映画「劇場版TOKYO MER~走る緊急救命室~南海ミッション」の感想・レビューをネタバレ込みで紹介!
いやはや、本作の勢いは凄まじいの一言だ。
興行収入は前作を超える46億円を突破し 1、劇場に足を運んだ観客からは「泣ける」「感動した」との声が嵐のように吹き荒れている 3。
この社会現象ともいえる熱狂ぶりを前に、水を差すようなことを言うのは野暮の骨頂かもしれない。
だが、言わせてもらう。
この映画は、緻密に計算され尽くした「感動製造マシン」であり、観客を特定の感情へと導くための、極めて優秀なテーマパークのアトラクションなのだ
その完璧な設計思想の前では、物語の整合性やリアリティなど些末な問題として処理されてしまう。
本稿では、その圧倒的なスペクタクルの裏に隠された、巧妙すぎる仕掛けの数々を、愛憎を込めて徹底的に解剖していきたいと思う。
映画「劇場版TOKYO MER~走る緊急救命室~南海ミッション」の個人的評価
評価: ★★★☆☆
映画「劇場版TOKYO MER~走る緊急救命室~南海ミッション」の感想・レビュー(ネタバレあり)
まずは褒めよう。文句なしのスペクタクルと役者の熱演
最初に断っておくが、この映画の持つ熱量とスケール感は本物だ。
特に、物語のトリガーとなる諏訪之瀬島の火山噴火。
スクリーンを埋め尽くす噴煙、地を這う溶岩、降り注ぐ噴石の雨は、そこらのハリウッド大作にも引けを取らない、まさに圧巻の映像体験である 4。
IMAXで鑑賞すれば、地響きとともに心臓が鷲掴みにされるような感覚を味わえるだろう 4。
このVFXのクオリティは、日本映画の到達点の一つと言っても過言ではない 8。
そして、この荒唐無稽ともいえる物語に一本の筋を通しているのが、主演・鈴木亮平の存在感だ。
彼が演じる喜多見幸太は、もはや現代のヒーロー像そのもの。「Mr. 男」と呼びたくなるほどの、揺るぎない信念と行動力でチームを牽引する姿は、観る者に絶対的な安心感を与える 10。
もちろん、彼を取り巻くTOKYO MERの面々も素晴らしい。
特に、賀来賢人演じる音羽尚との「阿吽の呼吸」は健在だ 11。
数百キロ離れた東京の指令室から、現場の喜多見が必要とするものを完璧に予測し、支援する。
この二人の間にある絶対的な信頼関係は、シリーズを通しての大きな魅力であり、ファンが最も見たかったものだろう。
これぞ「ご都合主義」のフルコース! ツッコミ出したらキリがない展開の数々
さて、ここからが本題だ。
本作を★3評価たらしめている最大の要因、それは脚本の「ご都合主義」である。
もはや、ここまでくると意図的にやっているとしか思えない。
観客の感情を最高潮に盛り上げるためなら、論理も物理法則も、なんなら官僚機構の常識さえも軽々と飛び越えていく。
いくつか代表的な例を挙げてみよう。
まず、牧志医師(江口洋介)を乗せたフェリーが燃料切れの危機に陥るシーン。
火山が噴火し、海も荒れている絶望的な状況下で、どうするのかと思いきや、地元の漁師・麦生(玉山鉄二)が「燃料持ってきたぞー!」と都合よく現れる 12。
いや、タイミングが良すぎるだろう。まるでオンラインゲームでHPが減ったら回復アイテムが自動で届くかのようだ。
極めつけは、船の重量を軽くするために、元気な島民たちが次々と海へ飛び込む場面
感動的なシーンとして演出されているが、冷静に考えれば狂気の沙汰だ。
まず、人間の体重ごときで大型フェリーの速度が劇的に変わるはずがない。
それどころか、飛び込んだ人々を救助する手間が増え、二次災害のリスクが爆発的に高まるだけである 12。
脚本もその無茶苦茶さを自覚しているのか、喜多見が即座に「引き上げろ!」と叫ぶことで、かろうじて体裁を保っているが、これはもはやギャグの領域だ。
東京の指令室も負けてはいない。
通信が途絶えがちな中で、音羽は現場の状況を完璧に把握し、TOKYO MERのERカー「T01」を航空自衛隊のC-2輸送機で空輸するという前代未聞の作戦を立案・実行する。
普段ならあらゆる手続きと調整で数日はかかるであろう国家レベルのプロジェクトが、東京都知事(石田ゆり子)と官房長官(渡辺真起子)の電話一本であっさり承認される 11。
政治的対立も官僚主義の壁も、感動のクライマックスの前では無力なのである。
「話が色々出来過ぎ」という感想は、多くの観客が抱いたはずだ 13。
「水戸黄門」的安心感。予測可能性こそが最大の売りである
では、なぜこれほどまでにツッコミどころ満載の物語が、観客の心を掴んで離さないのか。
それは、この映画が「リアルな災害映画」のフリをした、「様式美のエンターテインメント」だからに他ならない。
観客はハラハラドキドキのスリルを味わいたいが、本当に誰かが死んでしまうような後味の悪い結末は望んでいない。
その点、本作は完璧だ。
「どうせ誰も死なないんでしょ?」という観客の期待に120%で応えてくれる 15。
これは、かつての国民的時代劇『水戸黄門』が提供していた安心感と全く同じ構造である
悪代官がどれだけ悪事を働いても、最後には印籠が登場し、一件落着する。
我々はその「お約束」を観に行くのであって、まさかの展開など求めていないのだ。
本作における「死者ゼロです!」という決め台詞は、まさに現代の印籠なのである。
この「感情のセーフティネット」こそが、本作が大ヒットした最大の要因だろう。
地震や災害が頻発するこの国で生きる我々にとって、圧倒的な自然の猛威に人間が知恵と勇気と絆で打ち勝ち、「死者ゼロ」という完璧な勝利を収める物語は、一種の文化的セラピーとして機能する。
人為的な悪役を排し、敵を「火山」という抗いようのない自然の力に設定したことで、登場人物全員が団結し、共通の脅威に立ち向かう構図が生まれた 16。
これは、観客に強烈なカタルシスと一体感をもたらす。
涙の正体は、この理想的な共同体の姿への憧れなのかもしれない。
危機がキャラクターを育てる、超速・成長物語
最後に、新チーム「南海MER」のキャラクター造形について触れておきたい。
特に、めるること生見愛瑠が演じた新人看護師・知花青空の成長は、本作の感情的な柱の一つだ 11。
当初は恐怖で足がすくみ、プロとしては未熟な姿を晒す彼女が、極限状況下で覚醒していく。
この「普通の人が勇気を出す」というプロセスは、観客が最も感情移入しやすいポイントだろう。
しかし、これもまた物語の都合に合わせて急成長させられている感が否めない。
彼女の恐怖や葛藤といった内面描写は最小限に留められ、「危機が起きたから、成長した」という結果だけが提示される。
江口洋介演じる牧志医師も同様だ。
序盤では慎重すぎて決断力に欠けるリーダーとして描かれるが、自らが瀕死の重傷を負うという劇的な出来事を経て、最後には立派な指導者へと変貌を遂げる 17。
その変化の過程は、あまりにも早く、あまりにも直線的だ。
彼らは、物語を感動的な結末に導くための駒として、必要なタイミングで必要な成長を遂げるのである。
映画「劇場版TOKYO MER~走る緊急救命室~南海ミッション」はこんな人にオススメ!
この映画を観るべきか否か。
それは、あなたが映画に何を求めるかによって、答えが真っ二つに分かれるだろう。
<全力でオススメしたい人>
- テレビシリーズからの熱烈なファン。これはあなたが観たかったもの全てが詰まった、最高のファン感謝祭だ。
- 理屈抜きで、とにかく泣いてスッキリしたい人。本作は、あなたの涙腺を破壊するために作られている。
- ジェットコースターのようなスリルと、ド派手なスペクタクルを大画面で浴びたい人。「何も考えずに楽しむ」ための究極の娯楽作品である
。5 - 純粋で、まっすぐなヒーローたちの活躍と、仲間との熱い絆の物語に心打たれたい人。
<鑑賞には注意が必要な人>
- 物語の矛盾や、論理的な破綻が気になってしまう人。本作を観ると、ツッコミを入れるのに忙しくて感動する暇がないかもしれない
。12 - 災害の恐怖や人間の無力さを描く、リアルで骨太なパニック映画を求めている人。本作は、その対極にあるファンタジーだ。
- 「お涙頂戴」のメロドラマ的な演出や、あからさまな感動の押し売りに冷めてしまう人。
要するに、これは頭で観る映画ではなく、心で感じるアトラクションなのだ。
その前提さえ受け入れられれば、最高の2時間を約束してくれるだろう。
まとめ
結論を言おう。
「劇場版TOKYO MER~走る緊急救命室~南海ミッション」は、映画芸術の新たな地平を切り開くような野心作ではない。
しかし、商業映画、特にテレビドラマの劇場版というフォーマットにおいては、一つの完成形を示した傑作である。
それは、ファンが愛したキャラクター、物語の様式美、そして熱い魂を一切損なうことなく、ただひたすらにスケールと熱量を増幅させるという、極めて誠実な方法論によって成り立っている。
物語の細かな欠点を指摘するのは簡単だが、それらを補って余りあるほどの圧倒的なエネルギーが、この映画には満ち満ちている。
評価は★3つとしたが、これはあくまで映画評論家としての冷静な視点だ。
もしあなたが純粋なエンターテインメントを求める観客であるならば、文句なしの★5つの体験となるだろう。
それはまるで、夜空を彩る壮大な花火のようだ。
一瞬の煌めきと轟音のあとには何も残らないかもしれないが、その瞬間の美しさと興奮は、確かに本物なのである。