映画「Cloud クラウド」公式サイト

映画「Cloud クラウド」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

本作は菅田将暉が主演を務め、黒沢清監督らしい不気味さと妙なリアリティが同居する作品である。まず最初に断っておくが、この映画は人を選ぶ。転売ヤーとして生きる主人公が放つ一筋縄ではいかない独特の冷たさ、そして彼が周囲に蒔く小さな悪意が不穏な連鎖反応を引き起こしていく。そこには、一見ただのホラーやサスペンスを超える深いテーマ性が詰まっている。観客は、主人公の業や社会の鬱屈した一面を容赦なく突きつけられ、その先に待つラストシーンは決して呑気な希望で締めくくられるわけではない。

本編では銃撃戦や裏社会の存在が浮き彫りになるが、同時に人間の内面に潜む怖さもあぶり出される。はたして正義とは何か、悪とは何か。心地よさよりも苦さが勝る一作ではあるが、それが妙にクセになるのも事実。ここから先は遠慮なく核心部分にも踏み込みながら、本編の魅力と恐ろしさに迫っていこう。

映画「Cloud クラウド」の個人的評価

評価:★★☆☆☆

映画「Cloud クラウド」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作の特徴は、主人公が社会的に言えばいささか後ろめたい「転売ヤー」である点にある。もちろん、法律ギリギリを攻めているわけではないし、本人としてはあくまで効率よく儲けたいだけなのかもしれない。しかし、そんな行為を当然のように続けていれば、いつか誰かの恨みを買う。その当たり前の事実を、主人公はあまりにも軽く見ていたように思う。物語の冒頭から見せつけられるのは、町工場で作られた医療機器を格安で買い叩き、高値でネット販売する主人公の姿。悪いとわかっていても、いや、もはや悪いという感覚すら曖昧になっているのかもしれない。そこにこそ、彼の罪深さが現れている。

周囲の人物たちもまた興味深い。工場長の滝本は一見人情味あふれる中年男に見えるが、主人公の行為を疑いつつも「おまえを管理職にしてやる」という言葉でつなぎ留めようとする。転売業を指南した先輩・村岡に至っては、「もっと儲かるスキームがある」と主人公を誘い出そうとする。恋人の秋子も最初は主人公を理解し支えるように見えるが、実は心の中にわだかまりを抱えている。それらの人間模様が、じわじわと不穏な形で結びついていくのが、本作の見所だ。

特に印象的なのは、主人公自身が他者への無関心を悪びれもせずに続けているところだ。彼は工場の仲間からの期待を真面目に受け取ることもなく、かといって裏社会の話に飛びつくわけでもなく、まるで誰の思惑も気にしない。自分ひとりで全部完結するかのような態度は、ある意味で冷酷そのものだ。要するに、彼は「人の感情を踏みにじるリスク」をまったく考えていない。ちょっとでも罪悪感があれば心は揺れるものだが、そういった動揺がほとんど見えないのが恐ろしくもあり、逆に言えば主人公を際立たせる要因にもなっている。

しかしながら、転売でラクに稼いでいるように見えても、やはり世の中はそう甘くない。少しずつ売れ行きが悪くなり、仕入れのハードルも上がってくる。そこで主人公は、より強引な手段に踏み込む。工場長や先輩がぼんやり抱いていた不信感も増幅し、いつしかネット上や現実世界で主人公に対する反感がうねりになって押し寄せてくる。まさに「集団狂気」のはじまりだ。本作はその描き方がえぐい。誰しもが薄暗い敵意を抱え、でも全員が実行に移すわけではない。その中でスイッチが入ってしまった者たちは、一気に暴力や復讐へと傾倒していく。その落差が強烈なのだ。

極めつけは、終盤の廃工場で繰り広げられる惨劇。ネット配信の形を借りて制裁を実行しようとする彼らの行為は、まさに「ネットリンチ」を現実に持ち込んだかのよう。誰かを痛めつけるのを面白がる者や、積年の恨みを晴らそうとする者が入り混じり、何が正しくて何が狂っているのか一瞬わからなくなるほど混沌としている。極端に言えば「主人公が悪い」と突き放すのは簡単だが、だからといって寄ってたかって命を奪うのが正しいわけではない。ここに来て初めて主人公は「やばい」と感じたようにも見えるが、それは自分の身が危険だからそう思っただけにすぎない。

そんな絶体絶命の窮地に現れるのが、地元の若者・佐野だ。彼は主人公に雇われたバイト仲間という立場だが、実は裏社会に精通しており、銃を扱える。ここで観客は「え、そんな展開アリなのか?」と驚くだろうが、この突飛さがまた本作の魅力だ。佐野は何の迷いもなく銃をぶっ放し、主人公に襲いかかる面々を次々と始末していく。人を殺すのにまったくためらいがない。ある意味、彼こそが「純粋な悪」の象徴とも言えるだろう。少なくとも、「恨みがあって殺す」というよりは「そちらが邪魔だから消す」くらいの無機質さすら感じる。

主人公もまた銃を手にし、自分を付け狙うかつての仲間や上司を撃ち殺していく。このあたりから空気感は完全に「地獄絵図」だ。誰が悪で誰が善なのかなんて話はもはや消え失せ、殺らなきゃ殺られる、という修羅場に雪崩れ込む。最後には、主人公を助けにきたはずの恋人・秋子までもが銃口を向けるシーンが待ち受けている。秋子が抱いていた怒りや恨みがついに表面化した格好だ。しかし、彼女の意気込みは佐野の一発であっけなく終わり、主人公は茫然と涙を流す。

では、佐野が主人公を助けた理由は何か。映画を観終わっても、その答えは観客の解釈に委ねられている節がある。彼は「転売の仕事さえ続けてくれればいい、他の汚れ仕事は全部オレがやる」と言い放つ。ここに「利益を一緒に得たいから助けた」みたいな合理性はあるかもしれないが、それ以上に、佐野の行動はどこか不気味だ。まるで最初から主人公を支配するための布石だったかのようにも見える。結果として、主人公は自分の意思で転売をやめる自由すら奪われてしまった。地獄に堕ちていく自覚をしながら、それでも止まることができない。その暗い未来を示唆しながら物語は幕を閉じる。

「Cloud クラウド」というタイトルに象徴されるとおり、本作は実体のないネットや、人々の潜在的な悪意といった目に見えにくいものをテーマにしている。転売という存在が、ネットを介して生産者と消費者の間を搾取するビジネスであることも含め、非常に現代的だ。さらに言えば、人々の中に渦巻くちょっとした嫉妬や妬み、ネットでの匿名攻撃などが、一旦火がつくとどんなに恐ろしい事態へ発展し得るかを見せつけられる。主人公は確かに自業自得かもしれないが、同時にこれは「どこにでもありそうな危うさ」でもある。誰もが加害者にも被害者にもなりうるという警告を突き付けられているようだ。

銃撃戦のシーンや血みどろの演出はショッキングだが、それ以上にゾッとするのは、そこに至るまでの人の感情の動きである。「こんなこと、現実にはないよ」と思いきや、ネットを軸にした小さな攻撃やバッシングは、実生活にも転がっているはずだ。見る人によっては、痛いくらいに刺さる部分があるだろうし、「自分もいつそうなるか」と考えると他人事ではない。そもそも、本作のキャッチコピーが「(君も)狙われている。」である以上、観客すべてがいつかはこの連鎖に巻き込まれ得るという不穏さが漂う。

本作を観終わったあとに残るのは、爽快感ではなく、ざらついた苦味だ。主人公が自分の行動を省みて泣き崩れるわけでもなければ、復讐に燃えた人たちが報われるわけでもない。ただひたすらに荒んだ現実を見せつけられ、最後には灰色の雲が垂れこめる空へ消えていく。そこにほんのわずかでも希望を感じるか、完全に闇落ちだと思うかは、人によって解釈が異なるだろう。ただ、黒沢清監督が描く世界観としては、非常にらしさを感じさせる終わり方だったといえる。

この映画の肝は、「悪意が可視化される瞬間の恐怖」と「無関心な人間が負う業」である。インターネットというクラウドの世界で巻き起こる小さな不満や非難、そしてそれをスルーし続ける姿勢は、実はちょっとした拍子で大きな火種になりかねない。そのことをエンターテインメントの形で提示したのが、本作の斬新さであり見どころだ。観る側が主人公に共感しづらいからこそ、自分の中にもあるかもしれない無関心や不遜をえぐり出されるような感覚になるのだろう。

「Cloud クラウド」は一筋縄では語れない。不条理さと不穏さに満ちており、転売屋という存在に抱いていた印象をこれでもかと深堀りしてくれる。同時に、ネットがもたらす集団心理の怖さや、自分自身がその標的になるかもしれない危うさも突きつける。主人公が果たして救いようのない人物なのか、あるいは大なり小なり誰しもが彼の要素を持っているのか。スクリーンに映し出される悲惨な結末を前に、観客は思わず自分自身を省みるだろう。そこが、本作最大の魅力であり、恐るべきところである。

こちらの記事もいかがですか?

菅田将暉さんの出演映画はこちら

映画「Cloud クラウド」はこんな人にオススメ!

まずは、人間ドラマや心理描写に興味がある人に勧めたい。転売を題材にしている以上、単に銃撃や暴力ばかりがメインではない。むしろ登場人物が抱える内面の闇や、小さな不満の積み重ねがいかに大きな災いに発展していくかが面白いところだ。そこにスリルやサスペンスを求める人なら、かなり刺激を受けるはず。さらに、社会問題に敏感なタイプや「ネット社会の闇」に興味を持っている人にもおすすめである。匿名の世界で行われるバッシングが現実に置き換わるとここまで怖いのか、というゾクッとする体験を味わえる。

また、主人公の非常識な行動にツッコミを入れながら観たい人にもピッタリだ。菅田将暉の演技が光るだけでなく、周囲の人物たちの思惑が絡み合う群像劇的な雰囲気があるため、観ている間じゅう飽きさせない。黒沢清監督作品が好きな人や、これまでのホラーやサスペンスを多く観てきた人にも興味深いだろう。悪意や不信がじわじわ広がっていく過程が丁寧に描かれるため、「次はどうなるんだ?」と先が読めない緊張感を楽しみたい方にも合う。

ただし、爽快感やわかりやすい勧善懲悪を期待する人には向かないかもしれない。主人公が悪いのは確かだが、だからといって周囲の仕打ちが正当化できるわけでもなく、もやもやした感情を抱えたまま観終わる人も多いだろう。そこを「考えさせられるから面白い」と感じる人にとっては、忘れられない作品になるはずだ。

こちらの記事もいかがですか?

窪田正孝さんの出演映画はこちら

 

まとめ

ざっと振り返ってみると、映画「Cloud クラウド」はひたすらに暗くて厳しい物語だ。転売に手を染め、周囲の思いを踏みにじる主人公が生み出す悪意は、やがて集団狂気に変貌し、暴力という形で返ってくる。

さらに、主人公を救うかに見えたバイト仲間・佐野は、彼以上に容赦がない。最終的に恋人までもが巻き込まれ、助かるかと思いきや銃弾が飛び交うラストシーン。通常のエンタメならカタルシスがありそうなところだが、本作は最後まで荒涼としたまま終わっていく。観ていて「ここまで救いがないと、さすがにしんどい…」と思う人もいるかもしれない。

それでも、現代社会に潜む見えない悪意や、ほんの小さな無関心が引き起こす恐ろしさをまざまざと体感させてくれるのが魅力だ。誰もが被害者にも加害者にもなりうるという事実を突きつけ、背筋が寒くなると同時に不思議な没入感が生まれる。気軽には勧めにくいが、強烈な一作であることは間違いない。