映画「室井慎次 生き続ける者」公式サイト

映画「室井慎次 生き続ける者」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!

一見すると、かつての刑事が地方で子どもを育てる話と聞いて「人情モノか?」と思いがちだが、フタを開けてみれば意外や意外。実は“踊る大捜査線”シリーズのスピンオフでありながら、あの刑事ドラマならではの熱さと妙な脱力感が入り混じった、不思議な作品になっている。しかも前後編でお目見えした結果、「こういう展開を待っていた!」というファンもいれば、「いや、これで本当に良かったのか…?」と首をかしげる向きも多そうだ。筆者としても辛口姿勢で観察するうち、「青島のいる世界観を背負う重みは、なかなかハードだな」としみじみ感じる作品だった。

特に今回、犯罪に巻き込まれた子どもたちを引き取る室井が、どんな思惑で新たな人生を選んだのか。その真意を探ろうとすると、彼の警察人生に背負った苦悩や義務感が見えてくる。同時に、秋田という土地での人付き合いの難しさや、旧知の人物の思惑も絡んで、見ごたえは十分。結末に至っては「まさか、そんな終わり方をするなんて…」と驚く人もいるはずだ。というわけで、以下では全体の流れや魅力、そしてなぜこんな物語になったのかを、余すことなく語っていこうと思う。

映画「室井慎次 生き続ける者」の個人的評価

評価: ★★★☆☆

映画「室井慎次 生き続ける者」の感想・レビュー(ネタバレあり)

本作を観終えてまず思ったのは、「こんなにも室井慎次の人生を深掘りするのか」という驚きである。シリーズでは“官僚的なキャリアのエリート刑事”という印象が強かった彼が、突然秋田に帰り、しかも犯罪に関係した子どもたちを引き取って育てている──そこだけを切り取れば穏やかな人情ドラマに見えそうなのに、実際は彼自身が長年抱え続けた葛藤や責任感がひしひしと伝わってきて、それどころか悲壮感さえ漂っていた。

そもそも室井が警察を退職した理由や、青島との約束を果たせなかった負い目を引きずっている点など、前作「敗れざる者」からして相当重たい。加えて本作では、彼が里親となったタカ・リク・杏の3人それぞれに切実な問題がのしかかる。タカは母を事件で失い、リクは父親の暴力を受け、杏は“あの猟奇殺人犯の日向真奈美の娘”という強烈な十字架を背負って登場する。いかにも複雑な下地を用意されているせいか、序盤からなかなか明るい話にはならない。特に杏が持ち込んだ“メス”の存在と、燃えた車庫の秘密が明かされるにつれて、「ここ、暗いトンネルを突き進んでないか…?」とハラハラするところだ。

ところが意外にも、この3人との共同生活こそが室井を救う大きな要素になっていたらしい。彼は不器用で言葉足らずだけれど、子どもたちが抱える苦しみに真正面から向き合おうとする。タカに対しては、被害者家族が抱える痛みを見据えながら「未来へ進め」と促し、万引きやいじめといった誰もが直面しそうな問題に対しても、決して目を逸らさずに接していく。リクが父に連れ戻されそうになったときも、ギリギリまでその人間を信じようとするし、杏には猟銃を撃たせるという大胆な方法で「人を守るための手段もある」ということを体感させるのだ。この展開にはド肝を抜かれたが、“室井流の応対”としてはアリなのかもしれない。

もっとも、ここが本作の難しいところでもある。室井はずっと優しそうに見えるが、同時に「そこまで世間知らずじゃないだろ」と思わせるシーンも出てくるのだ。秋田の田舎では村人とのコミュニケーションがうまくいかず、ある種の孤立を感じる場面が散見される。以前の彼なら冷静に立ち回れたかもしれないが、いまや退職して組織外の存在。事件の捜査に関わろうとするときも、本庁側から「一民間人の室井さんはどこまで介入するんですか」なんて釘を刺されてしまう。警察内部のしがらみと地元コミュニティのあつれき、その両方に足を突っ込んでいるあたり、「いや、これ相当しんどいでしょうよ」と同情せずにはいられなかった。

ところで、肝心の事件パートである“殺害された被疑者の遺体”がらみは、実にあっさりと解決してしまう印象がある。本庁の桜ら現役警察が東京で動き、室井はその裏をサポートする形だ。犯行の黒幕が例の猟奇犯・日向真奈美だったり、まさかの仲間割れが原因だったりと、劇中でさらっと語られる程度で深掘りはあまりない。ある種、この事件は本作がやりたい“子どもたちとの交流”を繋ぐためのフックに過ぎなかったといえる。それでも国見と室井の取調室でのやり取りは見応えがあり、室井が強いまなざしで「加害者の行為が被害者家族をどれだけ苦しめるか、わかっているのか」と迫るシーンは胸に来るものがあった。

だが、個人的にもっとも驚いたのは終盤である。リクの父親が再び里子を引き取ろうと暴れ出し、犬を吹雪の中に放り出してしまうのだが、室井はシンペイを救おうとしてひとり猛吹雪へ。予兆として狭心症の薬を飲んでいた描写があったとはいえ、まさかそこで力尽きるとは…。たしかに「生き続ける者」というサブタイトルからして、誰かの思いが受け継がれていく物語であることは予感していた。とはいえ長年シリーズを支えてきた室井が、こんな形で物語から退場するのは相当ショッキングだ。彼がやろうとしていた里親制度の夢は3人に引き継がれ、地元の人々も次々に室井の家を訪れ、後に残る“室井モデル”なるものを本部長となった新城が推し進めようとする。つまりタイトルどおり「室井は死しても志は生き続ける」とまとめたいのだろうが、観ている側からすれば「いや、もう少し室井の奮闘を見たかった…」という物足りなさがどうしてもある。

さらにラストシーン、あの青島俊作が秋田の家の前まで来るも、捜査の連絡が入り「戻ります」と去っていく場面は、ある意味最高のオチだろう。「室井との再会」は叶わなかったが、シリーズファンへのサービスとしてはわかりやすい。あの名曲が流れ始めた瞬間、観客の脳裏には初期の“踊る”の記憶が蘇るし、画面には「まだ続くぜ」というようなメッセージがドーンと出る。こうなると「踊る大捜査線」の今後は一体どうするのか、青島と新城、あるいはタカや杏ら若い世代も絡めるのか、気になるところだ。

ただ、本作をひとつの映画作品として捉えたとき、「前後編に分ける必要はあったのか」「室井の死を安易に描きすぎてはいないか」といった疑問も湧いてくる。どこかテレビドラマの延長線上にあるような作りに感じるし、事件パートの盛り上がりも薄い。とはいえ、ファンとしては「ああ、これが室井さんの物語か」と感慨深くなるし、最後に残された子どもたちの姿には妙に希望も感じてしまう。作り手がやりたかったのは“刑事もの”というより、“誰かが背負ってきたものをいかに誰かへ託すか”という人間ドラマなのだろう。青島と違う道を選んだ室井が、最後に命まで差し出して“未来の芽”を育てようとした。その尊さに打たれるか、あるいは「こんな終わり方ってアリかよ!」と怒るかは、たぶん観る人の価値観次第だ。

いずれにせよ、柳葉敏郎の迫真の演技を見るだけでも意味があると感じるし、タカやリク、杏といった若い俳優陣が見せる生々しい表情も注目ポイントだ。コメディ色とシリアス色が妙に混じり合う“踊る”らしさが懐かしく、同時に室井という人物が長らく抱いていたしこりに決着をつけるには充分なドラマかもしれない。腰を据えて観るつもりで臨むなら、一度体験しておいても損はないと思う。…もっとも、「やっぱり室井は生きていてほしかった!」と後で悶々とするかもしれないが。そう感じるのもまた、この作品が生み出す不思議な熱量ゆえだろう。

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映画「室井慎次 生き続ける者」はこんな人にオススメ!

一人の人間が、過去の責任と未来への責任のはざまでどんな決断を下すのか──そういったテーマに興味がある人には刺さる作品だと思う。特に、元警察官という肩書を捨ててでも守りたいものがある室井の姿に共感するなら、かなり味わい深いだろう。

また、子どもたちの生々しい感情や葛藤が描かれる点から、「子どもの心のケア」や「家族の再生」に関心を持つ人にも向いている。タカの失恋やリクのいじめ、杏の冷めたようでいて傷つきやすい部分など、思春期ならではの問題がリアルに表現されているため、親の視点からしても参考になる部分はあるかもしれない。一方で、シリーズおなじみのメンバーが顔をのぞかせるシーンもあるので、“踊る大捜査線”の流れを知っているとニヤリとすること請け合い。

もちろん、彼らを全然知らなくてもドラマとして楽しめるが、シリーズを追いかけてきた人なら「室井、そんな道を進んだのか!」と衝撃を受けつつも納得できるだろう。軽快さよりも切実さが強い作風ではあるが、要所にちょっとしたおかしみも散りばめられており、決して暗いだけの作品ではない。そういった意味で、シリアスな人間ドラマが好きな人も、かつての“踊る”の雰囲気が好きな人も、一度は観ておいて損はないと思う。

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まとめ

結局のところ、本作は“踊る大捜査線”という巨大な枠組みの中で、室井慎次という男の生き方に徹底的にスポットを当てた作品だといえる。子どもたちの問題を引き受けようとしたのは、責任感や償いの気持ちだけではなく、新しい生きがいを見出したかったからかもしれない。その結果、彼は壮絶な結末を迎えるわけだが、作中で語られるとおり“生き続ける”のは室井本人というより、彼が残した想いと行動そのものだ。タカやリク、杏、そして新城をはじめ秋田の人々が、室井の夢を具体的な形にしていくかもしれない。

観客としては「その次の物語はあるのか?」と想像を広げたくなるし、青島はこの先どう絡んでくるのかも気になるところ。シリーズの今後を占う上でも、非常に重要な一本だと思う。ネガティブな部分やダメ出しポイントも正直あるが、だからこそ語りがいのある作品だった。何かを背負った人間が踏ん張る姿を見届けたい人にはオススメしたい。

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