映画「悪い夏」公式サイト

映画「悪い夏」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

本作は、北村匠海が主人公を演じるノワールサスペンスでありながら、社会保障の暗部や人間の業を濃厚に描いた一作である。汗ばむような夏の空気感と、泥沼にはまっていく人々の姿がじっとりと重なるため、観ているだけで肌にまとわりつく暑苦しさを体感させられる。タイトルに込められた“悪い”という言葉が示すように、登場人物たちは誰もが後ろ暗い一面を抱え、そこにつけこむ者とつけこまれる者が混在しているのが見どころだ。とはいえ重苦しいだけではなく、登場人物の掛け合いには妙な可笑しさも漂い、いつの間にか先が気になってしまう。見る者の価値観を揺さぶる展開が多く、普通の日常を送っていると想像しにくい闇社会の仕組みが生々しく描かれている点も興味深い。そうした暗い裏側を覗き見つつ、北村匠海演じる青年がいかにして破滅へと向かうのか、本編を最後まで見届けないと気が済まなくなるはずだ。

公務員という安定した立場から、あっという間に足元が崩れていく恐怖や、弱者を食い物にする悪辣な連中の策略などが盛りだくさんなので、夏の暑さも相まって汗だく必至の濃厚作品といえるだろう。果たしてその転落劇にはどんな結末が待ち受けているのか、最後まで目を離せない。

映画「悪い夏」の個人的評価

評価: ★★★☆☆

映画「悪い夏」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作は、生活保護受給をめぐる利権の闇と、そこに翻弄される公務員や受給者たちの滑稽さを描いた作品である。物語の始まりは、市役所の生活福祉課で働く主人公・佐々木(北村匠海)と、先輩職員の高野が抱えるある疑惑からだ。高野が生活保護を受けるシングルマザー・愛美に不当な要求をしているらしいという話が持ち上がり、同僚の宮田から真相を探るよう頼まれた佐々木は、しぶしぶ愛美の自宅を訪ねる。最初こそ愛美は否定的だが、実は裏社会の住人と絡んだ大きな“悪い企み”が動いているとわかり、佐々木はいつの間にか泥沼に足を突っ込んでしまう。

特筆すべきは、佐々木という男の転落ぶりだ。公務員として無難に働いていたはずが、愛美と関わるうちに彼女に思わぬ魅力を感じ、さらにヤクザまがいの金本らが仕切る貧困ビジネスの渦中に巻き込まれていく。もともと社会保障制度の実務に携わっていた分、彼は誰よりも生活保護のルールを熟知している。しかし、その知識が裏目に出る形で、金本らの不正に利用される展開はあまりに皮肉である。いつか誰かを救う立場にいた男が、自分を守るために悪事へ手を染めていく姿は、観ていて悲しくもあり、どこか妙な空気が漂っている。

愛美や金本、さらに金本の愛人・莉華、受給者仲間の山田など、周辺人物がそろいもそろって曲者だらけなのも見逃せない。金本は一見すると気さくにも見えるが、裏の顔は非情そのもの。金で転がせる相手は容赦なく転がし、ときに暴力をちらつかせるため、そこに住む者たちが逃げ道を失う様子は背筋が寒くなる。莉華や山田は金本の手下として働くが、彼ら自身もまた弱い部分を抱えているために逃げられず、負の連鎖に絡め取られている点が痛ましい。同じように愛美も、かつては男運のなさや生活苦が重なって風俗に流れ込んでしまったらしく、今さら後戻りできない現実と戦っている。娘がいるからこそ必死に生きたいのに、金本の脅しには逆らえず、佐々木をはめる計画に加担してしまうところが切ない。

本作の中盤あたりで、佐々木は愛美への想いから自分を見失い始め、それを巧みに山田らが利用する。もともと体のいい言い訳をして生活保護を受給していた山田は、金本の手下として違法薬物の運搬にも手を染める一方、愛美に色仕掛けをさせて佐々木を懐柔しようと策略を巡らせる。その悪巧みがじわじわと進行する様子は薄気味悪いが、同時に切羽詰まった人間たちの悲哀が色濃く描かれている。それぞれが自分を守ろうとしているだけなのに、絡み合った事情がまるで腐った沼のように誰もを逃がさない。読んで(観て)いるときは胸糞悪いのに、どこか妙な滑稽さがあるあたりが本作の癖になる部分だ。

そして後半になると、佐々木は薬物に溺れ、完全に操り人形のような状態に陥ってしまう。一時は高野を脅していた金本だが、その高野が辞職して姿を消したため、ターゲットを佐々木に絞り、役所への影響力を手に入れる。佐々木のケースワーカーとしての権限を利用して、不正受給を求める連中を大量に通そうと目論むのだ。佐々木は内心そんなことを望んでいなくても、薬物のせいで正常な判断ができない。そればかりか、わずかに残っていた正義感を打ち砕くような出来事まで重なり、彼は完全に人生を見失う。普通の市民だった佐々木が崩壊していく姿は痛々しいが、本作が「悪い夏」と呼ばれるゆえんを強く感じさせてくれる。

一方、愛美は娘との暮らしを守りたい気持ちを捨てきれず、佐々木の思いと金本の要求の板挟みに苦しむ。結果として大きな衝突が起こるのだが、この場面のカオスっぷりは圧巻である。高野までもが妙な形で乱入し、宮田も加わり、さらには金本が大暴れ。誰が誰を裏切っているのか、誰が味方なのかが一瞬わからなくなるほど入り乱れる。雨なのか汗なのか、とにかくべとつくような空気の中、疲れきった人々が欲望や恐怖をむき出しにするクライマックスには、陰鬱さを超えたある種の迫力がある。ここまで来ると、もう笑うしかないといった境地に達してしまう。

そして最後に待ち受けるのは、決して明るいとは言えない結末だが、むしろ本作のテーマに沿った苦々しい余韻がしっかり残る。社会的弱者を保護するはずの制度が、裏を返せば悪意ある者たちに利用されてしまう現実。さらにそこには、公務員という堅い立場の人間すらも巻き込んでしまうだけの強大な闇が潜んでいる。弱さを抱えた人間はあっという間に飲み込まれていくという恐ろしさを、佐々木の転落と愛美の追い詰められ方が生々しく示している。

その一方で、登場人物同士のどこかコミカルな掛け合いは不気味な明暗を際立たせ、まるで沼に沈んでいくのにニヤリと笑っているような、不思議な魅力を放っている点が印象に残る。

北村匠海はこれまで多彩な役柄を演じてきたが、本作では真面目さゆえに追い詰められ、知らないうちに薬物中毒へ陥るという難しい役を熱演している。特に中盤から終盤にかけての表情の変化は見ものだ。愛美役の女優、金本役の役者なども個性派ばかりで、そろいもそろって“ワル”になりきる姿が妙に迫力を放つ。市役所やアパートといった日常的な舞台が、最終的には地獄絵図と化す展開は、観ている側の感情を強く揺さぶるだろう。炎天下のアスファルトにへばりつくような湿気感と、ネオンがちらつく夜の陰惨さが入り混じり、その混沌こそが本作の最大の魅力だといえる。

どのシーンも人間の打算と弱さがにじみ出ており、すっきりしたカタルシスよりも、「なぜここまで拗れてしまうのか」という苦さが染み渡る。これを面白いと感じるか、後味の悪さが際立つと感じるかは人それぞれだが、ひとつの刺激的な体験になることは間違いない。真夏の暑さが似合うし、むしろエアコンをがんがんに効かせて観たほうが背筋に寒いものを感じられるかもしれない。いずれにせよ、普通の人生では経験しないような“暗い深み”を堪能できる作品だ。煮え切らない人間同士が絡み合い、最後には破滅が待ち受ける。そこにある種のリアリティを覚えるのも、本作ならではの怖さである。

本作を観終わったあとは、生活保護や社会保障について改めて考えさせられるはずだ。誰かが人を救うために作り上げた仕組みが、別の誰かにとっては資金源となる。そこには善意もあれば悪意もあり、人間社会の複雑さを痛感させられる。感想としては、「恐ろしいけれど目が離せない」というのが率直なところだ。北村匠海の壊れ方、そして周囲の登場人物たちが織り成す負の連鎖を目撃すると、なんとも言えないむなしさが残るが、妙にクセになる化学反応をも巻き起こしている。この点こそ、本作がただの社会派サスペンスに終わらない理由だと感じる。

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映画「悪い夏」はこんな人にオススメ!

まず、社会保障や生活保護の現状に興味がある人に勧めたい。市役所勤務のケースワーカーを主人公に据えたことで、普段は見えにくい公務員の“裏側”が克明に描かれているからだ。「こんな事件はそうそう起こらないだろう」と思いつつも、どこかで耳にしたような話が織り込まれているため、単なるフィクションとも割り切れない緊張感がある。

また、ダークな人間ドラマを好む人にとっても満足度が高い作品だといえる。弱者が弱者のまま踏みにじられ、強者がさらに力を振るっていくという構図がありつつ、誰もが問題を抱えているため単純な善悪の区別がつかない混沌がある。その歪んだ人間関係が一気に煮詰まる終盤のカオスには圧倒されるはずだ。

さらに、俳優たちの“攻めた演技”に興味がある人にもおすすめできる。北村匠海の普段のイメージを覆す崩れ落ち方や、脇を固める役者たちの怪演ぶりは見応えがある。まるで地獄絵図のような空間で、汗や血が飛び交うクライマックスは容赦なく衝撃的でありながら、どこか斜め上をいく展開がまた強烈な印象を残すだろう。

こうした要素を総合すると、人間の闇や社会の盲点に興味がある人、あるいは主人公が転げ落ちていく物語をしっかり堪能したい人にはピッタリだと思う。一方で、極端に暗い内容が苦手な人にはやや刺激が強すぎる面もあるかもしれない。だが、一度ハマると抜け出せない独特の魅力があるので、覚悟さえあればかなり強烈な体験になるはずだ。

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まとめ

本作は、公務員が闇社会に巻き込まれるという筋立てだけでも十分に興味をそそるが、その中身は想像以上に重苦しく、しかもどこか滑稽味を帯びている。弱者を救うはずの制度が逆手に取られ、食い物にされる実態は恐ろしく、また主人公の純粋な思いが歪んだ形で利用されてしまう結末はやりきれない。とはいえ、そこには奇妙な魅力も漂っており、人間のどうしようもない部分を見せつけられつつも、最後まで画面にくぎ付けになる。

いわゆる快感を得られるエンターテインメント作品とは少し違うが、どうにも忘れられない熱気や生々しさを体験したいなら、観て損はないだろう。北村匠海が演じる青年がひと夏の間に崩れていく様子はまさに地獄めぐりであり、見終わったあとも頭から離れない。熱くて苦く、ひたすらに深い闇へと落ちていく夏の物語として、心に刻まれるはずだ。