作品だと思う。スマホの小さな画面で見るのはちょっともったいないとさえ感じる。
それから、タイトルの「言の葉の庭」というフレーズにも注目したい。これは万葉集に由来する言葉遊びや、雨と日本語文化を掛け合わせた監督のこだわりが詰まっているらしいが、深く考えなくても「言葉にならない気持ちを、雨音や靴作りなどの行為を通じて少しずつ形にしていく」というテーマに繋がっているように見える。特に現代ではSNSやチャットで手軽にコミュニケーションできる反面、本当に大事な思いは言葉にならず、距離感が掴めず、天気みたいに移ろいやすい――そんなメッセージを感じ取れる人もいるだろう。
ところで、ここまでベタ褒めしているように見えるが、評価を「★★★☆☆」にした理由は、やはり“万人向け”とは言いがたい点にある。そもそも尺が短いわりにテーマが大人びており、年齢層によっては共感度合いに大きな差があるかもしれない。さらに言えば、ある程度人生経験を積んだ人でなければ、雪野の抱える教師としての苦悩や、人間関係の難しさ、社会からの逃避と再生といった要素にピンとこない可能性がある。逆に10代の若者が観ると、秋月の思春期特有のピュアな感情には共感できるものの、「そこまで深刻に悩むのもどうなんだろう?」と思うかもしれない。要するに、観る側の人生ステージや感性によって評価が大きく変動しそうな作品なのだ。
さらに言えば、新海監督特有の“もどかしさ”や“切なさ”が好きな人にはたまらないだろうが、「もっとハッキリした結末が欲しい」「濃厚な恋愛ドラマやファンタジーを求めている」というタイプの人には正直物足りないかもしれない。この絶妙なバランスが、新海誠作品の持ち味でもあり、好みが分かれるポイントでもある。だからこそ、筆者的にはこの作品は“飄々と雨音を楽しむような余裕を持った大人”か、“むしろ曖昧な関係性が好きな中二病的感性”を抱えた人に響くのではないかと思っている。
総じて言えば、「言の葉の庭」は短編的な枠組みでありながら、雨にまつわる風景美と繊細な人間模様で観る者の心をそっと刺激する作品だ。クセが少ないぶん、強烈なインパクトというよりは、じわじわと後から効いてくるタイプの映画といえるだろう。筆者はあくまで「★★★☆☆」という評価を下したが、人によっては「★★★★★」をつけたくなるかもしれないし、逆に「★☆☆☆☆」と一刀両断にする人もいるかもしれない。そのくらい好みが分かれそうな映画だが、一度は“梅雨の匂い”を味わうつもりで挑戦してみてほしい。
映画「言の葉の庭」はこんな人にオススメ!
まず大前提として、雨の日にわざわざ出かけたくなるような“ちょっと変わった性分”の人にはどハマりする可能性がある。普通なら「傘をさすのが面倒」「靴下が濡れるのが嫌」という理由で屋内に引きこもりがちになるが、「言の葉の庭」を観終わった後は「雨の日に外に出てみようかな」と思わせる魔力があるから面白い。
さらに、“新海誠ワールド”が好きな人には当然オススメだ。「君の名は。」や「天気の子」のように大々的なストーリー展開やポップな要素は少ないが、むしろ新海監督が本来得意としてきた静謐な映像詩の魅力が存分に詰まっている。本作を観てから「君の名は。」に戻ると、「そうか、新海誠はこんな地味で繊細な世界観も描けるのか」と再認識できるかもしれない。
また、心にちょっとした疲れやモヤモヤを抱えている人にも、この作品は意外な癒やし効果をもたらすと思われる。梅雨のじめじめ感をあえて堪能することで、逆に不思議とスッキリした気分になれるのが「言の葉の庭」の魅力。実際、登場人物たちはそれぞれ悩みや葛藤を抱えながらも、雨の中で少しずつ前を向こうとする。そんな姿を見ると、「悩みやすいのって自分だけじゃないんだな」と気が楽になるだろう。
さらに言えば、あえてものすごく派手な展開や激しいアクション、わかりやすいファンタジー要素を排除しているからこそ、都会の片隅で起きる日常的な奇跡を穏やかに味わいたい人にはピッタリだ。雨の日の憂鬱がいつの間にかエモーショナルな時間へと変化していくプロセスを楽しめるなら、きっと本作に愛着が湧くはず。
「言の葉の庭」を眺めていて気になった人、あるいは静かなドラマを好み、映像美を重視するタイプの映画ファンにはぜひオススメしたい。もちろん、梅雨の時期にしっとり浸りながら観るのもよし、真夏の猛暑日にクーラーを効かせて“涼しげな雨”を疑似体験するのもよし。自分のライフスタイルや気分に合わせて楽しんでみてほしい。
まとめ
「言の葉の庭」の感想を一言でまとめるならば、“短い上映時間に詰まった繊細な人間ドラマと美しい雨の世界”ということになる。決してド派手な演出や大きな事件が起こるわけではないが、そこにこそ新海誠作品らしさが凝縮されているとも言える。雨の日の憂鬱や孤独感を逆手にとったかのような静かな物語は、観る者にさまざまな感情を呼び覚ますだろう。
もっと激しいドラマを求める人にとっては物足りないかもしれないが、しっとりとした世界観を好む人や、映像美を楽しみたい人には十分すぎるほどの見応えがある。また、梅雨の季節に一度は観ておきたい日本アニメ映画の一つとしてもオススメである。実際に鑑賞してみると、あの独特の湿度感や雨音が不思議な癒やしをもたらし、気づけばもう一度雨の日に観返したくなる。ぜひ心のアンテナを研ぎ澄まして挑んでみてほしい。